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翌日、まだ教室内が賑わう始業前の朝に、それは起きた。
「剣! あたしは絶対にあんたと仲良くなってみせるからっ!」
(こっっっの糞馬鹿!)
「何何ー今の」
「告白ー?」
言ったのが未だに距離のある花子と言う事もあり、騒ぎにこそならなかったが、教室の話題は一瞬で今の宣言に移りきっていた。
「ち、違うから! あたし達のバディの課題が、仲良くなる事なの! それだけなんだからね!?」
(しかもバディ課題の内容までばらしやがった!)
「つまりー…。二人はこれから一年、愛を育んでいく訳だー?」
「ちっがうから! 育むのは…何? そう絆! 絆よ!」
(やめろ本当にやめろ言うだけ恥を増やすのは…! ああ、いつかばれるだろう事は予想してたけど、ここまで大々的に言われるとはね…。これも釘刺しとくべきだったよ)
そう考えつつも、剣士は花子を止めないし、連れ出して一時離脱をする事も無い。そうしたところで、ますますネタにされるのは目に見えているからである。静かに、花子の方を向かず、ただ正面だけを見続けていた。
(まあこの様子なら、いい加減皆も確信を持ったでしょ。こいつがこんなに意気込むのも、多分これまでの反動から…。あと少しで分散される。それまで耐える…躱すんだ俺…)
噂をするのは主に女子で、男子は遠巻きに見つめるばかり。興味を持たぬものも居る。そんな反応は、この学園においても歳相応だ。
「ねえやっぱり――」
「―――よね」
そんな時、剣士にとっての救いが現れた。
「はーい。皆さん今日も始めますよー」
(今だけは感謝しますよ先生)
LCが教室に来たのを区切りに、話はひとまず打ち切られた。変わらぬ一日が始まる。
そんな中、剣士はとてつもなく嫌な予感に襲われていたのだった。
剣士の直感は当たっていた。この日から、花子の猛攻、もとい暴走は始まった。
剣士は思った。
「剣! 一緒に帰りましょう!」
「寮のある場所、男女で違うよね?」
それは――。
「剣! お弁当一緒に食べない?」
「いや、普通に学食で連れと食べるけど」
まるで――。
「剣! 教科書見せ合いましょう!」
「もううちの教科書持ってるよね?」
青春漫画の定番をなぞるようだと。
「剣!! なんかあれよ!」
「花、わかった。わかったから少し、腰を据えて話そうか」
彼の方は彼の方で、相当釣れない返答も混ざっていたが…。そんな事は知った事ではなかった。とにかく今は、花子の説得が先決である。
「あ、またデートでもしましょうか!」
「落ち着いて。お願いだから。ここ教室なんだよね。わかってくれる?」
端的な言葉を選び、言い聞かせようとすでに必死だった。
(くそっ、完全に見世物になってるよこれ…)
「えっと…二人で何かの部活を立ち上げるとか!」
「しないから」
「そ、そう…」
(あー…なんかもう)
忘れていた訳ではない。
剣士と花子は、そもそもの価値観が大きく違う。課題への取り組み一つに対しても、やる気がまるで違っていた。そしてそれが、剣士をイラつかせる。
(このままいっそ…)
さらに、花子が明らかに無理しているのがわかるのも、無性に剣士の癇に障っていた。何かの意味を持つ言葉を押し付けるのは、花子の苦手とするところだった。彼女にしてみれば、それは打ち勝ちたい自分であり、こうした行動に意味はある。それでも、剣士から見てつらそうに見えるのだ。
目に見えて変わっているのは、花子だけではあった。
しかし、先日の一件で変わったのは剣士も同じ。これまで長い間、表に出していなかった本心を口に出したのだ。そして、剣士の本質は聖人君子などではない。気に入らない事もある、歳相応のもので…。
タガが外れているのは、わかりやすい花子だけではない。
「あのさあ――」
剣士が決定的な事を言い放ちそうになった時だった。
「はいはーいちぃーす」
「ぐっ!?」
「な、何!?」
とっさの事に、それを押しとばそうとしかけたが、自分のキャラを思い出し、剣士はぎりぎりでそれを止めた。
椅子に腰掛ける剣士の後ろから、体重を丸ごと肩と頭に乗せてきた人物が居る。
「あ…な、何よ!」
思い出したかのように、花子がその人物を睨んだ。
「はいはーい。もう結構同じクラスで過ごしてるけど、初めましてーすがでーす」
「“数金”ね。最初くらいちゃんと名乗りなよ…。ちなみに私は八社宮ね」
「の、野村よっ!」
「ねえ、それより乗っかってるのを咎めてくれないかな。八社宮さん」
「直接言いなよ」
「聞かないような気がしてね」
「ふふ、間違っちゃいないな」
「自分で言うんか、すが…」
(ああもう、完全に毒気抜かれたよ…)
それは、剣士が初めて調整委員の仕事を振られた二人だった。




