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そんな剣士の内心など知った事では無い風で、LCは床に倒れる女生徒に近づき、起こしにかかる。
「もしもーし」
頬をぺちぺちと叩くLC越しに、剣士は改めてその姿を伺い見た。
(なんと言うか…なんだこいつ)
剣士の疑問は、先程の突飛な行動のみに向けられたものではなかった。
彼女は、見た目からして少し変わっていた。まず目立つのは、脱色した髪。全く見ない事は無いが、それでもこの国では珍しい。それを現実ではほぼ見る事の無いツーサイドアップにしているのも、剣士が引っかかった要素の一つだった。さらには服装も、一目で普通とは違うとわかる。制服自体はすでに専心学園の物であるにも関わらず、折り曲げているのか仕立て直しているのか、肩から先が無く、ノースリーブになっていた。
「へっくしっ!?」
そんな彼女が、盛大なくしゃみと共に目を覚ます。
(まあ…寒いよね。まだ4月だし)
「はいはーい。それじゃあ改めて、仕切り直しと行きましょー」
何事も無かったかのようなLCによって、話は再開されようとしていた。
全員椅子に腰掛け、剣士は問題の転校生と向かい合う。最悪に近いファーストコンタクトを経た影響か、剣士は鋭く睨まれていた。
(俺から何か話すしかないんだろうなあ。でもこっちは避けたとはいえ、蹴られるはずだった訳で…。謝罪から入るのもね。俺そんな聖人じゃないし)
少し迷った末に、剣士は無難にいくことに決めた。
「初めまして、俺は平城。バディって事になるみたいなんで、よろしく」
「……この馬鹿げた事の先頭に立ってるらしいじゃない。あたしは全く納得してないから」
「………」
(誰が先頭に立ってるだこの何吹き込みやがった俺だって納得してないんだよこのそもそも名乗れ)
剣士はヒクつきそうになる頬を必死に制していた。それはもうギリギリで――。
「ああはいはい。こちらが、平城剣士君で、こっちが野村花子さんでーす」
「っこっの!?」
怒りの感情をあらわにする転校生。同時に、剣士は剣士で表情を一瞬崩していた。二人の反応は異なっているが、沸点となったのは、偶然にも同じ理由だった。自分の“名前”を呼ばれたからだ。しかしそれを、今の二人は当然知らない。
(野村…はなんで怒ってるのかね)
花子は、どこ吹く風なLCから視線を外し、そのまま剣士へガンを飛ばす。
「野村」
「…うん?」
「あたしの事は、野村と呼ぶ事!」
ここで、剣士の方は感づいた。
「…あー…。なるほど、わかったよ野村」
(俺のと違って、普通の名前だと思うけどね)
「はい、自己紹介も終わったと言う事でー…。お二人への課題です。仲良くしてください」
「は?」
「はあ!? 何よそれ!」
「バディの課題ですよ?」
「だっからぁああああ!?」
(ああ、これ俺は少し楽できるかもね。野村が言いたい事言ってくれる。あの子と仲良くしたら高評価ーって、幼稚園児かよ)
「調整委員のお仕事対象は、追って連絡しますね?」
「聞け! 答えろぉ!」
(くそが。いつの間にか係から委員にグレードアップしてやがる)
「課題の方はー。まああなた達だけ、具体的な指示無しってのもあれですしー…。とりあえず平城君は、これから野村さんを連れて、学園を案内する事」
「わかりました」
(これくらいはね)
「ちょっと!」
「そうですねー…。バディとしては、さすがにこれじゃ足りませんかー……って事で、二人はデートでもしてきて下さい。期限は一週間くらいで」
「はああああああああああ!?」
「…わかりましたー」
(油断した俺が馬鹿だったよ)
「いや訳わかんない! なんでそんな事先生に言われなきゃなんないの!?」
LCに道理を期待しても無駄。そう早くも割り切った剣士と違い、花子の追及は続く。
「おかしいです! なんで授業時間外の事までそんな―」
しかしそれが、LCに受け入れられる事は無い。
剣士は、手持ち無沙汰に窓の外を見た。そこには、平和な景色が広がっている。
(ほんと…残業代とか出るのかね)
自分が騒々しいこちら側に居る事を実感し、剣士はこの先に不安を抱きざるを得なかった。