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長谷部と良川は、あれ以降、無闇に衝突する事は無くなっていた。
いくつかの勘違いを解消し合い、相手は自分とは違うかもしれないと、念頭に置けるようになった。相手を決め付ける事による衝突に注意する事が出来るようになった。そんな成長の成果と言える。
お互いの気が合うかどうかなどと言うのは、本来この先の話なのだ。
人には、他人と知人の境目が存在する。社会においても、それは変わらない。その境目を越え、相手の事を少しでも理解すれば、気の遣い方もわかってくる。何かを勘違いしてそうだ。今は機嫌が悪いみたいだ。そうやって察してあげる事も出来る。
“第一印象が大事”とは、そう言う事。他人には、外面しか伝わらない。
そして…この二人もまた、他のバディ同様、知人と言える程度には一緒に過ごした事になるのだが…。
「仲良くって…何?」
「………」
花子の真剣な眼差しが、今日も微笑を浮かべる剣士を射抜いていた。
(なんでもない休み時間にまで、野村と絡む気は無いんだけどね)
「俺達の課題の事かな」
「そうよ! どうやってそんなの判断するワケ?」
「…さあ?」
「もう! さあ、じゃないでしょ? わからなきゃどうにも出来ないじゃない」
「別に。喧嘩せず、言われた事をちゃんとやってれば良いんじゃないかな」
(少なくとも、それで即お咎めは無いはず)
とにかく労力を割かずに…。そんな状況を目指す剣士。
しかしバディの片割れは、同じ考えと言う訳ではなかった。
「そんなの、仲良しじゃない……と思う」
(…? 否定する割に自信なさげだね)
普段、上から上から来ようとする花子にしては、それは珍しい態度に見えた。
「何か案があるなら、聞くよ」
「えっ…」
口元に指を当て、俯き気味に悩む。数秒後、ゆっくりと顔を上げ…。
「け、喧嘩するほど仲がいい…とか」
「何言ってんの?」
「じゃあどうすれば仲良くなるのよっ!」
(あれ…。これ評価の事気にしてるんじゃなくて、素で仲良くなる方法の話…?)
「こうやって、たまに話でもして、調整委員のお仕事やってれば、それでいいでしょ」
「それじゃ仲良しじゃないじゃない! ただの委員会仲間じゃない!」
(それでいいんだよ…。そもそもなんで、強制的に誰かと仲良くならなきゃならないのさ。勉強の成績とかが課題のバディが羨ましくなってきたよ)
「はあ…。仲良くなるのなんて、意図して出来るものじゃないでしょ。合わない相手って居るし」
「っ…。あたしは……、合わないの…?」
「………」
「そそこは、『別に』でも何でもいいからいい言いなさいよ!」
「うん。別に普通かな」
「それじゃダメじゃない!」
(めんどくさ…)
「や、やっぱり喧嘩するしか…!」
「ああ待って。うん、待って」
(しかも喧嘩って肉体的にかよ…。昔の不良じゃないんだから)
ガタリと勢いよく椅子を蹴り出し立ち上がる花子。そしてなにやら、戦闘の構えをとる。
それを受け、剣士はとにかく止める以外に無かった。同時に、きちんと相手をするしかないと悟る。
「じゃああれだ。今日はこの休み時間の間、自己紹介でもしよう」
「自己…紹介」
「そう」
とっさに思いついたのは、そんな提案だった。同時に、時間制限を設けて、短い時間で切り抜ける準備も忘れていない。
「確かに…お互いをよりよく知るのが、和解への第一歩って聞くわね」
「うんうん」
(それは、喧嘩中の夫婦とかが対象として言われてる事だと思うけどね)
「じゃ、じゃあっ…えっと」
「そうだね、じゃあ食べ物とか。俺は何でもいいかな。味が濃すぎなければ」
「え、ああえっと…あたしも!」
「うん。じゃあ今度はそっちから質問どうぞ?」
「え゛…」
実はほとんど何の情報も行き交っていないやり取りを経て、剣士は花子へと舵を投げる。
(こういうのは、どこに地雷があるかわからないからね。極力、こっちから振らないに限る。俺は別に、何聞かれても流すだけだしね)
「えと…んと…」
(それにしても…強硬手段に出る割に、やっぱりどこか控えめだよね。野村は…)
再び悩む花子。一方剣士は、それで時間が潰れるならむしろ良しとばかりに、次の授業の準備など始めている。
「か、家族! 居るの!?」
(なんで時間あったのに慌ててるか知らないけど…。あと言葉足らず。まあ家族構成の事だよね)
「まあ両親が居るよ。今は寮だけどね。兄弟は居ない。そっちは?」
「あたっ………あたしは、お姉ちゃんが居るわ…」
そう答えた花子は、勢いを失っていた。
「…そうなんだー」
(おい。その口振り…両親が亡くなったりでもしてるのか? せっかくそっちに話題を決めさせたのに、なんで自分で地雷を踏む?)
