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この商店街はなかなかに広い。本当に歩くだけなら回りきる事も出来るが、店を見て回ろうと思えば、一日あっても足りないほどだ。まだ来るのが二度目の花子は、知らない店もたくさん残っている。
だから剣士の事とは別に、どんな場所があるのか、それなりに楽しみにしていた花子だったが…。
「んー…次ここでも見て行こうか」
「え、ええ…わかったわ」
その表情は、笑顔ではありつつも、少々不満げだった。
(なんか…結局行きたいところに行ってない気がする)
二人は、すでにいくつかの店を回っている。そもそも立ち並ぶ店の方が雑多な為、大抵の人なら、どこか一箇所くらいは楽しめているだろうラインナップだ。
しかし、花子にとっては少々違っていた。
(なんか…あたしが興味あるところばっかりなんだけど…。趣味が一緒…って訳でもないだろうし。女物のアクセサリーショップとかにも寄ったもの)
今日回っている店は、その全てが、前回花子が興味を示した店に近いものだった。実際剣士は、そういう基準で店に立ち寄っている。本来は、嬉しい気遣いかもしれない。しかし花子からすれば、それは望んだものではない。
(何…? なんでそんなのわかるの? というか、あたしに気を遣ってるつもり? 自分が行きたいところへ行ってって言ったのに…。でも、あたしの事を想ってしてくれてる事だし…っていやいやないない! どうせ課題だからとかよね。そもそも、仲良くなる課題の為にそうしてるなら、あたしの言った通りにしてくれないのは問題なんだから!)
「そうだ。これもあんまり見ないんじゃない?」
「へっ…あ、うん。確かに初めて見るわ。これ、中身何…?」
「せっかくだから、試してみたらいいよ。食べるとまずいものとか、あったりする?」
「無い。大丈夫」
剣士は今も、笑顔を絶やさず先導を続けてくれている。
(どうしよう…。お互いに好きなものを教えあったところで、さらに仲良くなる為に…って流れで話を切り出す。思いついたのはギリギリだったけど、いい作戦だと思ったのに)
チャンスを逃さぬよう、剣士を観察し続けていると、ほんの一瞬、視線が留まった事に気付いた。その方向を見ると、音楽系の店がある。
(…! もしかして!)
剣士はその店へは向かわず、そのまま歩き出そうとするが、花子がそれに待ったをかけた。
「ねえ! そこ入らないの? 今見てたじゃない」
「うん? いいよ、行こうか」
(う、うん…? これって、あたしが行きたいなら行こう…みたいになってるよね?)
「そうじゃなくて、平城が行きたいんじゃないかって事!」
「んー…、気になってた曲はあるんだけどね」
「そう! そういうのよ! 行きましょうよ!!」
「わかった。行こうか」
「ええ! ……?」
やっと、剣士の好みをひとつ引き出したかと思った。しかし…。
(なんか…違う気がする。わかんないけど)
花子は、剣士の反応に違和感を覚えていた。肯定しているようで、上辺だけのような…。当の剣士は、変わらず穏やかな笑顔のままで、見ていてもいまいちわからない。
(ちゃんと、聞くしかない。こういうところよ、行けわたし!)
「ねえ…本当に行きたいと思ってる?」
「うん」
「あー! 今のはわかりやすかった! 思ってないでしょ…。どういう事? 見たい物あるんじゃないの?」
「…いやあ」
「ごまかさなくていいから!」
「あー…うん、嘘は言ってないよ。ただまあ…それは一人の時に見に行きたいかなって」
(…なにそれ)
「あたしが居たら、駄目なんだ…」
(しまった…何弱い事呟いてるのあたし…!)
それは、ついこぼしてしまった言葉だった。言ってすぐに後悔した。恐れたと言ってもいい。花子にとっては、そういうレベルの失言だった。剣士から、一体どんな言葉が返ってくるのか…。強く身構えたところに届いたのは―。
「いや、それは違うから。別に野村が悪いとかじゃない」
「…」
予想外にも、やさしげな言い方のそんな言葉で―。
「ほら野村も、俺が下着見に行く時とかに付いてきたら困るでしょ。そんな感じのニュアンスだから」
「な゛っ!?」
そこからさらに、想定外の言葉が続いていた。
(やだやだやだやだやだもう~~~~~)
「あんた何言ってるの!? でっ、デリカシーってやつを考えなさいよ!?」
「えー…。俺達くらいの年なら、普通でしょこれくらい」
「ええ!? ほんとに…って騙されないから! そ、そう言うのは仲が良いとは違うと思う!」
「ごめん。もう言わないようにするから」
「う゛うー…」
あっけらかんとそう言われては、これ以上追求もしづらい。恥ずかしく、長引かせたい訳でも無い。
思い切り声を上げたおかげだろうか。次の台詞は、自然に言う事が出来ていた。
「ねえ…。もしかして、本当の本当に、行きたいところ…ないの?」
「そうだよ。今からでも、野村が行きたいところ回っていいよ?」
「…それは駄目」
「…了解」
(だって、そうしたら後ろに回るし。視線を追う事も出来ない。それじゃあ平城の興味のある物、探せない)
花子の思考は、この日何度目かの迷子になっている。最初と目的がずれつつあった。
「まあ言い換えれば、どこだって楽しいって事だよ」
「確かにずっと笑ってるわよね…」
それでも、剣士を知ろうとする視線だけは、変わっていない。
「ねえ」
「うん?」
「平城は…どうしてそんなに、壁があるの…?」
それは、その向こうを見据えた問いだった。




