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良川は、ゲームセンターで時間を潰していた。場所は学園から遠く、いつか剣士と花子が彼と遭遇した、商店街の中にある店だ。
彼は迷った末に、今日学園に戻るのを諦めていた。それは、嫌な予感がしたからである。
(あのやろ…いつまででも待って居やがる気がする)
良川は、花子が放課後を過ぎようとも、待ち伏せている可能性を懸念していた。女子の待ち伏せを警戒して、鞄も取りにいけない。それはそれで腹が立つものではある。それでも、万が一再び遭遇した時の事を考えると、ひたすらに面倒だった。今日、あれだけの時間、彼女を撒けなかった事実がある。明日になれば、結局は顔を合わせる事になるとわかっていても、とにかく今日会いたく無かった。これは半ば、良川の意地だった。
「……はー」
1クレジット分のプレイが終わり、意識がゲームから外れる。すると、後ろに人の気配を感じた。普段は気にもしない良川だったが、気疲れもあり、待っている奴が居るならと場所を空ける事に決める。
そうして、振り返った。
「……………はは…」
そこにあったのは、見慣れた制服…を、着崩した女子の姿。
「良川、行くわよ…?」
仁王立ちで小首を傾げると言う、微妙にアンマッチな仕草。しかしこの少女には、なぜかそれが似合っていた。
良川が口元をヒクつかせる。
その顔を見た瞬間、既に逃げようという気力は失せていた。
花子は、良川の後ろに付いて歩いている。
「………」
「………」
(…どうしよう。何も考えてなかった)
しかし事態は、全く進行していない。
(どうせわかるんだろうと思って、LC先生に聞いたところまでは良かったのに…。何で逃げないの?)
花子は、学園が終わり次第LCの元へ走った。そこで良川の居場所を聞き出し、こうしてわざわざ追いかけて来たのである。しかし、その先の予定が狂った事で、なんとも言えない時間が続いている。花子は、良川が逃げ出し、再び追いかけっこが始まるつもりで居た。彼がアーケードゲームに興じる間も、後ろで屈伸運動など、しっかりと準備までしていたくらいである。そうして今度こそ捕まえた時には、明日はバディの集まりにきちんと顔を出すよう、約束を取り付けるはずだった。しかし実際には、逃げる素振りすら見せずに、良川は歩いている。あるはずだった勢いが得られず、どうにも話を切り出せない。基本的に、花子は口下手だった。
「………おい」
「! な…なによ!」
「なによじゃねえよ、ふざけやがって…。どこまで付いてくる気だ」
「え?」
(あれ? どこまでとか知らないし…。あれ、あれ? そもそも何で追いかけてたんだっけ!?)
「ど、どこまでもよ!」
「てめえ…まじでいい加減にしろよ」
良川が花子を鋭く睨む。上背もあり、なかなかの強面である彼に睨まれれば、ほとんどの同級生なら怖がった事ろう。
ただし、ここに居る彼女は違った。反射的に、何かのスイッチが入ったかのように…。
「ああああああああお゛っら゛あああああああ!?」
「うおっ!?」
勢いのある跳び蹴りが、良川の顔の横をかすめた。
「あたしは! どこまででも追いかける! だから…だから何!?」
「ああ!!?」
「だからちゃんと行きましょう!」
「……………」
良川は、花子の言わんとする事に気付いてはいた。要するに、彼女はただ、同じ事を言っているのだと。自分に、きちんと自習に行くように訴え続けているのだと。次にそう言われさえすれば、嫌々ではあれど、適当に肯定する気ですらあった。これ以上付き纏われるくらいなら、その方が良い…。だと言うのに、ここへ来て花子はそう言わない。
これは、最後の抵抗だった。自分の口から、ちゃんと自習に参加をするなどと言うのは、どうにも納得がいかなかったのだ。
「ああー……」
頭をガシガシと掻き毟りながら、良川は悩んだ。そして…。
「いや、ねえわ」
「む…?」
花子は、きょとんとした表情をしている。
良川は思い直した。目の前に居るのは、たかだか同級生の女子。なぜ自分が、従わされなければならない? 言われるがままに、明日の約束をしようとしているのだろうか?
良川は、叫んだ。
「う゛らあ!!」
「っ!? お゛っら゛あああぁ…ああーー!?」
その威嚇を皮切りに、良川は全力でその場から走り出していた。
花子は、一歩で遅れてしまった事になる。しかし彼女は、めげてなど居なかった。
(なるほど…ここからがほんとーの勝負!)
「すぅー…、お゛っら゛あああああ!!」
通行人の視線も意に介さず、気合一閃。第二ラウンドの始まりだった。
理屈で言えば、不毛でしかない。そんな選択ばかりだった。それでも、この場においては全力で導かれた結論であり、間違いなく本気のやりとり。感情よりも、理屈を優先…いくつになっても、誰もが出来るわけではないし、出来る人間だって、最初から出来る訳ではない。感情を優先した事により生じた不利益や、失敗…。そうした反省から、自分を見つめるようになっていくのである。
そんな若さ故の争いは、数十分後決着が付いた。
「はあ゛っ……ぜっ…はっ……」
「あたしに負けたんだから、明日はちゃんと参加すること!!」
(よしっ。ちゃんと言えた!)
「まじっ…かよ…」
勝負は、なんと体力が尽きるまで終わらなかった。最高速度の問題で、完全に追いつく事も無く走り続け…遂に良川が倒れこんだのだ。
まさに無尽蔵の体力…。負ける気などさらさら無かった良川だが、まさかの、物理的に制される結果となった。
(だっせえ……)
この結果は、もう変わる事は無い。良川は、明日どうするのがダサくないのか、まだマシなのか…考えなければならなかった。




