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いきなりバディ学園!  作者: らいず
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 放課後。人の減った学び舎で、ノックの音が鳴る。

「どうぞー?」

 剣士は中からの返答を受け、再びその部屋へ足を踏み入れた。

「あらー、忘れ物ですかー?」

「いやあ、ちょっと聞きたい事がありましてー」

 気楽な口調同士の会話。しかしお互い、内面もそのままとは限らない。既に何度も行われたそのやり取りに、今は少し…緊張感が漂っている。

「…どうしました?」

「いやあ…。もう……納得がいかないんですよね」

 剣士の言葉には、はぐらかそうとしても無駄だと言わんばかりの険が含まれていた。納得が行くまで引く気はないと、実際の言葉以上に彼の意思を語っている。

 LCは少し間を置いてから、それに応えた。

「意外ですね。先程の件、あなたは理解していると思っていましたが」

「評価については理解してますよ。特に異論もありません。もっと…根本的な部分の話です」

「…どうぞ?」

「この糞みたいな制度が何なのか」

「新学期初日に、説明したじゃないですか」

「あれは建前でしょう?」

「そんな事ありませんよ」

「じゃあ本当だったとしましょう。でもそれだけじゃありませんよね」

「そうですかー?」

(ふわふわと惚けて…イライラするね)

「説明じゃ、いわゆるコミュニケーション能力向上の為って事でした。そもそれなら、何か具体的な目標を達成するだけでも良い筈です。嫌いな相手とでも、上手く付き合う練習なんですよね?」

(そういう意味じゃ、俺は間違いなくそれなりにやっていたはず…。でも評価はあれだ)

「はいー」

「それなのに、バディによってはかなりおかしなものや、端から見ただけじゃ、何が大変なのかわからないものまである…。おそらく間違いなく、そいつだからこその課題です」

 各バディ課題の多くは、既にクラスのグループチャットで共有されていた。そこからの情報で、剣士はそれを知っていた。

「一人ひとりに合った、為になる課題ですから」

「それが、おかしいんですよ」

 笑顔に、怖さが増していた。

「上手くやるのに、隠したい内面や、弱いところを使う必要はありません。ちゃんと社会でも、取り繕えればいいはずでしょう」

「…つまり?」

「トラウマや傷を抉り…そして、新しい傷を増やそうとしているようにしか見えないんですよ」

 LCは表情を崩さない。

「本当の事を…教えていただけますか?」

(俺達に…何をさせたい?)

 読めない思考。彼女は何かを考え…そして、答えた。

「ふふっ…平城君、考えすぎですよ」

 ふんわりと、気が抜ける声だった。この緊迫した話は、おしまい。そんな空気の弛緩。

「………」

「漫画じゃないんですから、そんな裏の意味みたいなのはありません。だから――」

(ああうん…それで逃がす気は…無いんだよね)

 しかし剣士は、それに呑まれなかった。

()()()()()()()()()()()

 室内は、再び締め付けるような空気に戻っていた。

 それでも、LC側も簡単にはぶれない。

「いえいえ、ですからそう言われましても、本当にー」

「幸いな事に、調整委員の役割を受け持っていますからね」

 ほとんど遮るように、剣士は畳み掛けていく。

「大きなトラブルにならないように、停滞しないように上手くやる役割でしたっけ? 数金のところも良川のところも、確かいい評価でしたよね。となると俺は、役目を果たせてたんですかね。なら…その逆も可能ですよね?」

「…」

「どんどん取り返しの付かないトラブルを起こして、取り返しが付かないくらい、近寄りたくなくなるように誘導でもしましょうか。他人なんて、傷つこうがどうでもいいですしね」

「そんな事をすれば、退学になっちゃいますよ? この学園を退学…それがどういう事かわかっていますよね?」

「これは試験運用なんですよね。先生はその責任者で…。成果が必要なんじゃないですか?」

「転校だって、この学園が動かなければままなりません。契約違反で借金…程度で済まないかもしれませんよ?」

「とんでもない結果になっても、平気なものなんですかね?」

「………」

(なんて…自信ありげな演技はしてても、そもそも成果が伴わなくていいなら、こんなの何の交渉にもならないんだよね。でも、試験的な教育で大問題が起きれば、それなりに世間からのバッシングもあるはず…。どうでもいいって事は無いと思うけど…)

 LCは、目を閉じ考え込んでいるようだった。

 1秒、2秒……。

「なるほどなるほど…」

「……?」

 やがて彼女は、いつもと変わらぬ笑顔で言った。

「そうですよ?」

「…は?」

「平城君の言う通りです。いやあさすがですね。調整委員に抜擢されるだけあります~」

「…それは」

「はい。要するに、適度に傷ついてくれていいんですよこっちは」

「…っ」

(本気か…? 仮にそうだとして、なぜこうもあっさりと打ち明けた?)

