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シュナ、親分を助ける

「うおらあぁああぁっ!!」


「あぁっ、おやぶ~ん!」


 おぉ~。

 さすが、王国の守護者だなんて自称しているだけあって、ヴァレンシアさんったら強い強い。

 ハルバードの一振りごとに大規模な森林破壊が巻き起こっているけど、盗賊団のほうは手も足も出ないみたい。

 でも、ヴァレンシアさんが泣き言を言った。


「くっ、しつこい! キサマら、己が第一の盗賊だろう!? 普通なら命の危険を察したら、逃げるはずではあるまいか!?」


 確かに。

 あいつらの必死さには何か鬼気迫るものがある。

 何か理由でもあるのか……。

 すると、子分1が泣きながら叫んだ。


「ひ、引けねぇんだよ! なんたって、親分はここに来る前、“オーガの血”を飲んだんだからなぁ!」


「なんだと!? キサマら、どこでそんなものを……」


 ヴァレンシアさんが驚愕に打ち震える。

 あの、驚いているところ悪いけど、“オーガの血”って何?

 なんて私が置き去り感を味わっていると、


「くっ、“オーガの血”を飲んだものは、一刻も早く血清を投与しなければ、目に映るものすべてを破壊する魔獣と化し、最後は自らも死に至るという。そんな危険な代物を、一体どうやって!」


 ヴァレンシアさんがやたら説明的なセリフで驚いてくれた。

 ありがとう、ヴァレンシアさん。

 よく分かったよ。


「もともと親分は“オーガの血”に適性があったんだ。それを知った依頼人が、俺たちにこの話を持ち掛けてきたんだよ。お前たちを倒してガキを連れ帰らなきゃ、血清はもらえねぇ手筈。悪いが、死んでもらうぜ」


「ヴ、ア゛」


 瞬間、親分の体が急激に膨張した。

 片側だけが異様に発達した生理的嫌悪感をもよおすアンバランスさ。

 頭の大きさは変わらないのに、右上半身だけが象みたいに大きくなって、非常に気持ち悪い。

 ひと目見ただけで、死と引き換えの力だというのが伝わってくる。


「アイシャちゃん。目をつぶっていて」


 と、筋肉塊となった親分が巨大な腕で薙ぎ払った。

 直撃こそしなかったものの、凄まじい突風が吹き、焚き火が消える。

 月の光が差し込んでいるが、かなり視界は悪い。


「くっ。逃げたまえ、少年! 私はやつが町に彷徨い出たりしないよう、ひと晩ここで相手をする! 時間が来ればやつは勝手に自滅するが、それまではいかなる攻撃も即座に回復してしまう。メインの武装を持たぬ今の私では、やつの回復速度を上回ることは難しい」


 ヴァレンシアさんがそう忠告してくれる。

 だけど……。


「なんかなぁ……」


「な、バカ! 危ないぞ、少年! 早く下がるんだ!」


 何だかとても、ムカムカしてくる。

 そりゃ、こいつらも結構ゲスな盗賊ではあるけど。

 だからって、命を懸けさせてまで……


「そういうの、すっごいムカつくんだよね」


 私はアイシャちゃんのご両親と敵対していたっていう黒幕のやり方に、非常にむかっ腹が立っていた。

 だって、子分1と2なんて泣いちゃってるじゃん。

 ……私を奴隷として売り飛ばそうとしてたことは、忘れてやらんけど。

 それでもさ。


「来なよ、親分」


 オーガ化親分の正面に立ち、攻撃を誘う。

 巨大な手のひらが私を押しつぶさんと迫ってきた。

 と、


「危ない!」


「わっ!」


 横合いから突き飛ばされた。

 ヴァレンシアさんが助けようとしてくれたんだ。


「いっててて……」


「蛮勇を振るうな! そんなチャチなブロンズソードで何が出来る!?」


 そう叫びながらも、ヴァレンシアさんは親分の猛攻を凌いでいる。

 すでに親分の上半身は左右どちらも膨張しきっている。

 一撃一撃が大木をへし折らんばかりの、巨大な筋肉による怒涛の乱撃。

 ハルバード一本でよくあれだけ凌げるものだ。

 もっとも、今の私にとっちゃ邪魔でしかないんだけど。


 その時、ヴァレンシアさんの鎧にガンガン音を立ててぶつかるものがあった。


「俺たちにゃ、時間がねぇんだ!」


「お、王国の守護者だろうがなんだろうが、相手になってやる!」


 子分たちによる投石だ。

 結構な大きさの石だけど、ぶ厚い鎧のおかげでダメージはないだろう。

 だが、音もうるさいし、とにかく邪魔そう。


「ちっ! キサマら……。きゃっ」


 意外にも可愛らしい声を出して、ヴァレンシアさんが転んだ。

 投石に気を取られ、張り出した樹の根に足を取られたんだ。


「やっちまえ! 親分!」


「そいつさえやっつければ、こっちのもんだ!」


 親分の体はさっきの倍近くまで膨れ上がっている。

 あんなのが直撃したら、ヴァレンシアさんは鎧ごとぺしゃんこだ。


「ちっ、こんな最期なのか……」


 ヴァレンシアさんが観念したように目をつぶった。

 って、いやいやいや?


