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その問いはさらに続いた。
「もしかして、これもあたしだけ? 他の皆には壁とか無いわけ?」
「………」
(おいおい、勘弁してくれ)
剣士は戸惑っていた。極力嘘は言わず、上手く合わせて乗り切る。普段そうしている彼だったが、花子はそれを許してくれない。
仲良くなる。それが課題だとわかっていても、上手くやれば良いと思っていた。だからこれまで通り、踏み込ませるつもりは無かったと言うのに…。
(まさか、こんな直球で青臭い事聞いてくるなんてね…。ほんと単純すぎると言うか)
誰に対しても一線引いてるだけだと、正直に言う訳にはいかない。かといって、壁とか無いからなどと言っても、引き下がりそうに無い。そんな無遠慮さを感じ取っていた。
「…踏み込んでくるね。確かに課題は真面目にやらないといけない。授業だし、仕事みたいなもんだし…。でも、別に100点目指す必要は無いんじゃないかな」
ならば説得するしかないと、返答を保留しながらボールを返す。
「それは駄目よ! ちゃんと精一杯やらないとっ…。それに、それだけじゃない感じと言うか…」
(ええ…。いやほんと、よくここまで擦れずに生きてきたな。授業だから頑張るって、初等部かって…。見た目それに近い格好だから、違和感無いのがあれだね)
そこまで考えて、剣士はひとつ気付いた。
(そういえば、嫌なところ突かれた気がして反応しちゃったけど、好きな物とか行きたいところが特に無いのは事実だよね…。なら、本当に嘘じゃないし壁も無いって押し切れば良いだけか。本当なんだし…。流れに任せて、満足させる方向に持っていけば…)
「あ―」
「あのね」
ここで花子と声が被り、剣士は引いてしまった。それは普段からの癖のようなものだったが、それが裏目に出てしまう。
「この前の事――」
それが何を指しているのか。
「まだ、本当は許してもらえて無い…よね?」
剣士は、わかってしまった。
該当する出来事は一つだけ。花子に名前を口にされた…引き合いに出された件だ。
「あー…」
「だから、ちゃんと知って…もう一度謝らせて欲しい」
「…とりあえず、場所変えようか」
(本当なんでだろうね…。仕方ないから、多少は話すかってつもりになってる。少し頭を冷やして、それでももし…)
人で溢れた商店街を離れ、二人は無言のまま歩き始めた。
途中で飲み物を確保し、すぐ近くの高架下の公園で、剣士と花子は腰を下ろす。
特におかしな雰囲気と言うわけでもなく、剣士は気楽な態度を維持していた。彼にとっては、そうしている方が自然だった。込み入った話が控えているとしても、それは変わらない。そうなるほど、長く演じてきたのだ。
(うわあ…めっちゃ見てるよ)
花子が力強い視線で、剣士を見つめていた。
ごまかしつつ話し、仲が進展した風にして曖昧にすれば…。そんなところに落ち着きかけていた剣士は、またしても考えさせられる。
「まあ、あれだね」
(そもそも…こんなに悩んでる事自体が、馬鹿らしい…か)
剣士は、そういう事にした。
「野村ならわかるだろうけどさ。仲良くなると…名前で呼ぼうぜーとか言い出す奴居るでしょ。それがね、単純にイラっとするんだよね」
「え…」
「そこで毎回ネタにされるとか、心底勘弁して欲しい…。野村もそうなんじゃないの?」
自分達が歪んだ原因、その記憶が蘇る。だからそれを避ける為に、剣士は距離を保ち続けている。
花子と出会った日…。LCに名前を読み上げられた時の反応から、花子もおそらく近い経験がある。剣士はそう考えていた。そして、実際それは当たっている。
「ごめんなさいっ!!」
(…は? いや何事?)
それは、あまりに必死すぎる声だった。
多少真面目な話をしていると言っても、そこまででは無い。そんな感覚で居た剣士が、思わず心配をしてしまうほどに。
彼の見立ては確かに当たっていた。
しかし…全てが同じと言うわけでは無かったのだ。




