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剣士はそんな花子の話を、時折相槌を挟みつつただ聞いていた。
「それからあたしは…要するにずっと逃げてきたのよ。誰かの怖い言葉から…」
「なるほど」
(にしても、なんでこう…)
その様子は、まるで罪の告白でもしているようだった。実際花子は、自分が悪いかのように語り続けている。
(でもさ…。できれば将来的にも関わらずにおきたい感じの、もろ不良なお姉さんは置いといて…。野村は要するに自衛しただけでしょ。やり方は正直おかしすぎるけど)
「でも、そのせいでずっと一人…。当然だよね。身勝手な都合で、皆を怖がらせておいて」
「えっ」
「…え?」
「ああいや、なんでもないよ」
「…うん。だからね、変わらないとって…最近はずっと思ってた」
(こいつ…やっぱり印象通りの奴だったんだね)
剣士は、花子の行動を思い返していた。そして、先程まで聞いていた話と照らし合わせていく。
例えば食堂。あれだけ暴れていた割に、壊れて元に戻らない程の設備は無かった。もちろん、怪我をした人だって居ない。
(最初に出会った時もそう。拳法の達人じゃないんだから…。本当に俺を狙ってた蹴りなら、あんな風に出来る訳無い)
初めて会ったあの日、確かに剣士の方へ向けて跳び蹴りはしていた。しかし、その起動は少しずれていたのだ。だからこそ、彼女の足は剣士が手を伸ばせば掴める位置にあり、そのままぶつかる事も無かった。
(同じ事ばっかり叫んでるのも、そのお姉さんの教え通りで…。死ねとかそう言う事は、言いたくなかった訳だ)
「だから、ちゃんと言いたいの。…ごめんなさい」
(なんで謝ってるのかね…。だってむしろ―)
次に思い出して行くのは、そんな彼女が自分の名前を引き合いに出した日の事。あの時自分が、何を言ったか。
『なんで…そんなに無理して強がるの?』
そして、そのらしくない失言に気付いた。要するに、自分が先だったのだ。剣士の方が、先に花子の傷に踏み込んだ。彼女は、知らずにとんでもない事をしたとつらそうに言うが、とんでもない。
(先に謝るべきは、俺だったって訳だ)
花子が休まず話し続けていた間に、剣士はしっかりと考えをまとめていた。それが何度目かの謝罪の言葉で止まり…。
「話したい事は、終わった?」
「…ええ。…本当、ごめんなさ――」
「あーはいはいストップ。今度は俺の番」
「あっ…ごめんなさい」
(まーた謝ってるよ。この素であれ演じてたんだから、やっぱり変な奴だよね)
苦笑しつつ、剣士は気を取り直して話し出す。
「こっちこそ、ごめん」
「…え?」
「そもそも、俺が言った事で怖がらせたせいだったんでしょ?」
「そ、そんな事無いから! わたし慌てちゃって。初めてあんな事言われたし…」
「それなら、動揺させたでもいいよ。とにかく、今の話で俺にも落ち度があったってわかったから…。だから今度こそ、この話は終わり。野村が悪い訳じゃない」
「じゃ、じゃあ…。仲直り…してくれる?」
(やっと話が進んだよ…。と言うか、そんなストレートに仲直りって。また子供みたいな…。でも、まあ)
「うん。じゃあ仲直りで」
「……!」
それは、花のような笑顔だった。剣士が釣られて、思わず普段とは違う笑みを浮かべるほどの。
「わたし、ちょっと急ぎすぎてたかも」
「何を?」
「ほら、わたし達の課題って、仲良くする事でしょ? その…ちょうどそういう事したいって思ってて…。この機会にって意気込みすぎたというか…」
「あー。それで最初のデートとか、あんな感じだったんだ?」
「えっ…? そんなにわかりやすかった!?」
「妙に気合入ってるなとは思ってたよ」
「~~~~~!」
花子は気付いていなかった。たった今交わしているやり取りが、先日動揺した一件に近いものだと言う事に。自分の仮面がばれていると言うのは、とても困る事のはずだった。けれど今、そんな事は全く気になっていない。自分の隠していた部分を打ち明けた事で、その必要が無くなったからだ。
