シュナ、魔石狩りを教える
「きょわわわわっ! こんなの聞いてない! 聞いてないよぉ!」
「ほらほら。逃げてばかりじゃ狩れないよ?」
ロロナッドの占有ダンジョンは、町のそばにある岩場にぽっかりと空いたほら穴だった。
そこそこ広くはあるようなんだけど、まぁ、大したことない。
「だ、だって! シュナちゃん。ここ来る前、バウンドエイプってどんな魔物って聞いたら『お猿さんだよ』って言ったよね!?」
「あぁ、言った言った」
「これのどこがお猿さんなの!?」
アイシャちゃんが悲鳴を上げる。
まぁ、猿ではあると思う。
毛、ないけど。
顔、怖いけど。
青黒い肌の猿みたいな魔物がぴょんぴょん飛び跳ねて襲い掛かってくる。
体長は人の顔ぐらいと、小さい。
ただ剣を振り回すだけじゃ、軽業の要領でかわされてしまい、倒すことなど到底できない。
そのくせ銀貨2枚……。
割に合わない魔物だ。
アイシャちゃんは今、ガラダさんのお爺さんに特別に調整してもらった、藤製の軽い盾を持っている。
一応、〈魔法発動〉で防御力アップの魔法もかけてあるから、ぺちぺち殴られるだけじゃダメージはないはず。
手にした剣は私と同じブロンズソードだ。
プラスはついてないけど。
「あぁ~! また逃げられたぁ」
「あははは。あいつ、アイシャちゃんのことからかうだけからかって、行っちゃったね」
「もうぅ! 笑わないでよぉ」
「ごめんごめん」
「そんなに笑うなら、シュナちゃんやってみてよ! ブロンズソードの能力を使うのは、ナシだからねっ!?」
アイシャちゃんほっぺを膨らませて怒ってる。
あはははは、かっわいい。
「仕方ないなぁ。……ミラ、能力を一部封印することって出来る?」
『可能です。もちろん、クリシュナに危険が迫れば開放しますが』
「じゃ、やって」
『承知しました』
「ん。あいつがいいかな?」
私は適当なところを跳ね回っているバウンドエイプに狙いをつけた。
憎らしい顔をして、こっちをニヤニヤ見つめている。
「そいやっ」
私は気の抜けたかけ声とともにブロンズソードを突き出した。
バウンドエイプはニヤニヤした顔を崩さないまま、宙返りし、私の一撃を避ける。
だが、私はさらに手首のスナップを利かせ、剣をくるりと回して追撃。
避けきれなかったバウンドエイプは真っ二つになった。
「んま。ざっとこんなもんっすわ」
これでも一年以上冒険者をやっているのだ。
ブロンズソード+999を拾う前から、見込みがあるとは言われていたし。
「むぅ~っ。ズルいズルい! シュナちゃんのズル!」
「何にもズルなんてしてませぇ~ん」
「もうっ! ほら、魔石を拾わなきゃでしょ!」
拾ったところで銀貨2枚なので、あまり積極的に拾う気がしない。
すると、しゃがんだアイシャちゃんが何かに気づいた。
「ねぇ、シュナちゃん。何か動かなかった?」
「え?」
「ほら、床の……バウンドエイプが落ちたとこ」
ん?
なんのことだろう?
「あぁ。もしかして、アイシャちゃんは見たことなかった? ダンジョンで魔物を倒すと、魔物はダンジョンに飲まれて消えちゃうんだよ」
「えっ! そうなの? うーん、じゃ、あれがそうなのかな。……でも何か動いたんだよ? 平べったいのがさささーって……」
平べったい……?
う~ん、何を言っているのか分からない。
「ねぇ、ミラ。〈探査〉の結果を教えてほしいんだけど」
『しかし、クリシュナ。先ほど、バウンドエイプばかりだからと、ほら穴にいる間は〈探査〉による報告は中止するよう言ったのはあなたではありませんか』
「そうなんだけど! バウンドエイプ以外で、何かいる?」
『解。存在します』
「えっ!?」
だが、目を皿のようにこらしても、魔物の姿は見えない。
どこにいるんだろう?
アイシャちゃんが言っていたことが正しかった?
「バウンドエイプ以外で、〈探査〉に引っかかるものがいたら教えて」
『承知しました。あなたの足元に、イワカゲスライムがいます』
「は!? えええ!?」
慌てて足を上げる。
しかし、どこにもそんなものは見当たらない。
『保護色で岩と同化しています。先程、落下したバウンドエイプを捕食するために、移動していました。寿命や冒険者に殺されるなどして、本来ならダンジョンに吸収されるはずのバウンドエイプを食っているようです。たまたま罠にかかった個体を生きたまま捕食することもあるようです』
「うえええ、何それ。聞いたことない」
「ねぇ、シュナちゃん。ミラちゃんはなんだって?」
ミラの声はアイシャちゃんには聞こえない。
私がミラに言われたことをアイシャちゃんに復唱すると、アイシャちゃんは手をぽんと打った。
「じゃ、もしかして、バウンドエイプが屑の魔石しか落とさないのって、イワカゲスライムに吸われちゃうから?」
「そうなの?! ミラ!」
『はい。その通りでしょう』
「そうだって」
「じゃあさ、じゃあさ。そのイワカゲスライムをやっつけたら、大きな魔石が採れるんじゃない?」
「アイシャちゃん天才!?」
なんてことなの!