呆れながらも、どうこう突っ込む訳にもいかず、適当に話を広げる質問も返しにくい。さすがの剣士も空返事だった。
「よし! 次はあんたの番ね」
気を取り直したかのように、花子からバトンが返ってくる。
(休み時間は…あと数分か。さて…どうするか)
先程は少し沈んでいたかのように見えた花子だが、既に力強い表情に変わり、剣士の言葉を待っていた。余裕綽々。どこからでも来いとでも言うように…。
剣士は、妙に気が抜けてしまった。
(なんと言うか、やっぱりこいつは…)
それは、一時の気の迷いだった。
(単純そうなのは、会ってすぐにわかってた。でもそれだけじゃない)
物心を覚えてからの、ほぼ全ての時間。人生のほとんどを、彼は人から避けるように、距離をとって過ごしてきた。
(多分、今時そうそう居ないほど…きれいな奴な気がする)
この評価は、おかしいかもしれない。花子は転校したばかりで既に何度も暴れ、施設を滅茶苦茶にしている。しかしそうではなく、バディとして傍で彼女を見ていた。周りを見続けてきた…その経験を積んだ視線で、彼女の仕草や、言動を知った。
だから、それに気付いた。
「なんで…そんなに無理して強がるの?」
「……え?」
その質問は、剣士にとって、非常に珍しいものだった。
油断していたからかもしれない。単に気の迷いかもしれない。とにかくなんでもない言葉のつもりで、剣士はその質問を口にしていた。これは、相手の内面に踏み込む問…。
「な、何言ってるの? 無理なんかしてないけど」
「そう?」
剣士は迂闊にも、まだ気付いていなかった。また花子の方を見ずに、適当にやり取りしていたせいで。
その返事は、「そうは思えないけど」と言うニュアンスを、言外に含んでいた。
先程まで、彼が自分で考えていた事。人間は、どこに触れて欲しくないかわからない。
「ど、どういうところが!? 蹴るわよ!?」
普段通り注意していれば、日が浅いとはいえ、彼女のニュアンスの違いに気付けたかもしれなかった。
花子は、動揺を隠し、強気に振舞う。それはまるで、ちょっと図星を突かれて慌てている程度のように見えた。少なくとも、外からは…。
こんな場面。普段の剣士なら、「ごめんごめん」と、話を収めるはずだった。しかし、どうして今、何が彼にそうさせてしまったのだろう。
「そういうところそういうところ」
ただの軽口。人によっては、ただの軽いやり取り。花子の希望していた通り、距離を縮める事になるかもしれないもの。
でも、そうじゃない何かを内面に持っている人も居る。
「う、うるっさい!!? 何言ってんの! 性格悪い! 馬鹿! ばかあ!!? 何よ変な事言ってきて!」
「っ!?」
人を馬鹿にする事が、嫌いだったはずの花子の口から出た言葉。
剣士はすぐさま、意識を集中した。
「ごめ…」
しかしそれは、一歩遅く…。
「ああ、あのっあとはあ…あああんた! 剣士なんでしょ!? 全然剣士らしくないっ!!」
そして、いつでも片方だけが、相手を傷つけるわけではない。
「………」
(なるほど…あれだ。何を血迷ってたんだ俺は…)
「あ、あれ……。あ…、待って! 今のは駄目だった。ごめ…ごめんなさい! ごめんなさい!」
ただの休み時間だったはずの教室に、悲痛と言ってもいい声が響く。しかしそんな声も、今の剣士には届かない。
しかし剣士は、おだやかな顔をしていた。
「いやいや、そんな大げさな」
剣士は、今も笑っている。
「…え?」
「ちょっとからかいすぎたね。ごめんごめん」
「え、あれ…こっちこそ…ごめんなさい」
「何そんなにしょんぼりしてるの? らしくないでしょ」
それは、花子自身が望む人物像を、肯定する言葉。
仕切りなおしを促す言葉。
「そ、そうよ…! まああたしも言い過ぎたわ。ごめんね! あー…でもあれね、一発くらい蹴っておこうかしらっ!?」
「それは勘弁だなー」
そんな、一応の修正。それと同時に、始業のチャイムが鳴る。
「授業始まるね。用意は?」
「あ…まだ」
「遅れないようにね」
そう言って軽く手を振り、剣士は視線を机に落とす。別に、冷たくあしらって居る訳ではない。彼は普段から、人に合わせる事こそすれ、このくらいの対応だった。だから、もういつも通り。
「…うん」
花子は、転校生の定位置とも言える後方の席へと戻っていく。
一方の剣士は…、まさに今まで通りの彼に戻っていた。
授業が何事も無く進む。今日はなんでもない平日。それは当たり前の日常だった。
しかし学生達にとっては、そんな日常が、目の前いっぱいに広がる大きな世界。
「………ごめんなさい」
そこで起きる出来事は、決して小さな事ではなかった。




