シュナ、女装する
「さっきの私、ちょっとカッコよかったんだって」
「シュナちゃんまたその話? もう三度目だよ」
「でもさぁ」
興奮冷めやらぬ私はモグ竜の背に乗って移動しながら、ついついアイシャちゃんに語ってしまう。
パディナ村にいた頃は、ごっこ遊びじゃ私はいつもファロード(騎士役)をやっていたものだった。
ってか、私だけじゃなく、他の女の子もファロードをやりたがったけど。
フラウ(姫役)は助けられるばかりでつまんないんだよな。
現実には女騎士も大勢いるけど、子供にはまだそんな違い分からないからね。
田舎だったし、ファロードが騎士で、フラウが姫なのは固定だった。
「我が名は竜の騎士、クリスティン・ファロード! いやぁ、決まったなぁ。竜がモグ竜だったのだけがマイナスだけど。家名も決めておくべきだったかな。クリスティン・ファロード・パディナ! うーん、家名の代わりに村の名前を出すと、途端にかっこ悪くなるな。ないない」
「おいっ! マイナスとはなんじゃっ、マイナスとはっ! われは誇り高き地竜じゃぞっ! 最高の配役ではないか!」
「でもさぁ。モグ竜って飛べないの? 竜の騎士っていうぐらいだから、飛びたいんだけど」
「ぐぬっ。われはまだ仔竜であるゆえ、無理じゃ。お父上の飛翔などはそれはそれは勇猛じゃったが……」
へぇ。
モグ竜ってまだ子供だったんだね。
ってか、モグラみたいな見た目なのに、飛べるなんて。
なんか不思議。
羽とかこれから生えてくるのかな。
「この男物の服も、買っておいて良かった。イワカゲスライム狩りで得た稼ぎだいぶ使っちゃったけど。掘り出し物だったよねぇ」
私は今、舞踏会用の男物の服を着ている。
馬車駅に立ち寄っていた商人から無理を言って購入したものだ。
結構、出物だと思っていたら、アイシャちゃんからツッコミが入った。
「シュナちゃん? ……言いにくいんだけど、貴族はそれよりもっといいものを着てるわよ。もし、本物の貴族が見たら、騎士だとは思わないかも」
「え!? これより上!? わぁ、さすがにこれ以上は手が出ないや……」
私にとっては一世一代の買い物だったのに、貴族はこれを遥かに上回る服を着てるなんて、どんな生活をしてるんだ。
まぁ、シスターたちと盗賊を騙せたのでよしとするけど。
「それにしても、あのシスターたちは一体なんで狙われていたんだろう。あの盗賊たち、ふん縛って最寄りの町の門の外に置き去りにしてきたから、そろそろ門衛に捕まってる頃だろうけど」
「ギリネイラとか言っておったのう」
「ギリネイラ?」
と、モグ竜の言葉にアイシャちゃんが反応した。
「知ってるの? アイシャちゃん」
「……知らない」
うっそだー。
今のはどう考えても知ってる反応だよね。
言いたくないこともあるんだろうから、無理には聞き出さないけど。
「にしても、これからどうするの? シュナちゃん?」
「そうだね~。盗賊の一味をファラシオに突き出したから、もうあの町には行きたくないよね。ここから近くの町となると、アルギルかな? アルギルって何かあったっけ」
「……もう少し先に、カーロッサがあるけど」
「あぁ~。いいねぇ、カーロッサ。一度行ってみたかったんだよね。カーロッサの特産って綿毬藻でしょ。ぷかぷか浮くやつ。白い雪みたいな綿毬藻がその辺りをふわふわ舞っているの、見てみたくて。スコンプで、木箱に入ったお土産を自慢されたことがあるんだよね」
きっと、幻想的な光景なんだろうなぁ……なんて思っていたら、
「天然の綿毬藻はもうエルフの森ぐらいにしかないらしいよ。カーロッサじゃ、普通の藻を丸めて中に〈浮遊〉つきの魔石を押し込んで作ってるみたい」
「えぇ……知りたくなかった……」
アイシャちゃんの博識は時に夢を壊す。
私は学びました。
