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衝撃冷めやらぬ中、話は進む。
「では、肝心のバディを発表します。端末に送りますねー」
今の時代、一人に一つの端末は、当たり前の物となっていた。業務用の端末導入にかかるコストより、大量の印刷代や消耗品の方が高くついてしまう程だ。
生徒達は、一斉に自分の端末へと視線を落とした。
「えー…? 話した事ねえけど」
「ちっ」
「あれー? ねえねえ」
浮き沈み激しく、またしても教室内は騒がしくなっていく。
反応は実に様々。疑問を抱く者や、バディの元に向かう者…。示されたバディに対して、早くも嫌悪感を表す者も居た。
その中で…他の誰とも違う反応を、せざるを得なかった人物が居た。
(………)
それは、他でもない剣士だった。ただ静かに、表面上冷静さを保ちながら、剣士は自らの端末を見つめる。そこには、彼のバディとなる相手の名前があるはずだった。
しかし、実際には…。
(空白…)
送られてきたメッセージには、何も書かれてはいなかった。それでも間違いなく、受信自体は完了している。
(何かのミス…では無いんだろうね)
このメッセージだけを見れば、単に送信ミスである可能性はあった。それでも剣士がそう判断したのは、もう一つの要素によるものだった。
(この人…なんで俺見て笑ってんのかな…)
その視線は、確かに剣士を捉えていた。何かを言っている訳では無い。しかし言外に、何かがあると語っていた。
「皆さん、バディが誰になるかわかりましたかー? 何か質問のある子はぁ、居ませんかー?」
女性の視線は、未だ剣士の事を見据え続けている。
(聞けってか…? この…)
目の前の、自分の肩まであるかもわからない小さな女性は、見た目通りのかわいらしい人間じゃない。剣士はそれを確信した。
(なんとなくわかるよ。これでも空気は読める方だと思ってるしね。どうせこっちから聞かなくても、これ見よがしに寄ってくるなりしそうだ。それなら…)
「先生」
「はい。なんですかー平城君」
(白々しい…)
やり取りを耳にし、近くの生徒達が注目した。しかし剣士は構わず続ける。むしろ注目する人間が少ないうちに、事を済ませたいと考えていた。
「俺へのメッセ、何も書いてないんですよー。バディって、誰になるんでしょうか?」
「この学年って、生徒数が奇数なんですよぉ」
「…ええ」
「厳正なる審査の結果…。平城君には、係を受け持ってもらう事になりました♪」
「…なるほど」
「始業式の後、指導室まで来てくださいね?」
「わかりましたー」
(ふざけろ…っ)
二人の笑顔と笑顔のやり取りは…この場では一度、打ち止めとなった。
教室での騒ぎとは一転、何の変哲もない始業式を経て…。剣士は今、指導室へと向かっていた。
(腑に落ちないんだよね…。色々とさ)
その心中は疑念に満ちていた。
突如として宣言されたバディ制度。それを説明された通りの、コミュニケーション練習制度だと鵜呑みにする程、剣士は素直な人間では無かった。そんなものは、それこそ聞こえの良い建前なのではないか。何より彼にとっては、この呼び出しの時点で、すでに単なるバディ制度では無くなっている。
「失礼します。平城です」
(そう言えば、あの教師名乗ってすら居ないね。胡散臭すぎでしょ…)
「どうぞー。入ってきてくださーい」
「…」
無言で室内へと入り、二人はアイコンタクトを交わした。机を挟んで腰掛け、再び笑顔が向き合う。
「それで…係と言うのはなんなのでしょうか? 拝聴します」
「ふふっ。難しい単語使っちゃって」
「…いやあ。はは」
剣士は湧きあがるイラつきを、努めて押し止めた。心を乱し態度に出せば、相手がつけ上がる。彼はまだ若いが、それをよく知っていた。
「調整係」
「は…?」
「もしくはお助け係? 何でもいいんですけどね」
(長々と付き合うのはごめんだ)
「何をすればいいのでしょうか」
「平城君、正直どう思います? この制度、まともに機能すると思いますか?」
「…そうですね。難しい事もあるでしょうね」
剣士は、当たり障りのない相槌を返していく。目の前の女性が望んでいる方向へ、なるべく一直線に話が進むように。
「そこで平城君の出番です♪」
「はい」
「青さ爆発でまともに機能しなくなる前に、心ばかりの手を差し伸べて、上手い事やってください」
(適当なのもいい加減にしろよこのく…)
「なるほど。しかし、大変な役目ですよね。この国の先進教育が掛かってる。なぜ俺なんかを?」
剣士にとっての焦点は、はっきり言ってそこだった。バディ制度の真実なんてどうでもいい。この面倒すぎる事態の中でも、最も面倒極まるポジション。なぜそこに、自分が据えられたのかが問題だった。
「私たちはねー。入念に入念に調査してきたんですよー。そしたら、クラス内の結構なグループに所属していながら、昨年一度も人と衝突していない…。そんなコミュニケーションのプロが居るじゃありませんかー」
(あ゛あ?)
