シュナ、と天空の町
カーロッサは崖の町だ。
平原に突如現れる、天を突くばかりの断崖の山。
その中ほどに、バルコニーにみたいに突き出した平野部がある。
「リマ王時代の詩人、プロントは、この町を『巨人の階段』と呼んだそうよ」
「なるほどのう。言い得て妙じゃな」
下から一段目に町があり、二段目は遥か高くにあって見えない。
この崖、実は巨大な岩山の北半分を潰して平地にしたような形をしており、南側はごく普通の斜面になっている。
山の向こうには別の町があるが、そこへ行くにはかなりの遠回りが必要となる。
カーロッサはまさに、王国の北側を守る天然の堤防だ。
私たちは、岩肌を彫刻刀で削って造ったかのような、つづら折りのトンネルを登って町へと入った。
トンネルの片側は崖に向かって開けているから、結構な絶景だ。
道の広さは馬車二台がゆうゆうすれ違えるぐらい。
で、その終点で私たちは、
「おらっ、ここがカーロッサだ。さっさと降りてくんな!」
と、感じの悪い御者のおっちゃんに放り出された。
で、門から町を見渡して、一言。
「なんか……寂れてるなぁ」
「そうじゃな」
「ご本を読んだ限りでは、もっと活気のある町だと思っていたけど」
「こんなに美しい景色を毎日見れるのに、何でこんな空気が重いんだろう?」
「まぁ、町を外から見ると絶景じゃが、町の中からの景色は見渡す限りの平野と空しかないからのうっ。確かに綺麗じゃけど、毎日だと飽きるのかも知れん」
「確かに……代り映えしないもんねぇ。あ、遠くに見える川が国境かな?」
王国が巨大な町だとするなら、カーロッサは城壁の外に出っ張った見張り台みたいなものか。
ただどうにも、町の中からは締め出されているような気持ちになっちゃいそう。
町が寂れている原因の一つに、そんな理由もあるのかも知れない。
門番が登録証の提示を求めてくる。
アイシャちゃんはロロナッドのダンジョンで狩りをする際、リリという名の冒険者見習いとして仮の登録証を発行してもらっていた。
モグ竜はどうしよう……と思っていたら、自前の登録証を持っていた。
「ふふんっ。竜王国が発行しておる、人間の姿で暮らすための登録証じゃっ。各国のトップと話がついておるので、竜の正体を隠して人の町に入ることが出来るのじゃっ。代わりに、人の町で問題を起こしたら、竜王国の精鋭師団が身柄を確保しに来るから注意が必要じゃがなっ」
鼻を高くして……というか、元の鼻を出して胸を張るモグ竜。
もしかして、モグ竜って竜国じゃ結構、位が高かったのかな?
そんな登録証なんて、ぽんぽん発行してもらえるとも思えないんだけど。
「とりあえず、冒険者組合に行ってみようか。ファロード用の服で結構使っちゃったから、手持ちが心もとないんだよね。仕事仕事」
だけど……
:
:
:
「占有ダンジョンなら入れねぇぜ」
「えーっ、なんでよ!?」
「ここの占有ダンジョンは、王国にとって重要なあるモノをほぼ独占的に産出するからな。領主の私兵しか入れねぇ。だから、この町に冒険者はほとんどいねぇ。みんな領主の私兵になっちまう」
受付のおじさんが抜いた鼻毛をぷっと吹きながら答える。
もう、やめてよ。
汚ないなぁ。
「たまに流れてくる冒険者だっているでしょ? そういう人たちはどうしてるのよ」
「こんな僻地にか? 目の前には言葉の通じねぇ北方諸国が。背後には巨大な岩壁が。ちょいと隣の集落に行こうにも、長い長い壁が邪魔して、馬車で何日もかかりやがる。こんな陸の……いや、天空の孤島に、わざわざ働きに来る冒険者なんていねぇよ」
「か、観光客の護衛とか」
「……昔はそういったやつの帰りの路銀を稼がせるのに、多少は仕事もあったんだがな。領主が変わってからは、観光客に高い税金をかけるようになった。おかげでパタッと客足が途絶えちまってな」
「な、なんかないの。せめて、今晩の宿を借りるお金を稼がなきゃ」
まだ多少蓄えはあるけど、この町で稼いでおかないと、他の町に行くにも旅費が馬鹿にならないわけで。
ここに来るのにもお金がかかっているし、稼ぎがないまま帰るとなると、ちょっと侘しい貧乏旅になる。
「あるにはあるが……お勧めは出来ねぇな。どれも苦労のわりに、実入りが少ねぇ仕事ばっかりだ」
「な、なんでもいいから!」
「一つ、登りのトンネルを掘るってぇ大事業の人足。この町でも充分高地だってのに、さらに何倍も高い頂上へのトンネルを掘ろうって連中がいる。もしもそんなトンネルが出来たら、崖の向こうにある隣町と一気に距離が縮むが……いつ終わるとも知れねぇ工期に、何代か前の領主が投げ出して数十年が立つ。今作業してんのは基本的にほぼ無給の青年団だけで、一日血豆が出来るぐれぇ手伝っても、あいつらにゃ銀貨8枚とかそんなもんしか払えねぇ」
「一日銀貨8枚……!? 渋い、渋すぎる」
「もう一つ。崖の上しか生えねぇクッシーナ草を採ってくる仕事。熱すると光を発する性質があってな。松明みたいに煙を出さねぇから、一度に大勢の兵士をダンジョンに送り込めるっつうんで、領主軍が高値で買い取ってくれる。ついでに、クッシーナ草の匂いを魔物が嫌うらしく、お目当ての魔物以外との遭遇率も減るらしくてな。入浴剤としても使っているそうだ」
「そ、それいいじゃないですか!」
クッシーナ草なら以前見たことがある。
私のブロンズソードぐらいの大きさの葉っぱを様々な用途に使うのだ。
「いやいや、嬢ちゃん。考えてみなよ。トンネルがない以上、崖の上に登るにはたった一本のはしごを使うしかねぇ。早朝に出て、上に着くのは昼過ぎだ。はしごを使う以上、自分が背負って帰れる分しか持ち帰れねぇから、銀貨15枚程度の稼ぎにしかなんねぇぞ」
「はしご……そうか、はしご。ほぼ半日登り続けなきゃならないのか」
「もう一つは、綿毬藻の土産物作りだな。元はダンジョンで豊富に採れたんだが、ダンジョンに領主軍しか入れなくなって、供給が途絶えてな。一日作り続けて500個が限度。それでようやく銀貨5枚ぐれぇと聞いたことがある。冒険者の仕事じゃねぇが、口ぐらいは聞いてやる」
「渋い」
なんてことなの。
そんな渋い仕事ばっかりじゃ、貯えが減る一方じゃない。
「一番現実的なのが鉄虫狩りか。こいつの殻を鋳つぶすと、そこそこいい鋼が出来る。下の平野に腐るほどいやがるから、一日狩り続けりゃ銀貨25枚程度にはならぁな」
「う~ん。その辺が無難ですかねぇ。わざわざ登って来たのに、降りなきゃいけないのが癪ですけど」
「なら、さっさと出発するんだな。夜になりゃ、兵士たちが戻ってくる。町中の飯屋が埋め尽くされる。食うもんが無くなるぞ」
ひぇ~っ。
それは困る。
私は大急ぎで、来た道を戻った。




