シュナ、と竜の騎士
パララクシア辺境の森で、私たちは野宿していた。
ルヴルフにモグ竜形態でまくらになってもらって、アイシャちゃんと一緒の毛布で眠る。
寝ている間はミラに警戒してもらっておけば、襲われる心配もない。
と、良い子は寝る時間に三人仲良く眠りに就いて、しばらくした頃。
ミラが警告を発した。
『能力〈探査〉より警告。複数名の武器を持った集団が接近中』
「んん……なにぃ~? せっかく寝入ったところだったのに」
「起きたか、シュナ殿」
モグ竜はすでに目を覚ましていたようだ。
さすが野生だけあって危険には敏感だ。
「私たちを追って来てるの?」
「いや……そうではないじゃろう。じゃが、この場にいたら不幸な遭遇戦は避けられぬかもしれんのじゃっ」
「盗賊?」
「どうじゃろう。鎖のこすれる音がするから、奴隷売買でもしておるのかのぅ」
「ほんとだ、聞こえる。よく分かるね、さすがモグ竜」
「ふふん。……モグは余計じゃ」
さぁて、どうしたもんか。
モグ竜に竜の姿で出て行ってもらえば、避けて通ってくれないかな。
でも、デカいし強いけど、見た目が可愛らしいのが問題だ。
逆に狩ろうと襲い掛かってくる可能性もある。
以前、霊珠と〈領域作成〉で作った空間に逃げ込んでもいいけど、仮に盗賊だとしたら、〈盗賊の嗅覚〉なんてスキルを持っていることがある。
そんな奴らの前に霊珠なんてお宝を置いておいたら無事じゃすまないだろうし。
それに……この時間の道なき道を、鎖の音から察するに十人以上もの奴隷を引き連れて歩いているのが気になる。
絶対効率悪いもん。
正規のルートで購入した奴隷なら、昼間街道を歩かせた方が早い。
っつーか、商品なんだから馬車に乗せろよ。
「ミラ。鎖に繋がれているものの人数と、そうでないものの人数は?」
『解。鎖に繋がれたものは二十三名。そうでないもの、七名です』
「結構大規模だね。確か、気配を消す魔法ってあったよね」
『解。コマンドワードは、イレース・オール・トレースです』
「おけ。ちょっとショベルやって」
『は? ……わ、ちょ。私をショベル扱いするとはなにご……わっ』
私は大急ぎで霊珠を隠す穴を掘り、〈領域作成〉の中にモグ竜とまだ眠っているアイシャちゃんを入れた。
それから、コマンドワードを呟く。
「イレース・オール・トレース」
これで、霊珠の気配が消えたはず。
盗賊ごときのスキルじゃ、そうそう見つからない……はず。
何とか隠れられて一安心……と思っていたら、武装集団は私たちのいる霊珠の埋めてある広場で、野宿の支度を始めてしまった。
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「おい、ここら辺でいいんじゃねぇか?」
「……いや、ダメだ。もう少し先じゃねぇと」
男たちの声が聞こえる。
マズったなぁ。
これはひと晩、外に出られないかもな。
まぁ、〈領域作成〉で作った空間も快適なんだけど。
何にもない真っ白な空間で、殺風景で気が狂いそうになるんだよな。
ちょこちょこ家具でも足していこうかな?
と思ってたら、凛とした年かさの女性の声がした。
「私たちを解放なさい。あなたたちのしていることは神に対する背信ですよ」
ん。
喋り方からして、老シスターかな?
解放……ってことは、囚われてるの?
「悪いが、そういうわけにもいかねぇ。あんたらの命はギリネイラ様が有効に使ってくださる。大人しくイケニエになってくれ」
「お、おい! 名前を出すんじゃねぇよ」
「いいだろうが。どうせ、誰も聞いてねぇ」
ま、ここで聞いてるんですけど。
ギリネイラ様?
生贄?
なんか不穏な空気がぷんぷんだな。
「わたくしはどうなっても構いません。しかし、彼女たちだけは助けてはいただけませんか。彼女たちはみな、神の敬虔なるしもべです」
「げへへへ。そういうわけにもいかねぇ。むしろ、敬虔だからこそ、使いがいがあるってもんだぁ」
「おい、やめろ。それ以上話すな」
「でもよぉ、お前だって思うだろ? 一人ぐらい褒美にもらったって罰はあたらねぇさ」
はい。
これは救出案件ですね。
どうやら男たちはシスターたちをさらってどこかへ連れて行く途中らしい。
いざ、飛び出そう……と思ったら、ミラに止められた。
『警告。彼女たちの数名が〈不惑〉の効果を持つアクセサリーを持っています』
「えっ、また? 割と珍しい装備品だったんじゃなかったっけ? ……ということはそれだけ高位のシスターたち?」
目的が今いち分からん。
そんなシスターたちをさらってどうするつもりなのか。
「ま、いいや。すぐにでも助けないと、男のほうはもう興奮しているみたいだし。ミラ、こないだ馬車駅で買った仮面と、服一式を出して」
『承知しました』
そうこう話している間にも、さっきの男はどんどんタガが外れたようになっていく。
「な、なぁ。いいだろ。最近は仕事続きで……たまってんだよ。一人! 一人だけでいいんだ!」
「ケダモノめ」
「あぁ!? 婆さんはすっこんでろ!」
男が老シスターの頬をはたく音。
「よし、決めた……決めたぜ。あの女にする。誰にも止められやしねぇぞ」
あ~、まずい。
装備に時間かかってる。
モグ竜みたいに、〈自動装備〉がついてる服が欲しい!
ブロンズソードにはついてるけど、ほぼ意味ないしな。
「よし! 着替えた! モグ竜、行くよ! 3、2、1……!」
「お、おら! 顔を上げろ! こっちを見ろ! 俺の口を吸うんだ。ほれ、嫌そうにするんじゃねぇよ。すぐ、気持ちよくしてやっから……」
「そこまでだっ!」
私とルヴルフは〈領域〉から飛び出した。
「アンロック・オール! 逃げなさい、お嬢さんたち!」
コマンドワードを叫び、シスターたちの拘束を解く。
だが、せっかく解いたのに、誰もその場を動こうとしない。
「な、なんだ、てめぇは!?」
「ふっはぁ! 我が名は……えーっと、うーんと、クリシュ……クリュ……クリス……我が名はクリスティン! クリスティン・ファロード! 竜の騎士だ!」
全員の視線が私に集中した。
決まった……。
ちょっと、決まったんじゃない?
みんな、見とれてるし。
私は仮面をかぶり、モグ竜にまたがって、男たちの間に飛び出たのだ。
ちなみに、ファロードというのは騎士階級以上の男子につく。
女子の場合はフラウ。
家名を隠す場合は、ファロードやフラウで止めることが多い。
これで男たちは、私を遍歴の騎士だと思ったはず。
と、誰からともなく、呟く声がした。
「モグ……ラ?」
やっぱりね~。
私はブロンズソードを振って、男たちを一掃した。




