シュナ、野宿する
「さ、そろそろ宿駅だよ。駅馬車を待つなら、ここでお別れ。ピルグレッド方面に行くなら、道が悪いから馬車で行くよりクロンの駅まで歩いたほうがいい。わしの乗合馬車にもう少し乗っていくなら、明日の朝出発だ」
「クリシュナさん、そろそろだよ」
「んあ?」
目を覚ました私が御者台越しに外を見ると、ちょっとした集落が見えた。
集落と言っても、家が三、四軒並んでいるだけの簡素なものだけど。
「私、寝ちゃった?」
「そりゃもう、ぐっすりと」
「うぅ、おじさんの馬車が一番安いからって、だいぶ早起きしたからなぁ。ごめんね、アイシャちゃん。退屈だったんじゃない?」
「だいじょうぶ。私にはコレがあるから」
そう言って、アイシャちゃんはいつも持っている『本』を掲げて見せた。
孤児院にいた時もずっと読んでいた、あれだ。
「クリシュナさん、ここからどこに向かうの?」
「実はピルグレッド方面に行くつもりだったんで、ここからは歩くつもりだったんだけど……アイシャちゃんがいるとなると……」
「私は大丈夫。革が三枚も貼ってある靴を履いてきたの」
アイシャちゃんが足をくいっと上げ、靴底を見せてくれた。
「クリシュナさんの迷惑にはならないつもり。いざとなったら、置いて行ってくれていいから」
「いやまぁ、いざとなれば私が背負って行くけど。じゃ、アイシャちゃんにもちょっと頑張ってもらうとするか。あ、それからね。私のことはシュナでいいよ。年もまだ十六歳だし、さんづけとか、敬語とかもいらないから」
「ん……んっと、じゃ、シュナ……ちゃん?」
「そうそう。改めてよろしくね、アイシャちゃん。強引についてきちゃったのはもう仕方ないし、どうせ一緒に旅するなら仲良くしよ」
「うん。ありがと……ごめんね」
「いーって、いーって。じゃ、おじさん! 私たちはこっちなんで!」
「あいよぉ! 気をつけてな!」
私たちは馬車のおじさんに挨拶をし、あるかなしかの獣道へと分け入った。
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「今日はここで野宿かな。日があるうちに、この開けた場所まで来たかったから結構な早足だったと思うけど。よくついてきたね、アイシャちゃん。さっきの宿駅で泊まると行程が一日延びちゃうから、助かったよ」
「ふぅ……ふぅ……。うん。それから言われた通り、薪になりそうな枝も拾っておいたよ」
「おお~! よくやったね。じゃ、私もこれ。チャハルの実! 見つけたから三つばかし採っておいた」
「チャハルの実?」
アイシャちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「知らない? 固い殻の中に、脂肪分たっぷりの黄色い実がつまっててね。真ん中に、穀物に似た白い実がギッシリつまってるんだ。黄色い部分が好物の獣がいるんだけど、そいつ、白い部分は消化できないみたいでさ。白い部分だけ糞に混じって排出されて、新たな場所での発芽の栄養になるってわけ」
「……それって美味しいの?」
糞、と聞いたせいか、アイシャちゃんの顔が曇る。
「もうね、めちゃくちゃ! 分けて食べる人もいるけど、このまま蒸し焼きにするとね、白い部分がもちっと膨らんで、黄色い脂肪分とトロトロ~っと混ざって、最っ高に美味しいんだよ!」
「ふぅ~ん」
あ、まだ信じてないな。
いいよいいよ、今に見てろ。
私たちはさっそく、焚き火の準備に取りかかった。
集めた薪に〈魔法発動〉で火をつける。
「ティンダー」
コマンドワードを唱えるとブロンズソードの先に小さな火が現れた。
それから私は、〈次元収納〉でしまっていたお皿やお匙を取り出す。
ブロンズソードの先端に現れた黒い亀裂に手を突っ込んでいる私を見て、アイシャちゃんがほうっとため息をついた。
「便利ね」
「うん。持ち物が少なくて済むからね。アイシャちゃんも、その本、入れておいてあげようか。ずっと抱えて歩いてるの、重そうだったし」
「え。これは……いいよ。大事なものだから」
