ものの数分で崩れる仮説
「あ??なめてんのか??」
カクカクと首がぎこちない動きをする。サッと逃げ出そうとする自身の父親の襟首を掴みニンマリとライアーは笑った。
「人間じゃなければ嫁ぐ~!!って言うと思ったのか??」
ア??オラ、なんとか言えよ。なぁ、聞こえてんのか??とデレクの肩を揺するライアーの姿は町に居る少し怖い人たちと同じだ。しかし、犬と結婚はさすがにない。
「犬ではなく、正しくは狼です。この姿がお気に召さないのであれば、少々お待ちを」
狼は足音を立てることなくライアーの傍らに座り、尻尾を大きく揺らす。するとどうだろう、周りに煙が立ちこめ、狼は大きな成人男性の姿になっていた。
「あんた、昨日の」
ライアーは動揺で震える指先を、その男へと向けた。そこに立っていたのは間違えなく、昨晩庭であった男だったのだ。
「風邪は引かれてないようですね、よかった。改めまして、ファニマーン王国王位継承権一位、イアル・ロマード=ファニマーンと申します、再びお会いできて嬉しく思います」
フワリと笑い頭を下げるイアルに、ライアーはデレクから手を離しドレスを摘み頭を下げた。
「ライアー・クレフィングと申します。昨晩は失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした。どうかご容赦くださいませ」
次期王様にあの態度は、まじめにヤバイ首が飛ぶだろうかとライアーは冷汗をかいた。しかし、イアルは特に気にしていないのか小さく笑うと首を左右に振って見せた。
その様子に、お咎めは無いのかと胸をなでおろした。彼が怒っていないことを確認し、恐る恐る様子を伺いながらライアーは口を開いた。
「……あのイアル王子。失礼を承知でお伺いしますが、ファニマーン王国に人間が嫁ぐという事は今までなかったと記憶しております。今回の縁談話は何かの間違いでは??」
ファニマーン王国は、獣人や妖精などが暮らす国。人間が嫁ぐという事は長い歴史の中で前例がない。それどころか人間はあの地の土を踏んだ事ないだろう。あそこは異界の地で、人々も寄り付かない。
ライアーが間違いではないのかと首をかしげるのも無理はない。
仮に両国が友好な関係を気づこうという話になったとする。そうなれば、人間の娘を嫁がせるという話になる事もあるだろう。が、階級が違いすぎる。
ライアーは伯爵家の令嬢だ。しかし、王族のしかも次期国王の妃となれば公爵家以上の令嬢が嫁ぐのが普通ではないのか??彼女はなぜ自分に王子との縁談が来るのか理解できなかった。
しかし、ふと考えた。親も娘たちも異界の地へ行くのをためらったのではないかと。行かせるのも、行くのも勇気のいることだろう。
そして、周りに回ってその役目が自分の元へ来たのではないのか。ライアーは自分の立てた仮説にうんと頷いた。それが妥当だろう。
ところが、彼女の立てた仮説と現実はあまりにも違っていた。イアルはしばらく悩むように視線を漂わせてから口を開いた。
「間違いではないよ。僕が君の父君に相談したんだ。君を妃にしたいのだけど無理だろうかって」
「……は??」
彼の言い方では、ライアーが先ほどまで立てた仮説がすべて崩れてしまう。というか今、彼はなんと言っただろうか。驚きのあまり、品のある言い方で聞き返すなんてできなかった。




