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――大丈夫…。
あたしはいける。強気、先手必勝。今まで通りにするだけ。
…ぶっころ。
学園の変化は、瞬く間に世間の知るところとなった。
『<実験開始>先進学園<バディ制度>』
そんな表題のニュースがネット上を飛び交っている。どこから情報が流れ出たのか、特定する術は無い。あるいはLC達は把握しているのかもしれなかったが、とにかく情報は広まっていた。仮にも国の教育機関なのだから、何をしているかオープンにするのは、当然の事とも言える。
表向きは、『社会進出へ向けた人格形成の一環として、あらゆる業務習得、またはそれを援助する指導能力の向上を目的とした相互学習の導入を行う』とされている。ネット上では、煽り目的の記事が立つ一方で、実のところ、反応は鈍いものだった。
『なにこれ?』
『わかんね』
この簡素なやりとりに、その理由が集約されていた。要するに、具体的な内容が不明な上、書かれている事だけなら、なんらおかしい事など無かったからだ。勉強を教え合うだけなら、いくら煽ろうにもその要素が無い。満を持しての新制度が、そんなものなのか。どちらかと言えば、その中身ではなく、この唐突に導入された制度は、きちんと手順を踏んでのものなのか…。そんな先進学園の在り様自体に対する声が大きかった。随分と…的外れなものではあったが。
(それが出来るからここはおかしいんだよ…。それくらいも知らずに騒がれてもね)
放課後の教室で、剣士は端末から目を離し立ち上がる。
(今日は何を言われるのか。まあ、次のバディでも指示されるんだろうけど…。出来るだけマシな奴である事を願うね)
そして、呼び出された先へと向かい始めた。
指導室。一年の頃は来た事も無かったこの教室に、今年早くも二度目の呼び出しだった。
「じゃあ、早速本題なんですけどー」
「はい」
剣士が向き合うのは、もちろんLCだ。今日も、この二人の間には笑顔が絶えない。
「じつはー…」
「…」
「ちょっと内々で、方針が変わりましてー」
「…」
(は?)
「平城君にだけバディが居ないのは、どうなのかーって話になったんですよー」
(ああああああん? ぶっ飛ばすぞこの…)
…にこやかなのが表面だけなのも、いつもと同じだった。
「…そうなんですか。でも、どうするんです? 生徒の数が奇数なのは、どうする事も出来ないと思いますが…」
(このまま3人の組も有り…とかにしてくれれば、糞みたいな俺だけの係が消滅するかもしれないし、ありがたいんだけどね)
「そこで、平城君のバディに相応しい、転校生を用意しました」
(おおおおおおん?)
剣士は、内心でLCを威圧する事で、なんとか自分を律していた。
まるで物を用意したかのような物言いだとか。そんな事よりも、とにかく面倒な話になりそうだと、剣士はひしひしと感じていた。
「この短期間でですか。さすがこの学園ですね」
「頑張りました~」
「その転校生と、俺はバディになれば良いんですね」
「はぁい。では呼んできますねー」
LCはそう言うや否や、部屋から退室してしまう。
「…は?」
(まさかとは思うけど…今居る訳? いつから揉めてたのか知らないけど、本当適当な…。そんな事だから、引きこもり世代とか、こんな学園とか行き当たりばったりで作っちゃうんだよ。大体――)
そんな剣士の心のぼやきが始まりかけた時、再び指導室の扉が開いた。
(早いな。すぐ隣の教室にでも――)
「お゛っら゛ああああぁあああ!」
―居たのか。そう剣士が考えた時、叫び声の主は、宙に居た。正確には、十分な助走の上で跳んでいた。――剣士へ向けて。
それは、そこらのヒーロー物に負けずとも劣らない見事な跳び蹴りだった。それを目の当たりにした剣士は――…その脚を躱し、見事に掴んでみせた。
「へっ?」
そしてその勢いのまま、容赦なく床へ叩き付けた。
「ぷぎぃゅ!!?」
「………」
「………」
この場には今、笑顔の剣士と笑顔のLC、そして跳び蹴りを放った主が、一人床でのびている。端から見て、ますます異様さの増した光景となっていた。
「…このぶ……変わった鳴き声で気絶してしまったのが、転校生って訳ですか?」
「そうですよー。にしても酷いですねえ平城君。そこは理不尽でも、そのまま蹴られてあげるのが男の子の常識じゃないですか?」
「急だったもので」
「それなら仕方がありませんねえ」
(どこの常識だよ。本当に俺がおかしいなら、その常識ある奴とすぐに交代させてくれ)
「それで…彼女が?」
「はい。見ての通り、暴力有りの問題有りあり。新学期早々、元居た学校で早くも大問題、行き場が危うかったという折り紙つきです♪」
「…俺のバディなんですよね?」
「そうですよー。これからは、二人でバディの課題と、係。両方頑張ってもらいますー」
「…」
そのさらりと言われたLCのセリフを聞いた時…。剣士は自分の脳みその筋が、何本かブツリと切れた気がした。