「それが俺って事ですか? そんな買い被りですよー」
剣士は、イラつきを散らしきれなくなってきていた。
(何が入念な調査だ。プロだ。むしろ俺は、神経使って避けてただけ。そんな事も見抜けずに、ドヤ顔で糞みたいな役目振ってきやがって…)
「これは平城君だからこそお願いする、重要な役目なんです。最初にどのバディと行動して貰うかは、追って連絡します」
(問答無用ね。知ってたよ)
「わかりました。自信はありませんが、出来る限り頑張ります」
(これはもう最悪の場合…)
「そうだぁ。平城君には一足お先にお伝えしますね」
「…なんでしょうか」
「逃げられませんよ?」
剣士は、若干の怖さを感じた。しかし、それでも態度は崩さない。
「…ああ、係からですか。大丈夫ですよ。とにかく頑張ってみますから」
「それだけではありません。この学園から…です」
「…」
それは、剣士の思考を先回りするかのようだった。
「何の為にこの学園があるのか。何の為に契約書交して、税金で貴方達を援助しているのか。まして平城君は…ねえ?」
(…うちの両親の借金の事とかも、当然ながら知ってるって訳です…か)
「大丈夫ですよ。最初からそんな気ありませんから」
「本当ですか?」
「俺、何も聞いてませんよね?」
「…そうでしたねぇ」
(………しくじった。若干感情が乗った)
剣士の反応に対し、女性はより笑顔を深めていた。あなたの内面なんてお見通しだと、まるであざ笑うかのように。
「質問が無ければ、今日は解散にします」
「………」
予想よりも早い解散は、剣士にとっても良い事のはずだった。しかし、手のひらで転がされて、ただ終わるだけのような現状に、何か一矢報いたいと考えてしまう。それでも相手の土俵である事は揺るがない。大した考えも浮かばず、なんとなくの疑問を口にした。
「先生の名前、なんておっしゃるんですか?」
「ほ…?」
その虚を突かれたような表情に、剣士はほんの少しだけ、溜飲を下げる事が出来た。
「ああー。名乗ってませんでしたかーそうですねー。でもなんか、そう思うと………」
その後はコロリと表情を戻し、女性は楽しそうに身体を左右に振りながら悩んでいた。やがて、ピンと閃いたかのように、手を合わせて言った。
「決めました。内緒にしましょう」
「…内緒ですか」
「あーでも、呼び名は必要ですかー。じゃあ…LCと呼んでください♪」
「LCさん…ですか」
「れっつ、こみゅにーけしょん。これキャッチコピーなんですよ~」
「なるほどー」
この女性…LCに対して、まともに向き合っても無駄。剣士はそれを悟った事だけを収穫に、その場を立ち去る事しか出来なかった…。
剣士が去った後の指導室で、LCは鼻歌を歌って微笑んでいる。
「♪~。かわいいもんですねー」
くるり、くるりと…ふわふわ回りながら。容姿と不釣合いのスーツ姿に加え、その様子は、さらに異彩を放っていた。
「ちゃあんと…わかってて貴方に振ったに、決まってるじゃないですか」
その呟きが、剣士に届く事は無かった。