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これは運命のいたずらか、人為的な策略か…。
剣士と花子の二人は、初デートの週明け、新たなバディの仲介を命じられた。今は、バディ制度を実践する自習時間。剣士達は、対象となったバディと席を合わせていた。
…が、ここには三人しか居ない。残りの一人は、元の位置から動こうとすらしていなかった。
問題は、始まる前から発生していたのだ。
「…まあ、とりあえずよろしく、長谷部」
「よろしくと言われても、現状どうしようもないんだけどね」
「ちょっとそんな言い方…!」
「あー野村、ただの事実だし、いいから」
「な…」
「…ふうん」
軽く言葉を交わすだけで、雰囲気は良くないものになりかけていた。それを素早く察し、剣士は花子を止めに入る。花子の方は納得がいかないようだったが、長谷部の視線は、多少和らいだようだった。
「まあ、察するよ。上手くやるにも限界あるし」
「私は別に。向こうが普通にやる気なら、これが一応は授業である以上、やるつもりはあるけどね」
(この糞面倒な制度が、授業だから仕方ない…みたいな認識は俺と同じだね。まあ長谷部なら、そこのところは理解してるか)
「…ねえ」
「ん?」
「あたしも一応…は、あんたと同じ調整委員なんでしょ? あたし、どんな子か知らない」
「ああ」
持ち上がりのクラスメイトである剣士達は、人間関係がある程度確立されていた。しかし、花子だけは違う。
「長谷部は、うちのクラスの委員長やってるんだよ。成績も学年全体で一桁ばっかりみたいだよ」
「へえ…そうなんだ」
「別に、驚かれるような事じゃないんだけどね。誰かは一桁なんだし」
「…そうね」
(野村が誰となら相性良いんだってのもあるけど、とりあえず相性悪そうだねこの二人は…)
「あー…とりあえず、長谷部のバディ課題って何?」
「全学科科目の成績向上」
「はい? 全部?」
花子が、意味がわからないという反応をしていた。一方、剣士はすんなり理解する。
「それはまた…。バディ課題はバラバラですとか言ってたけど、内容だけじゃなくて、レベルもバラバラなんだね」
「堪ったものではないわね」
「ここまで露骨だと、どこかから抗議でも入りそうなもんだけど」
「今のところは、そんなニュースも無い」
「…?」
花子は、完全に置いていかれていた。剣士と違って、他のバディのケースと比べる事も出来ていないので、仕方ない部分もある。花子はキッと剣士に視線を送り、説明を求めた。
「要は…バディ制度って、嫌な部分とか踏まえて付き合え、苦手を克服させろ。社会では逃げられないんだぞ。楽しい話以外も出来るようになってくれー…的な事っぽいんだけど…。具体的な課題は違うんだよね。俺と野村なら、仲良くやっていく事。長谷部の前に指示されたバディは、苦手教科を教え合えだった。それで…」
「私は、完全に教える側。ただバディの成績上げれば、私の評点が上がるって課題」
「な、何それ…? 相手にも、得意な事の一つ二つあるんじゃないの…?」
(そういう事じゃないんだけどね)
剣士は、ツッコミを内心で留め、話を進める事にした。
「…で、問題の長谷部のバディなんだけどね」
「ああ、そうね。確か良川って男子でしょ?」
「うん、そう」
「それで、何で居ないの? 今日休み?」
「…居るよ。と言うか、野村も知ってる」
「え?」
花子は、訝しげな表情になった。
それも当然で、彼女はまだこの学園へ来て一週間。その上あの暴れた件もあり、ほとんどクラスメイトの顔と名前が一致していなかった。そんな彼女が知っている生徒は、当然限られている。
剣士は、無言のまま視線で示した。花子はそれを追い…厳しい表情へと変わる。
そこでガラ悪く座っていたのは、このクラスで一番シンプルな問題視。今もバディ制度学習を無視し、一人端末を弄っている。
「良川は…あの時の不良だよ。そのリーダー格」
剣士は声を潜め、花子にそれを伝えた。
「…へえ」
「授業のサボりは、今に始まった事じゃないから」
「これまでは、それでも良かったんだけどね」
「今は長谷部さんの成績にも関わってくるって訳ね?」
「まあ、そんな感じの状況だね」
「なら、まずは良川を呼んでこないと始まらないわね」
「は? いや――」
花子は即断即行動とばかりに、スタスタと良川の下へと歩き出していた。
(確かに、どの道アプローチはかけないといけないし、いいんだけどね)
そう考え、剣士は様子を見る事に決める。そんな時、一つの呟きが彼の耳に入った。
「別に…私はこのままでもいいけど」
(……ふうん)
剣士が長谷部に気を取られている間に、事態は進行していた。
何かを叩きつけた音が響いた。騒がしかった教室内が、シン…と静まり返る。その中を、足音を立てながら大股で歩くのは、先程まで座り込んでいたはずの良川だ。
「待ちなさいよ!」
花子がそれを追い抜き、教室を出ようとしていた良川の行く手を遮る。
「………どけ」
「今は授業中。バディにも迷惑がかかるでしょ? 戻りましょう」
良川は、舌打ちをして振り返り、教室の奥へと引き返す。花子は表情を緩めた。
その時、良川が突然走り出す。
「えっ」
「…ふっ」
「あああああああ!」
良川はその勢いのまま、窓から教室を脱出してしまった。
(うわあ…二階から飛び降りるとか。あれもはや厨二病でしょ)
剣士は、それをただ静かに見ていた。
「今日は無理だねあれは。仕方ないから――」
そう長谷部に話しかけたところに、横槍が入る。
「平城! あんたはそっち! あたしは追うわ!」
(…は?)
花子から、一瞬のアイコンタクトが送られ、次の瞬間には―。
「お゛っら゛ああぁぁぁぁ―――」
「きゃああ!?」
教室内から悲鳴が上がる。それは先程の良川ならともかく、一般的な女子にとってはショックな光景だった。
花子の姿は、窓の外へと消えていた。
「………」
「………」
(そりゃ現状、漫画みたいな話に巻き込まれてるけどさ…。あれは付いていけないね)
剣士はゆっくりと立ち上がり、窓際に寄って下を確かめる。
花子たちの姿は無い。どうやら無事着地し、そのままどこかへ移動したようだった。
(まあ、ちょうど良いと言えばそうなんだよね。あいつがわかってて、手分けする事にしたかはわからないけど)
「あーみんなー。無事無事」
剣士の声掛けを聞き、教室内が弛緩する。その間に剣士本人は、長谷部の下に戻っていた。
「平城君も苦労してそう」
「まあね」
(もっとも、今から苦労…というか、面倒の一つを、長谷部の事で背負いそうなんだけどね。ま…今回は会話が成り立ちそうだし、何とかなるでしょ)
剣士と花子二人掛かりによる、バディ調整委員、初の仕事が始まった。