「そう? ん、オッケー。じゃあ、今度、背負い紐か何か作ろうね」
アイシャちゃんがそうしたいなら、無理には言うまい。
しばらく待つと、チャハルの実が蒸しあがったようだ。
まず、ブロンズソードでチャハルの実を切断。
〈次元収納〉から岩塩を出し、ブロンズソードで削りかける。
ぷわ~っと、いい香りが漂った。
匂いを嗅いだとたん、さっきまで半信半疑そうだったアイシャちゃんの目がらんらんと輝き始める。
アイシャちゃんの分をお皿に盛ろうとしたら、「私もシュナちゃんみたいに直接食べたい」と直訴された。
「熱いよ。気をつけて」
「う、うん……あっ、あちゅっ」
「ちょっとお行儀悪いけど、手に持たないでおひざの上に載せな」
「わ、分かった。……ふぅ、ふぅ、ふぅ。はむっ」
何度もふぅふぅ冷まして、小さな口いっぱいに頬張った。
しばらく一生懸命もぐもぐする。
そして。
「ほふっ、ほふっ。うくん。……おいふぃい……」
「でっしょ?」
してやったり。
思わず、アイシャちゃんの頭を撫でまくった。
アイシャちゃんはされるがままにしながら、お匙を動かし続けていた。
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夜半過ぎ。
ぱちぱち爆ぜる火の音を茂みの向こうに聞きながら、私たちは横になっていた。
「ねぇ、アイシャちゃん。聞いてもいいかな? どうして私について来ようと思ったの?」
スコンプ(私たちが昨日までいた町)を出発したときから気になっていたんだけど、アイシャちゃんはなんで私なんかをそんなに慕ってくれるんだろう?
田舎者の、なんてことない小娘なのに。
「シュナちゃん。自分の力に無頓着すぎだよ。ヒンメルズ・リッターを一撃で倒せる戦士なんて、世界中どこを探してもいないよ? お近づきになって、甘い汁を吸おうとする人がいてもおかしくないよ」
「えっ、あ、そっかな? ……でも、アイシャちゃんはそうじゃないでしょ」
満天の星を見上げながら、さらに尋ねる。
すると、アイシャちゃんの声音に真剣みが帯びた。
「……シュナちゃん孤児院にクッキーを持ってきてくれる時、絶対に私にも一つくれたでしょ? どんなに奥まったところにいても、探し出してくれた」
「それは、ほら。全員にあげないとって思って」
「シュナちゃんにとっては何でもないことでも、そういう公平さが私には嬉しかったの。あの孤児院じゃ、味方は一人もいなかったから。それにね……」
「それに?」
「孤児院を乗っ取ろうとしていた司祭、あれ、お父様と敵対していた貴族の差し金だったのよ。あのまま孤児院が乗っ取られていたら、私はどうなっていたか分からなかった。だから、今無事でいられるのはシュナちゃんのおかげなのよ」
「あぁ~、なるほど! だからかぁ。たかが孤児院を手に入れるためだけに、元S級冒険者や〈天軍〉なんて持ち出して。おかしいと思ってたんだよね」
なるほどね~。
じゃあ、今ごろ、あの司祭さんはこっぴどく叱られてるんじゃないだろうか。
出世の道が閉ざされちゃってたりしたら、ごめんね。
「あのね、シュナちゃん」
「ん? なぁに?」
「お」
「どうしたの、アイシャちゃん?」
アイシャちゃんの息を飲む音が聞こえる。
「お……っ」
「お?」
真剣な声音から、何か大事なことを言おうとしているのが分かる。
私も息をのんだ。
すると……
「お、お、おしっこぉ……! も、漏れちゃうぅ~」
「え、え、えー!?」
「おトイレ~。ひとりで行けないよぅ。つ、ついて来てぇ」
アイシャちゃんが泣きそうになりながら訴えてきた。
「わわわわ、待って待って待って!」
「あ……もっ、だめ……っ」
今にも消え入りそうな声が、切迫した状況を伝えてくる。
「ちょちょ、もうちょっと! もうちょっと、ね? 我慢して! い、今連れてくから。今抱っこするからね?! びっくりして漏らさないでよ……ええいっ」
幸い、ブロンズソード+999の能力の中に〈万能拡張感覚〉があるので、視野は良好だ。
私はアイシャちゃんを抱え上げ、夜の森を走った。