「……あ、あれ?」


「あの」


「衝撃が来な……はい?」


「あの、いいですか? ちょっとそこで静かにしていてもらえます? あと、アイシャちゃんをお願いします」


 親分の攻撃を片手で受け止めて、ヴァレンシアさんに忠告する。

 子分どもはぽかんと口を開けていた。


「ミラ。治癒魔法は効く?」


『解。もはや、彼はオーガの組織とは切り離せないほど融合しています。治癒魔法をかければ、ますますオーガ化が進むでしょう』


「分かった。じゃ、もう一つの手でいくわ」


『承知。ですが、クリシュナ。あなたが考えている作戦では、時間の勝負となるでしょう。心臓が百脈打つ間にすべてを終えなければ、手遅れになります』


「オッケー。やってみる」


 すでに親分は左足を残して全身が膨張。

 上半身も最初に変化が始まったときの数倍近い。

 さっきは象みたいだと思ったけど、今はもう小さな竜ぐらいあるんじゃないかな。


「危ないっ、少年っ!」


 叫び声が聞こえる。

 だが――、


「ふっ!」


 下から這うような斬撃を放つ。

 そのままの勢いで、親分の体を跳び越した。


 着地し、振り返ると、親分の体がゆっくりと二つに分かれて、倒れていくところだった。


「お、おやぶ~ん!」


「うああぁああっ! し、死んじゃ、死んじゃいけやせんぜ! 親分!」


 ぐじゅぐじゅと滴る血が、糸のように親分の体をくっつけようとする。

 それを見て、私は再びブロンズソードを振るった。

 振るった。

 振るった。

 振るった。


 やがて……再生されなくなり、親分は八等分になった。


「お、親分……」「俺たちも、後を……」


「邪魔!」


 泣きはらしている子分どものケツを蹴り飛ばし、親分の元へ急ぐ。


「ミラ、死んだオーガの組織だけを〈次元収納〉に収容して!」


『承知。……完了いたしました』


 私が切り裂いたのはほとんどがオーガの組織だったみたいで、親分は意外にも綺麗な顔をしていた。

 だが、これで終わりじゃない。


「〈魔法発動〉……えーっと、コマンドワードは……」


『フルヒールです。クリシュナ』


「フルヒール! それから、リザレクション!」


 リザレクションは魂を呼び戻す魔法だ。

 肉体の損傷を治す効果はないし、死後すぐに使用しなければ効果はない。

 ミラが心臓が百脈打つ間、と言っていたのはそのことだ。


 今回はどうやら、うまく行ったようだ。


「お、おれぁ一体どうしちまったんだ……?」


 すっかり元通りになった親分が、自分の体を見て呆然としている。


「お、親分!」「親分が生き返った!」


「少年……君は一体……」


 ヴァレンシアさんは驚きのあまり固まっていた。

 まぁ、あっちのほうはひとまず置いておいて。

 片方ずつ片づけていくか。


「やぁやぁ、君たち。親分を助けてもらって、まだアイシャちゃんを連れて行こうと思っているかね。私は別に、親分もあんたらも切って捨てて、それっきりでも良かったんだよ。ええと、君。私を奴隷商に……なんだったかな?」


「ひっ、そそそんな、滅相もねぇ! 姐御やその近縁の方にゃ、もう手出しは致しません!」


「お、親分。こちらの姐御が親分を“オーガの血”から救ってくださったんでさぁ」


 まだ親分は何が起きたか掴めていないようだったが……。

 子分たちの必死の説得を聞いて、私に恩を受けたということは理解したようだ。


「すまねぇ、嬢ちゃん。命を救ってもらった以上、もうあんたらを襲うような真似はしねぇ。いや、困ったことがありゃ、何でも言ってくれ。力になるぜ」


 それを聞いて私はニマッと笑った。


「んまんまんま。なら、ちょっと、秘密の相談と行こうじゃないか。いい話があるんだよ。君たちも来たまえ。四人で話そうじゃないか」


 チュートガチ盗賊団の面々を茂みの奥に誘う。


 全員が私を囲み、かがんだところで……ぴかっ!

 やつらの記憶を改ざんした。

 まぁ、私のことを姐御と慕っているのは悪くないし、印象みたいなものは記憶を変えても残るようなので、そこら辺は残しつつ。


「いい? ちゃんと自首するんだよ」


「「「あい! 姐さん!」」」


 三人の声が唱和した。


「な、何が起こってるんだ、一体……?」


 ヴァレンシアさんの呆然とした声が虚空に溶ける。

 こっちも頭の痛い問題だけど……どうすっかな。


 空はすっかり、白み始めていた。

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