「おいっ! われにそこまで足を伸ばさせるつもりか!? われだって休みたいんじゃぞっ! 竜の騎士の流れでそのまま乗せてやったが」
「えぇ~? ルヴルフの走ってる姿、かっこいいんだけどなぁ~! さっすが地竜だよねぇ。勇ましくて、それでいて華麗で! ルヴルフのかっこいいとこ、もっと見たいなぁ~」
「ふ、ふんっ。わ、われがカッコいいのは事実じゃが……」
と、アイシャちゃんがモグ竜の首筋を撫でる。
「モグちゃん、騙されてるよ」
「あっ、アイシャちゃん! 何で言っちゃうかな~?!」
「むっ! クリシュナ殿! さてはわれを調子づかせて、もっと走らせるつもりじゃったな!? なんたる卑劣な……! もう騙されぬ! さぁ、降りてもらおう!」
「ごめんって~! ルヴルフ~せめて、次の馬車駅まででいいからぁ~」
「だ~めじゃ! 降りろっ、降りるんじゃぁっ」
怒らせてしまった。
まぁ、なだめすかして、馬車駅の近くまではお願いしたんだけどね。
いや~、どじったなぁ。
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「ねぇ、やっぱこれ、恥ずかしいよぉ~……」
私は今、アイシャちゃんに着せられた鎧に大絶賛文句を言っていた。
だってこんなの……私のガラじゃない。
カーロッサに向かう、馬車の上である。
他にもお婆さんが乗っていたが、女しかいない気安さからか、あれよあれよという間に着替えさせられてしまった。
「だぁめ。ただでさえシュナちゃん、男の人と間違われる見た目なんだもん。そのぐらいの格好しなきゃ。せっかく男装して正体を隠しても、素のままの姿を男だって思われたら意味ないじゃない。ヴァレンシアさんに、男だって思われてたの覚えてる?」
「覚えてます……だけど、これはさすがにちょっと、露出多過ぎな気がするなぁ」
「シュナちゃんが男だって思われる原因の一つが、可愛さのかけらもないいつもの革鎧なんだもん。せめて、おへそ出すぐらいしてアピールしないと!」
「こんな格好してる人いる?」
「いるいる。よく、ご本に出てくるもの」
普段、どんな本を読んでるんだ、一体!?
アイシャちゃんの例の本の中身が気になってしまう。
頼んだら、今度見せてもらえないかな。
「でも、せっかくの鎧なのに、これじゃ胸しか守れてないじゃん?」
「シュナちゃんブロンズソードに〈鉄壁〉がついてるから、本来、革レベルの防具なんていらないはずでしょ」
「そ、それはそうですが」
「シュナちゃんは、おっぱいがないんだからね! 今からおっぱいを増やせるならいいけど、無理でしょ。革鎧を着ていても目立つくらいなら、私だってそんな格好させないよ。おっぱいがない以上、おへそでアピールしないと!」
「うううっ、そんなに何度も『おっぱいがない』を連呼しないでぇ」
わ、私だって、私だって。
まだ希望はある……! はず。
がんばれ、膨らんでくれ、私のパン種……!
「……おへそ出してるんだから、リボンはいらなくない?」
「似合ってるよ?」
「えぇ~。こんなリボンなんて……」
私はショートカットなので髪を結ぶ必要がそもそもない……んだけど、サイドのわりかし目立つ位置に、リボンをくくりつけられてしまった。
端切れで作った安物でも、何だかフラウになったみたい。
「うふふ……シュナちゃん、可愛い……」
「へそ出しよりもリボンのほうが恥ずかしいのか? 何だか変な話じゃのぅっ」
だって。
私のガラじゃないもん。
と、アイシャちゃんが何かヤバげに笑っているのを横目で見ていたら、感じの悪い御者のおっさんが荒々しい声をあげた。
「おらっ、ここがカーロッサだ。さっさと降りてくんな!」
そうして私たちは、寂れたカーロッサの門の前に放り出されたのだった。
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