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基本的に、生徒は用がなければ立ち寄らない。通称タワーと呼ばれる棟の廊下を、剣士と花子の二人は歩く。目的地は例の部屋だ。
「絶対何かの間違いよ! あの時周りに人なんか居なかったし…。やっぱりこの制度無理があるんだわ。そう思うでしょ剣!」
「んーいやー…どうかなー…」
今週の評価が相変わらず悪かったのは、自分達の仲の良さを把握出来ていないせいだ。花子はそう言っているのだ。
一方で、ここでの生活も2年目になる剣士は、そんな事は無いと思っている。人ひとりの行動や言動を追う事など、今の世の技術なら難しくない。ましてこの学園には、ほぼ筒抜けなのは間違いなかった。
(まあ、それはいいんだけど…)
「…ねえ」
「? 何よ剣」
「……やっぱり、苗字呼びに戻さない?」
「戻さない」
「…そう」
「……そんなに嫌なの? そっちも乗り気だったじゃない」
「いやまあ、そこまで心底嫌とかでは無いけど…」
剣士は先日の一件を振り返り、少し後悔していた。
(あの時は流されすぎた。どこの青春劇場だよって…)
「そんな事じゃ困るわよ。直談判しようって言うのに」
「…わかった。花」
「…んぅ」
(そうやって呼ぶ度に恥ずかしがられるのも、止めたい理由なんだけどね…)
二人が指導室に向かう目的は、バディの評価に物申す為だった。発案者は花子の方で、不当な評価だと詰め寄るつもりで居る。片や剣士は、別の部分で悩んでいた。
(あの青臭いやり取りも、LCは把握しているはず。だからこそ意外だった。なんだかんだで、こいつとはそれなりに踏み込んだ関係になったはずだし、明らかに他の奴らとは違う。それでもたった5点…。“仲が良い”ってのは、何を基準にしてる? 何を求めてる? まさかとは思うけど…)
前を行く花子を見ると、精一杯大股で歩き、力強さを表面に出している。今日もロールプレイには余念が無い。お互い本心を打ち明けたからといって、これまで演じていた自分が無くなる訳ではないのだ。
(まあ、様子をみるか)
そんないつもの傍観事なかれ主義の結論に達したところで、問題の部屋へとたどり着いた。
「いくわよ」
「了解」
ノックに対する返答を受け、二人はいざ踏み込んだ。
先陣を切り、花子がLCに詰め寄る。
「――どうなんですかっ!」
「はぁい。野村さん、残念ですが、今回の評価はそれも踏まえてのものです。間違いでは無いんですよ?」
「…へっ?」
(やっぱりね…)
LCの返答は、剣士の想像通りのものだった。
「な、ならどうして5点なんですか!」
「逆に聞いてしまうのですがー…。今お二人は、百点満点中どのくらい仲良しさんだと思ってるのですかー?」
それは、いつぞやと似た問いだった。
「えっ!?」
「どのくらいー…仲良しさんなんですかー?」
「い、いやそれは…あれ、あれの…。お互いの秘密的な事を知ってるんだしその…いやでも百点とかそんなあ!?」
(まあ…。俺達百点満点の仲良しでーすなんて、さすがに恥ずかしすぎだよね)
「ご、ごじゅ…あれ? それだと仲がまだ良くないみたいな…でもでも!」
「平城君はどう考えてますかー?」
「…ノーコメントで」
「なるほどー」
一人の世界に入りつつある花子を余所に、LCと剣士は最短で確認を終える。
そしてLCは、全てわかったとでも言うように二、三頷くと、両手を鳴らして花子を引き戻した。
「つまりはー、そう言う事なんですよね~。あなた達自身がそう思っているように、こちらの基準でも、まだまだ高評価はあげられないと言う事です」
「…そ、それにしたってたった5点なんて」
「そこについては…まあ俺も同意ですね」
「あらー…。平城君もですかー?」
「これも教育なんですよね? なら、基準くらいは明確になっているべきでは?」
「うーん…」
「まさかとは思いますけど…。恋人とか、そういう関係になるのを求めてるわけじゃありませんよね?」
「こっっっ!!?!?」
(おいやめろ。この前聞いた話からして免疫が無いんだろうけど、そんなその気があるみたいな反応はやめろ)
剣士の懸念どおり、目の前のLCの笑顔がより一層深まっている。微笑ましいですねーとでも聞こえてきそうである。
(ほらみろ…)
何が変わるわけでもないのだが、剣士は極力LCにネタを提供したくは無かった。それはどうにも面白くない。
「まあお答えしますとー…。近からずとも遠からず…な感じでしょうかー」
「わあー。LC先生もったいつけた台詞ですねー。使ってみたかったんですかー?」
これは、いつぞやの意趣返しだった。
「言いますねー平城君ー」
しかしながら、LCの方はどこ吹く風。
(ちっ…)
「近い…近いの? 初めての仲良しやお友達どころかこっ…こっ…」
「あーそれで?」
「まあ、恋人になればいいとかではないですね。ある意味では、それ以上の関係とも言えるかもしれませんが」
(…結局、大して状況は変わっていないって事か)
直談判は徒労に終わり、二人は指導室を後にした。
廊下を歩きながら、剣士は考える。
(俺はこんなだし、花の方もさすがに文句なしに仲良いとは思ってないみたいだし…。というか、そもそも根本が解決してないんだよね。仲の良さが成績になるっておかしすぎ…。これ成績が良くなると…イコールこいつと仲良くなった証明になるって訳で…)
当の花子は、剣士同様何かを考えているのか、一言も話すことなく黙っている。
(うん、勘弁だね。この歳になって…何の罰ゲームかって。名前の話題を克服したと思ったら、バディ課題について聞かれるのが嫌になりそう。絶対弄るネタにされるでしょ。……うん、適当にやりすごそう。別に良いよ退学にならなきゃそれで)
バディにおける仲の良さ。その終着点はまるでわからない。理不尽に感じても、授業ならばやるしかない。学生なら、当たり前の感覚だ。
「うーん…」
その取り組む姿勢に、個人差はあるが…。




