シュナ、魔炎将軍と出会う
まず説明させてほしい。
魔炎将軍とかいう王国の最高戦力が、今まさに私たちを追っているのは、決して私のせいではない。
「おのれぇえっ! 逃げるかぁっ!」
魔炎将軍のハルバードの一振りで、森の木々がいくつもなぎ倒された。
うわぁ、えげつない威力。
どんだけ怪力なのよ、あの人。
「ねぇ、どうするの? あの女の人、めちゃくちゃ怒ってるよ!」
アイシャちゃんが、私の脇に抱えられながら尋ねてくる。
そんなの、どうしたらいいかなんて私だって聞きたい。
あ、ちなみに、魔炎将軍さんは女の人だ。
今は全身を漆黒の鎧に包んでいるけど、中は意外にも清楚な美人。
「ねぇってば! シュナちゃんの剣で、倒しちゃえば」
「だ、ダメだよ! グロいことになるもん!」
それは不幸な――そう、偶然の結果なのだ。
すべては悲しい行き違いから始まった。
* * * * *
(当時の回想)
アイシャちゃんがおトイレというので彼女を抱きかかえ駆けだした私は、キャンプ地から少し離れた茂みにアイシャちゃんを座らせた。
「シュナちゃんいる?」
「いるよ~」
「手、放さないでね!」
「ちゃんと握ってるよ」
この辺りは焚き火の光が届くから、アイシャちゃんでも安心だろう。
手はつないだまま、明後日の方向を向いておく。
「き、聞いてちゃダメだからね!」
「聞かない聞かない」
とは言っても〈万能拡張感覚〉のせいで聞こえてしまうだろうけど。
ここは彼女の名誉のためにも、聞こえないふりをするのが寛容だろう。
すると、耳の奥からこんな声が聞こえた。
『能力〈探査〉より警告。武器を持って接近する者を三名発見』
「えっ?」
「なっ、なになに?!」
声の正体はブロンズソードの能力の一つ〈並列知能〉だ。
能力の管理をしてくれたり、今みたいに〈探査〉の能力に引っかかった脅威をお知らせしてくれたりする。
私自身じゃまだ能力をすべて使いこなせてないんだよね。
ちょっとずつ慣れていこうとは思ってるんだけど。
「アイシャちゃん、少し静かに。誰か近づいて来てるみたい」
「お、おばけ?! や、やめてよぅ。脅すの……」
「いや、おばけではなく……」
ごく静かだが、かすかに葉を踏む音が聞こえる。
ブロンズソードの能力によってかろうじて気づけたが、これほどの気配の消し方からするに、その道のプロかも知れない。
「……アイシャちゃん、終わった?」
「う、うん」
アイシャちゃんに状況を確認する。
それから、私は目に見えぬ接近者に向けて声をかけた。
「動かないで! こちらはあなたの位置を把握してる。私、魔法が使えるの。今戦闘になったらあなたのほうが不利だからね。何か用があるなら、武器を捨ててゆっくり姿を見せなさい!」
それから私はコマンドワードを呟き、剣の先に小さな炎を宿らせる。
これで、少しは恐れ入ってくれるといいんだけど。
素直に出てきてくれたりしないかな。
しばらく気配は動く様子がなかったが、やがて「チッ」という舌打ちと共に、少し離れた茂みが揺れた。
「くそ。いつ、気づきやが……」
と、物陰からそんな声が聞こえた、瞬間――、アイシャちゃんが脱兎の勢いで茂みを飛び出した。
「あびゃああぁぁああっ、お、オバケぇぇぇっ!」
「あっ、アイシャちゃん! 下着、下着!」
「おい、待ちやがれ!」
三者三様に、慌てて茂みを飛び出す。
ってか、アイシャちゃん!