花子は、数年越しにやっと踏み出す事ができた。
恥ずかしさで熱くなった顔を手で仰ぎつつ、彼女は考える。踏み出せたなら、やってみたい事はたくさんあった。
「ねえ、わたし達…今度こそ仲良くなれたよね?」
「そうかもね」
「! な、なら名…あー! あー!?! はぁ、はぁ…あー…あだ名で呼び合ったりとかしない!?」
…そのせいか、少々制御が乱れ気味だ。言いかけてしまったのは、絶対に言ってはいけない一言。花子にとってはしてみたい事でも、剣士にとっては違うもの。前までなら、間違いなくイラついていた剣士だったが…。
(いやあ…ここまで隠そうとした事が隠れてないのも、ある意味すごいというか)
この時、剣士はそれを気にしてはいなかった。それは花子に影響されてか、そこに悪意が無いとわかっているからか。それとも、花子なら平気になったのか。
人との関わりを絶っていたのは、花子だけではなかった。やり方はまるで違っても、人と近づくのを避け続けていたのは剣士も同じ。彼もまた、自覚の無いまま踏み出していた。
「名前ね…。いいよ」
「そっ…え!? あれ!?」
「俺も野村を見習って、ちょっとは変わってみようってね」
「で、でも嫌…なんでしょ?」
「まあ、今でもこの名前は嫌いだけどね。意固地になって、気にし続けるのも馬鹿らしいかとは思ってたから」
「それなら、やっぱりあだ名にしましょう」
「いい機会ってもあるし、大丈夫だって」
「なら…間を取って名前の要素のある呼び方とか! どんなのがいいかな。剣士と花子で…」
「んー…。“けん”と“はな”とかで良いんじゃない」
「またそんな適当に…。けん…はな……。それ、“じ”と“こ”が残って、事故で縁起悪そうじゃない?」
(…どんな理屈?)
「それならトラウマ克服も兼ねてるんだし、俺の方は“し”って事にでもすれば良いよ」
“けんし”と呼ばれてからかわれる。剣士の忌避していた根本的な呼び名だ。
「なるほど、それなら“し”と“こ”で……っ~~~~~! あたしの名前でエロい事する気でしょやめてよ!!」
「うん、どういう思考回路してんの?」
「ひどっ!? あ、あれ…平城ってそんな事言っちゃう感じだっけ…? わたしまたすごく怒らせちゃった!?」
(そういえばそうだ。なんで本心をそのまま…)
長い間、そうした黒い部分は表に出さないようにして来た。それを何の警戒も無く口にしてしまい、そんな自分に驚く。しかし、驚きつつもなぜか…。
「いやいや、いつもと変わらないよ」
「ええ!? いつもこんな事思ってたの!?」
「そうかもしれないね」
剣士はそんな本当の自分を、花子に肯定してしまった。
「………」
「………」
二人はしばらく無言で向き合い…やがてどちらからとも無く、吹き出すように笑う。
「…ひどいやつじゃん」
「あれ、そっちこそそんな事言って良いんだっけ? というか、言われても平気そうだね」
「あ、あれ。そういえば…」
「……お互い、過去に囚われすぎてたのかもね」
「…そうかも」
人は時に、自分で自分の傷を維持し続けてしまう。死にたくなるほど苦しかった過去も、まっさらな気持ちで向き合えば、今なら乗り越えられる事もある。大きさは変わらなくても、長い時間が、少しずつその傷の衝撃を和らげて…。
この日二人は、確かに昨日までより通じ合っていた。この分なら、バディの評価も上々なものになるに違いない。そんな事を話して別れた。
そして週明けの午後、バディ学習の時間。
「定期フィードバックの時間ですよ~」
今日も、ふわふわとしたLCの声で授業が始まる。生徒達の端末に、一斉にメッセージが送られていく。花子が、それに剣士でさえ、そこそこの期待を抱いて確認したそこには…。
『第一回フィードバック評点 5』
「………」
「…なんでっ!?」
これが内申書のように、5段階評価では無いのは既に知っている。
剣士と花子のバディとしての評価は、まだ上々とは行かないようだった。




