頭痛
「……ありがとう」
呟いたライアーの言葉は、普通の人間であれば聞き逃すほど小さい。しかし、獣人であるイアルの鋭い聴覚はしっかりとその言葉を拾った。
「君が元気になるのなら、僕は何だってするよ。君は笑ってるほうが良い」
フフッと朗らかに笑うイアルに、毒気を抜かれたようにライアーも微笑んだ。彼はきっと自分には勿体無い男性だろう、この人に見合う女性に自分はなれるだろうか。ライアーは行こうと手を差し出すイアルに遠慮がちに手を伸ばした。
ゆっくりと歩き出す。イアルが歩幅をライアーに合わせてくれているため、手を引かれていても辛くはない。男性の中には自分の歩幅でどんどん行ってしまう人がいる、こういう男性に腕を引かれると駆け足になりかなり疲労を感じるのだ。
小さな事ではあるが、彼の紳士的な面に心が震えた。が、すぐに馬鹿じゃないのと自分を罵った。いくらなんでも、チョロ過ぎるだろう自分。
「ところで、僕の国には多くの動物がいるんだけど、君は動物好きかい??」
急に何を言い出すのだろうかと、目を白黒させるが小さくうなづいて見せた。モフモフとした毛並みを撫でるのは好きだし、動物が苦手だと感じたことはない。
「イアル様みたいに大人しい動物なら」
ライアーの返事を聞いた瞬間、パァッと弾ける様な笑顔でイアルは喜んだ。聞けば、ファニマーン王国には、野生の動物が多く住んでいて、勝手に屋敷の中に進入なんてことはよくあるらしいのだ。
「もし動物が苦手なら、屋敷を改装しようかと思ってたんだ。良かった」
動物が苦手であれば、どれだけ彼の獣姿だと理解していてもすぐに手は出せないはずだ。すんなりと触った彼女が動物が苦手なわけない。
それ以前に、そもそも動物が苦手ならこの縁談はうまくいっていない。
鼻歌を歌いそうなほど機嫌が良さそうに歩くイアルに、ライアーは気づいていないのかと苦笑いを浮かべはしたが、指摘せずまぁいいかと彼の横を歩いた。
手を引かれて廊下を進み、デレクの部屋まで戻ってきた。
今度はコンコンと軽くノックをし、中からの返事を聞いてから扉を開けた。ただ、ドアノブを回していたライアーは父の返事に小さな違和感を覚えた。
何処か焦ったような、困惑したような、普通の返事の声色ではなかった。何かあったのだろうかとドアを開き、視界に現れた原因にズキズキと頭が痛み始めた。
部屋に入ったライアーとイアルを出迎えるように仁王立ちしていたその人物は、腰に手を当てた。
「お姉さま!!やっと帰ってきたのね私心配したのよ!!」
上目遣いで、プンプン!!怒ってます!!と妹エリナは可愛い子ぶりながら、死んだ様な顔をしたデレクの横に立っていた。
「何か用でもあったの??」
すべてにスルーを決め込み、椅子に座る。隣の椅子にイアルも座り、未だに仁王立ちのエリナを見上げた。
「大好きなお姉さまが婚約されたと聞いて来たの、妹として当然でしょ!!」
何が大好きな姉だ、何が妹だとライアーは腹の底で乾いた笑いをもらした。婚約者を奪っておいて、大好きな姉とは笑わせてくれる。望んでいない結婚だったため確かに助かりはしたが、あれが嫌がらせの一環なのはわかっている。
「それともお姉さまは私がお嫌いなの??私は、お姉さまにどれだけ嫌われても大好きよ??」
よくもまぁ嘘がペラペラと出るものだと、一周回って感心した。冷めてしまった紅茶を取り替えてもらうように控えていた侍女にカップを渡す。
とりあえず思ってもないことを言わなくてもいいし、大好きなんて身震いするので発言を控えて欲しい。ライアーは、呆れた視線をエリナへ向け頬をかいた。