スカートがあるから丸見えになることはないけれど、結構危ない。
ドロワーズ(腰と両太ももを紐で縛るタイプの、一般的な下着)を拾い上げ、焚き火のほうへと走る。
うずくまっているアイシャちゃんを守るように立つと、私たちに接近していたやつらが焚き火の前に姿を現した。
見るからに山賊と言った風貌の、ガラの悪い男たちだ。
「おうおう、嬢ちゃんに恨みはねぇが、そっちのガキんちょを連れて行くとたんまり礼金がもらえるんでな。わりぃが、捕まってくれや。なぁに、嬢ちゃんにも新しい仕事をやるぜ。男を悦ばせる仕事なんだがよ」
うわぁ、なんて分かりやすいゲスなんだ。
私が剣を構えると、男たちは大笑した。
「ギャハハハハ! そんな安っちいブロンズソードしか買えねぇ駆け出しが、俺たちとやろうってのかい?」
「ヒッ、ヒッ、ヒ! 三対一だァ。よく考えな、嬢ちゃん。俺たちもおめえさんを傷物にしたくはねぇんだよ。高く売れなくなっちまうからな」
「なぁに、ちいとばかし貧相な体つきだが、顔は悪くねぇ。色んな趣味の御仁に顔が利く奴隷商なら、嬢ちゃんでも買い手を見つけてくれるだろうぜ」
う~ん。
あまりに分かりやすい下っ端すぎて逆にびっくり。
こんな奴らの話に付き合ってやる必要もないよね?
ブロンズソードのおかげで、他に仲間はいないってことも分かってるし。
さっさと〈記憶操作〉で終わらせてしまおう。
ちょっと、新たな記憶の設定に時間がかかるんだけどさ。
……そう思ってたら、〈並列知能〉から新たな声が届いた。
『能力〈探査〉より警告。武器を持って接近する者を新たに一名発見』
どういうことだ?
新しい仲間?
「ねぇ、あんたたち。三人だけよね? もう一人仲間がいたりする?」
「あぁん? 俺たちチュートガチ盗賊団は、三十人いた団員がみんな捕まっちまって、今じゃ三人だけだが……」
ちょっと寂しい空気が流れた。
「うぅ。親分、悔しいっす!」
「うおぉ~。俺は、俺はぁ」
「ええい、泣くな泣くな! こいつらをとっ捕まえて、礼金もらって盗賊団再建でぇ!」
うん。
なんとなくだが、バカなのは伝わった。
しかし、盗賊団でないとなると、接近する者って、一体?
『警告。先ほどの第三者、凄まじい速度でこちらに向かっています』
「ミラ。どっちの方向から来てるの?」
ちなみに、ミラというのは私がつけた〈並列知能〉の愛称。
古い言葉で“鏡”とかいう意味のはずだ。
ミラが答えた。
『解。上です』
「上!?」
バッと頭上を振り仰ぐ。
瞬間、空から真っ黒な鉄の塊が降って来た!
「うおりゃあああぁああぁっ!」
「きゃあああっ!」
「うぎゃあああっ!」
凄まじい音がして、地面がえぐれた。
ハルバードだ。
鉄の塊だと思っていたものは、全身鎧の騎士のようだった。
「少年、この私が来たからにはもう安心だぞ!」
声から察するに、女の人だろう。
その割には、結構上背があるけど。
っていうか、少年って。
そりゃ、私は痩せぎすだし、髪も短くはしてるけどさ。
……髪、伸ばそうかな。
「やぁやぁ、不埒なる盗賊ども! 王国の守護者、魔炎将軍ヴァレンシアがお相手つかまつる!」
ヴァレンシアさんとかいう人が、盗賊団に向かってハルバードを突きつけ、啖呵を切った。
『能力〈探査〉及び〈鑑定〉より警告。ヴァレンシアと名乗る女性、〈記憶操作〉に対する耐性〈不惑〉持ちの装備を有している模様』
ミラの声が無情にも告げる。
これで全員一度に〈記憶操作〉して逃げる手は使えなくなった。
あぁ、まためんどくさい人が増えた……。