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いきなりバディ学園!  作者: らいず
3/35

(……誰だ?)

 剣士だけでなく、クラスメイト達も、同様の疑問を抱いていた。

(こんな教員…少なくとも去年までは居なかったと思うけどな)

 その女性は、今もにこやかに笑っている。学生達に混ざっても、一番低いのではと思われる身長。その割に主張の激しいバストが、スーツを押し上げて目立っていた。

 段々と、一度は静まった教室内が活気づく。

「おっぱい…っ!」

「うほおおおおおお勝ち組だああああ!」

「ふー…。ふー…!」

 中でも、男子生徒のテンションはにわかに上昇していた。眼前の女性の身体的特徴を、遠慮もせず叫ぶ者も居れば、口には出さずとも、血走った眼で見定める者も居る。

(露骨過ぎなんだよ変人どもが…)

「せんせー! 私ちょっと後で揉んでもいいですかー?」

「あああああああああずりぃぞ女の特権使いやがってええええ!?」

「うるせーぞオス猿ぅ!?」

「きぃぃぃぃぃぃぃっほぉおおおお!」

(ほんと、うるせえ…)

 学生特有の過剰なノリで、すでに教室内は大騒ぎになっていた。

「結構かわいい先生だなー」

「だねー」

 剣士は投げかけられた言葉に、あくまで笑顔のまま答える。騒ぎの隅に、こっそりと…控えめに参加する。

 そんな収拾のつかない状況の中、教壇の女性が再び口を開いた。

()()()()()()()()()()♪」

(っ!?)

 この場の全てが凍りついたようだった。

 先程と同じ。見た目愛らしい女性の口から出た、ただの挨拶のはずだった。しかしそれは、軽めの口調とは裏腹に、確かな威圧感を放っていた。

 静まり返った教室で、女性は続ける。

「はい、皆さん初めまして。さっそくですが本題です。本日より、この学園の教育課程に、“バディ制度”を取り入れることになりました。契約の通り、しっかり頑張ってくださいね?」

(………は?)

 剣士を含め、勘の良い一部の生徒は、この時点で気付き始めていた。そんな敏い面々を余所に、教室内は再びざわつき始める。

「バディって何ぞ…?」

「英語だろ、確か相棒とか…そんな感じの」

 そんな反応を受け、女性はくるりと反転し、生徒たちに背を向けてから、芝居がかった口調で語り始める。

「かの引きこもり世代の一件を受け、私達は大いに反省し、そして考え続けてきました。聞こえの良い幻想や建前では無く、真に社会が求めるものとは何なのか。そして、それを育てるためにはどんな教育を行えばいいのか…」

「それは…一体!?」

 空気を読まず、大げさな反応を見せた生徒も居たが、それをまるで意に介せず、再びその場で反転、そしてそれは告げられた。

「ずばり、コミュニケーションです」

「…コミュニケーション?」

「たってなあ…?」

 どういう事なのか、まるでピンと来なかった。友人とも話をするし、行事や委員会、当番の仕事…。そうしたありふれた生活の中で、彼らは人と関わり、それなりに折り合いをつけて過ごしていた。コミュニケーションとは、そういう事では無いのか? あえて教育するような事だろうか?

「社会人の受けるストレスで、最も大きい要因が、対人関係によるものです。会社に行って、決められた仕事をする事は出来ても、それが原因で退職者は後を絶ちません。それはなぜなのでしょう?」

「………」

「そうです。それは耐性が無いからです。人間の常識、子供の頃に身に付いた当たり前の概念…それを大人になってから変えるのは、とてもとても大変な事なんです」

「でもー、コミュニケーションなんて普通に皆やってますよー」

「そうですねえ。じゃあお聞きしますがー」

 女性の口角が持ち上がり、より一層笑顔を際立たせながら、話は本題へ入って行く。

「自分の嫌いなお友達や、自分と価値観が合わない皆とも、ちゃーんとこみゅにけーしょん♪ してますか?」

「はあ?」

「嫌いな奴とって…」

「そうですよねぇ。しませんよねえ? 気の合う人がクラスに居なかったとしても、今の世の中、ネットでも何でも、気の合う人と楽しくやればいい話ですもんねー?」

「「……………」」

 ここへ来て、この場全体が、ようやく事態に気付き始めた。

「細かい事は追い追いとして…。具体的に言いますと、貴方達にはこちらで決めたバディと共に、これからの学園生活を送ってもらいます。授業は今まで通りありますし、基本的にはこれまでと変わりませぇん」

 女性は人差し指を立て、それを口先へと運ぶ。見ようによっては官能的に見える仕草。

「ただし…そこに一つ、バディとの成果によって決まる評価が増えます」

「………内容はなんですか?」

「決まっていません」

(は?)

 クラスメイトと女性とのやり取りを聞き、動揺しつつも、剣士は笑顔を保ちながら沈黙を続ける。

「正確には、全員同じではないので、これと言えるものが決まっていない…ですね」

「あの…っ!」

「せっかちな子が居ますねえ…。そんな事だから、コミュニケーションの教育が必要なんですよぉ」

「………」

「例えばです。苦手な事ってありますよね? それをバディの力を借りて、克服する。それが出来たら、高評価になります」

(おい…)

「あいつとは価値観が合わないーって思う事、ありますよねー? 歩み寄って、理解に努めて下さい」

(おいおい…)

「社会人はね? どんな人とでもお付き合いしないといけないんです。それなのに最近のお子様たちは、気の合う人とだけ楽しく過ごして、そのまま社会に出てきてしまっています。それが出来る時代になってしまったんですねー」

 剣士の額から、汗がにじみ出ていた。彼はこの場に居る中で、現実を飲み込むのが早い面子の一人だった。

「時代が変わったんですから、教育も変えないといけませんよね? 社会で本当に必要な事を、ちゃーんと学生の時に練習させてあげる。これこそが正しい教育、優しさと言うものだと思いませんか?」

 こうして、話は冒頭へと繋がって行く。

「わからない事はありますかー? ありませんねー?」

(ほらみろ…面倒な事になった)

 これが、国の人材育成の命運を懸けた…バディ制度の始まりだった。

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