「でも、最初に言った通り、やろうとしている事は変わりませんよ?」

 諭すように、LCは言う。

「要するにコミュニケーション能力の向上。それを鍛える事が目的です。間違っても、お前らなんかどんどん傷ついてしまえー…みたいな事では無いですからねー?」

「…だとしても、問題ですよね。こんな事は」

「そう、その感覚ですよ!」

 教え子をただ褒めるように続ける。そこに険悪さは感じられない。

「昨今、学生に対して、教師はちょっと強く注意する事も許されません。そんな事をすれば、あっという間に情報が共有されて、数の暴力一直線…悲しい事です」

「まあ…そうでしょうね」

「でも、社会は違います」

「…」

「社会では、今でも根強く昔からの環境が残っています。暴言を吐かれたり、怒鳴られたりなんて、正直日常茶飯事なんですよ。仕方ないですよね? うっかりで命に関わるようなお仕事もあるんですから」

「それはまた…夢の無い現実ですね」

「そんなところに、怒られた事も、争った事すらない若い子が入ったらどうなりますか? そんなのつらいに決まってますよね?」

「…」

「昔の人はもっと強かった…。そんなのは当然です。子供の頃からたくさん怒鳴られて、慣れていたんですよ」

(…いやいや、それ麻痺してるだけでしょ。何年か前に問題にもなってた気がするんだけど)

「子供の頃の経験って貴重なんですよ? 常識に組み込んでしまえば、大抵の事は耐えられるようになります」

「それでも…大人が叱って育てるなんて、現代じゃ無理」

「そうです~。それなら、子供同士でぶつかって、心を鍛えておいて貰えばいいですよね?」

「ついでに、苦手に向き合う過程で、それを克服すれば一石二鳥…ってわけですか」

「その通りです。出来る事が増えて、心の鍛錬になる…良い事でしょう?」

「おおっぴらに言えない事が、良い事とは思えませんけどねー」

「…それで、どうですか? 質問には正直に答えました~。実際これ、やり過ぎはまずいんです。これからも協力してくれませんかー?」

「………」

「腑に落ちないのが……、問題だったんでしょう?」

 いつもと同じ、ゆるくかわいい系統の声が、まるで違うものに聞こえた。

(そうか…。この人は、俺がここから逃げたり、本当に退学になるような事はしないとわかってた訳だ)

 剣士の交渉は、脅しになってすらいなかった。ただ不満を取り除いたほうが、向こうにとって都合がいいと判断されただけ。剣士は実際、今聞いた情報を言いふらせない。それはすなわち、クラス全体に広がり、そのうち世間にも広がるという事…。つまりは滅茶苦茶にするのと変わらない。そうなれば…責任は剣士にも追及される可能性がある。彼はそう考えていた。

(こういうの、社会じゃ守秘義務って言うんだっけね)

「それで…俺のやる事は結局、変わらない訳ですか」

「もちろんです。全力で、バディのコミュニケーションをサポートして下さい。皆が…、傷ついたりしないようにー」

(どの口が…)

「…わかりました。これで…失礼します」

「はーい。何かあったら、また相談してくださいねー」

 今の会話は、単なる進路相談だった。二人は…暗黙のうちに、そう取り決めた。


 今度こそ一人になった指導室で、LCは舞う。意味など無く、気分のままに。

「……ふ…ふふっ」

 それが、抑えきれず漏れ出した笑いによって止まった。

「い、いやあ…平城君、かわいすぎますね。笑いを堪えるのが大変でしたよぉ」

 剣士とは違い、先程のやり取りによって、彼女はむしろ機嫌がよくなっている。

「他人はどうでもいい…ですか。うふふ…。平城君、口だけでは、大人は騙されてくれませんよ?♪」

 それこそが、彼女がこうしてふわついている理由であり、剣士にその気が無いと見抜いた理由でもあった。

「野村さんと別れてから()()するなんて、本当…調査の通り、気遣い屋さんな子です」

 次に彼女は、人差し指を口元に当て、首をかしげながら悩む。

「んー…あの様子だと、意外に野村さんの事…。0点って程、酷くは無かったかもしれませんねえ。次週の参考にしましょう」

 LCは、自分の生徒達を想い、また笑う。

 そんな風に思われているとは知らず、剣士は悔しさを感じて帰路に着いている。彼は確かに、同年代の中では周りが見えている方だった。それでも、やはりまだ学生。他の生徒同様…、今はただ手のひらの上で踊っている。

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