そんなことに気づくなんて。
今すぐ抱きしめてちゅーしちゃいたいぐらい!
「ミラ、まだここにイワカゲスライムはいる?」
ちゅーはしなかったけど、ハグとほっぺすりすりをしながらミラに聞いた。
私に抱き上げられたアイシャちゃんはちょっと恥ずかしそうにしている。
『はい。クリシュナの右足のつま先から、指五本分ぐらいのところに、私を刺してください』
「指五本分ね。オッケー。……えいやっ!」
私は何もない(ように見える)地面に剣を突き立てた。
そうしたら……
「わっ、何これ。気持ちわる!」
地面がうねうねとくねりだし、色がめまぐるしく変わる。
やがて、どす黒く変色し、動かなくなった。
これがイワカゲスライムか。
イワカゲスライムの死骸はすぐさまダンジョンに吸収されたが、やつは死の間際に四つほどゴロっと大きな魔石を吐き出した。
「おほーっ! 大漁大漁!」
スケルトンのものと比べてもさらに大きい。
売ったら一個銀貨40枚くらいにはなるんじゃないだろうか。
「ミラ、すぐさまイワカゲスライムの場所を調べて。片っ端から殺っていくよ!」
『承知しました』
「はぁ。なんていうか、シュナちゃんって……。小市民だよね」
狂喜する私を見て、アイシャちゃんがボソッと呟いた。
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「あんたたち、何をしたのよ……?」
私が持ち込んだ魔石を見て、ガラダさんが絶句していた。
それもそのはず。
屑の魔石を量り売りしなきゃいけないようなダンジョンから、大振りで上質の魔石を50個ほども持ち帰って来たんだから。
「それはまぁ、飯の種ですから。まだ内緒にさせてもらえると助かるかな~。この町を出るときには教えるよ」
「むろん、狩り場の情報は、冒険者にとって死活問題だからね。むしろ、町を出るときに教えてくれるなんて、大助かりではあるんだけど……本当にこれ、ロロナッドのダンジョンから出たの?」
「うん。そこは本当。……で? この魔石、一ついくらつける? こうした大振りの魔石なんて、この町じゃ滅多にお目にかかれないんじゃない?」
「そうね。すべて本物ということも確認済みだし……銀貨60……いや、75枚で買わせてもらうわ」
「えっ」
逆にそれは高過ぎじゃないだろうか?
私的にはいいとこ銀貨50枚。
おそらく40枚くらいで決まるだろうと思っていたんだけど。
「あなたも言った通り、こうした大振りの魔石は供給が不足しているのよ。よそから輸入しなくて済むんだから、75枚でも安いぐらいだわ。もっとも、75枚で買うのは今回だけ、感謝の意味も込めての特別価格。次からは60枚で買わせてもらえるとありがたいのだけど。どうかしら?」
「そりゃもう……」
「ありがとう、助かるわ。……まだ、採れるのよね?」
頭の中でミラに問いかけると、耳の奥で『まだ数万体が生息しています』と返事があった。
数万体なんて、狩り方がバレてしまえばすぐに絶滅してしまう程度の数ではあるんだけど……私たちだけで独占している間はいなくなる心配もないだろう。
「うん。まだ全然余裕」
「ありがたいわ。これで、お爺ちゃんが進めている研究もいい結果を得られるかも知れない。……王都のほうじゃ、〈鋭利化〉と〈命中〉までは、狙った効果を付与する方法がもう確立されているんでしょ? プラス2まではもうほぼ確実につけられるらしいじゃない。方法は王立研究院の部外秘だそうだけど、うちのお爺ちゃんもあとちょっとのところまでは来ているのよ」
「すっ、すごいじゃないですか!」
これまで、プラス効果のついた武器と言えば、ダンジョンのドロップ品にランダムでつくのを拾うしかなかった。
しかし、狙った効果をつけられるとなると、国中の武器の品質がぐんと底上げされるようになる。
「しゃべりすぎちゃったわね。一応、これも“部外秘”ってことで。じゃ、これ。魔石53個かける銀貨75枚の金貨200枚。金貨は一枚とちょっとオマケしといてあげたわ。だから、またお願いね?」
熱に浮かされたようなガラダさんに、とびっきりのウインクをもらった。
私たちはずっしりと重い金袋をかかえ、『普通の宿』ではなく、『町で一番の宿』へと向かった。
アイシャちゃんを魔法の達人などにするか、
それとも何もできないお子様のままにするかで悩んでいます。
最終的には自分で決めますが、ご意見等教えてもらえると嬉しいです。