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もし仮に…。
相手の嫌な部分も、気に入らない部分もわかっていて、なおも離れない。それが本当の友達だとか、親友だと定義するなら――。
この二人は、ただつるんでいただけだったんだろう。
剣士は放課後、人の減った教室で、ふてくされた数金と向き合っていた。今、この場に八社宮は居ない。
「さみとは気ー合うと思ってたのになー。はぁ」
数金は自分の髪を、人差し指で一房絡め取ってはくるくると回す。もやもやとした内心を表すような仕草だった。
「平城もひどかったと思うでしょ?」
「うんうん」
ここで、同意以外の相槌を打ってはいけない。剣士はそれを弁えた男子だった。基本的に人は誰しも、思い通りに話す事が出来れば、大なり小なり気分が良い。
「公式覚えるだけで点取れるから、簡単じゃん? だってさーわかんないもんはわかんないの」
「他にも色々あるよね。なんとか公式覚えたまま挑んでも、どう使うのかとか」
「そう! 平城わかってる!」
(至近距離で指を指すな…)
剣士は育った環境のせいもあり自立心が強く、その影響もあってか成績は良い方だった。一定以上に成績の良い学生と言うのは大抵、参考書などに載っている躓くポイントも抑えている。剣士はその、ありがちな要素を確認しただけだった。たったそれだけでも、話は問題なく進むのだ。
「もうあれだよ。このまま平城が教えてよ」
「いやあ…それは――」
剣士が言葉を選びつつ答えようとした時、またしても端末への着信があった。今度はバディの二名だけでは無く、剣士の元にも同時に届いている。
『課題はバディ同士でクリアしないと、単位をあげませんよ♪』
「何これ怖っ!? 監視!?」
「…まあ、駄目みたいだね」
「はぁ…じゃあ平城って何の為に居んの?」
(こうやって愚痴聞いて、緩衝剤になる為でしょ)
「ねー。俺もそう思うよ」
「ああ~」
数金は机に突っ伏し、何もかも投げ出したいと全身で訴えていた。そんな様子を、剣士は微笑みながら見守る。
(本当…ふざけてる)
ただしその心中は、外面に反してやさぐれていた。
同日の夜、自室の剣士の元に、新しく一つのメッセージが届いた。
(…八社宮?)
剣士は若干の嫌な予感がしつつも、それを開いた。
『すが、なんか言ってた?』
(……………めんどくせえ)
八社宮は、今日剣士たちが残って話をした事を知っていた。その内容を尋ねるメッセージなのだが、剣士にとっては億劫でしか無い。クラスのグループでの会話を思い出す。この実質残業のような何かは、懸念として上がっていた拘束時間の延長に他ならなかった。
(こんなのちょっとした喧嘩でしょ…。二人で勝手に仲直りして欲しいところなんだけどね)
そう内心で愚痴りつつ、剣士は角が立たないように文面を考えていく。
『特に何も。一緒に居た時と変わらないよ』
『そ。結構分からず屋なんだよねすがって』
『とにかくわからないーって?』
『そそ。説明しても、わかんないとすぐ投げるの。今までは適当に、もういいわーってしてたんだけどね』
『授業の代わりって言われちゃうとね』
『一応はやるしかねーって感じだよねー…』
『期限の事はあるけど、いつも通り適当に話した方が数金もわかってくれるのかもね。明日以降もあるし』
明日と言うワードを使い、剣士は遠回しながらも、話を打ち切りにかかっていた。
『にしても、すがひどいと思わない?』
(………は?)
しかし、そう上手くはいかせてもらえない。このメッセージを受け、剣士はその性格上、どう返すか選ぶ余地は無かった。
『うんうん。どれの事?』
自分は興味がありますよ。聞きますよと意図を込める。
『いや確かに迷うやね。ほぼ全部全部。テスト範囲のお話覚えればいいだけじゃーんって…。こっちは覚えらんないからコツはっつってんのに。ちょっとは考えろっての』
(………)
言ってる事がどっちもどっちなんだよ…。そうぶちまけそうになるのを、考えないように考えないようにする事で、剣士は静かに回避した。
『大体、社会なのにお話って何? 意味わからん』
『あと単純に覚えるの苦手』
ポコン、ポコンと、メッセージが連投で届く。もはや単なる愚痴置き場となっていた。
(なんで俺が…)
誰かと逃げずに向き合い、上手くやれるように成長する。誰とでもそれなりに話すための、落としどころを身に付ける。それがバディ制度の目的だと言うのなら、すでに自分だけ倍の労力を割いている。調整どころか、二人の人間と向き合う羽目になっているではないか。剣士はそう思わずには居られなかった。
『平城はわかった? すがの言ってた事』
やがて愚痴が途切れ、やっと剣士に発言権が戻ってくる。しかし、ここで偉そうにわかると言った日には、八社宮の機嫌を損ねる可能性が高い。剣士は琴線に触れぬよう、注意を払う。
『俺もわからないかなー。……あー』
『?』
『社会とか覚えるのに、話でってのだけ、前に参考書で見たかも。数金が言ってたの、それかもしれないね』
『そんなのあるの? て言うかあったとしても、ないない。すががそんなテクニックみたいなの使って勉強とか』
『そっか。八社宮の方が付き合い長いんだし、なら違うかな』
『いやまー…うーん』
ほとんど間髪入れず続いていたやり取りが、しばし止まる。
(このまま寝落ちしてしまおうか)
数十秒の間を空け、再びメッセージがとんだ。
『いいや、じゃまた明日』
時間をかけた末に届いたのは、そんな打ち切りの文面だった。
『了解。また明日ー』
剣士はこれ幸いと、そのままやり取りを終える。
(もう今日はどうでもいい。切り替えよう…)
自らの意志では無く、接する事となった剣士達。その一日目が終わって…。彼らは三者三様に、不満を抱きつつ、自分の時間へと入っていった。
どこにでも自然に発生し得る、軽いものではあったが…。
それは間違いなく、対人ストレスと呼ばれるものだった。
同時刻、LCもまた、一人の時間を過ごしていた。つい先程まで見ていた端末から目を離し、ふわふわと身体を左右に揺らす。
「んー♪ いいですねーいいですねー。じゅんちょー、順調~」
落ち着きなく部屋を歩き回る姿は、背の低さと相まって、一見子供のようにも見える。
「このままー…どーんどーんぶつかってくださーい」
しかしその内面は、見た目通りの純粋なものでは無い。
「トラブルはごめんですけどー。ぶつかってくれなきゃ、意味がありませんからねー…ぇはぷっ」
途中から目を閉じていたLCは、ベッドの淵へと足を引っ掛け、そのままうつぶせに倒れ込む。
「まー今のあなたたちにとっては、精一杯の現実でしょうけどねー…。所詮はぁ…小さな世界ですよー」
ごろりと寝返りを打つ。その過程で、彼女の不釣り合いさを際立たせる胸部がふわりと揺れる。
「いっぱいぶつかってー…いっぱい傷ついちゃってくださーい」
LCの本性は、子供か大人か。善なる教師か、それとも陰謀画策する黒幕か………。