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シュナ、くんずほぐれつ

「ようやく来たか、同輩」


「そちらこそ。日課の朝の訓練はどうした。少し先の山小屋に行ったらいなかったから、こっちに顔を出したが……ずいぶんと長風呂なことだ」


 ひえぇぇ……。

 私は今、岩を背に隠れているけど、その向こう側にはあのヴァレンシアさんが来てるっ!


 あれ、絶対怒ってるよね?

 そりゃ当然だよぉ~。

 だってあの、黎明剣アルマレヴナを折っちゃったんだもん……。


 ちらっ、と岩陰から振り返る。

 あ~、やっぱり、先日お会いしたヴァレンシアさんだ。


 つーかね、つーか。

 ヴァレンシアさんも、デカーーーーーっ!


 デカい。

 縦にもデカかったけど、前にもデカい。

 以前会ったときは鎧の奥に封印されていた乳圧が、今は余すことなく解放されている。

 フェンレッタさんが『同じ悩みを抱える仲間』って言ってたのはこれのことか。


「なんでもね、こちらの騎士様は、自分の剣を折ったという不届きな少年を探してここまで来たんですって。……あれ、クリシュナさん?」


 わっ、ガラダさん、私の名前言っちゃったよ!


「あまりその話はしないでくれるか。噂を聞きつけた少年が逃げてしまうかも知れぬのでな」


 でも、あれ?

 ヴァレンシアさん反応しないぞ。


 ……あっ、そっか!

 私の名前はまだバレてないんだった!

 アイシャちゃんの名前を出さなければ、何とかなる……?


「んふぅ」


「ひゃわっ」


 なんて思ってたら、一緒に岩陰に飛び込んだアイシャちゃんの吐息が耳にかかって、変な声が出てしまった。


「何をやっとるのじゃ、あやつら……?」


「どなたか、そこにいるのか?」


 ヴァレンシアさんが立ち上がって尋ねた。

 誰もいません!

 気のせいですってば!

 だからこっち来ないで……っ!


「シュ……ナちゃ……」


 しなだれかかったアイシャちゃんの腕がきつく締まる。

 耳元に熱い吐息を感じるたびに、ぞわぞわぞわっと変な感じがして、胸がきゅーんと痛む。


「ちょ、アイシャちゃ……今は……」


「ん……シュナちゃ……」


 大きな目がぽーっと潤んでいる。

 耳まで真っ赤に染まって、熱に浮かされたように私に回した腕に力がこもる。

 凹凸のないアイシャちゃんの胸が、私の胸の先端をこする。

 ど、どうしちゃったのよ、アイシャちゃん。


「む。そういえば、確かにクリシュナさんの姿が見当たらぬな」


「フェンレッタ、そのクリシュナさんという方はどういった方なのだ?」


「冒険者をしておられるようでな。なかなか腕が立つらしい。そちらにいるルヴルフ殿の連れだ」


 なぜかガラダさんが自慢するように言った。


「そうよ。クリシュナとリリは、ロロナッドじゃ有名な冒険者だったのよ。狩り場を探りに来た暴漢も、何度か追い返しているぐらい!」


「ほう。それは勇敢な……」


 と、フェンレッタさんが怪訝そうに問い返す。


「リリ? いや、確か彼女はアイ……」


「んんんんっ! んっ!」


 慌てて咳払いして言葉をさえぎった。

 アイシャちゃん、今日は夜通し歩き詰めだったせいか(ほとんどモグ竜の背中でウトウトしてただけだけど)フェンレッタさんに偽名を名乗るの忘れてる!

 ま~ず~い~!

 これはまずい。


「咳こんでいるようだが、やはり先ほど倒れたのは具合が悪かったからか? 無理は良くない。早くあがりなさい」


「んっ! い、いや、大丈夫ですだわ!」


 なんだよ、ですだわって。

 焦っておかしな言葉遣いになっている。

 落ち着け、落ち着け……。


「んっ、ふぅ……」


「ひぃゃんっ」


 また、耳元でアイシャちゃんの熱っぽい吐息。

 い、今はやめて、アイシャちゃん。

 夜でなら、私は別に……いくらでも抱きまくらに……


 って!


 も、もしかしてアイシャちゃん……のぼせちゃったの!?

 どどどどど、どうしよう、どうしよう。


 一人で焦っていると、にゅっと頭上に黒く丸い影が落ちた。

 ヴァレンシアさんだ!


 み、見つかった!?


「あ、あの、えと、こないだは、その……」


「そちらの子供」


「えっ?」


「のぼせているのか? ……どれ、私が運んでやろう」


 え、あれ?

 気づいて、ない……?


「ん。ところで、こないだとは? ……お嬢さん、私は以前あなたにお会いしたことがあっただろうか」


「あっ、いや、剣を……」


「剣? ……あぁ、ガラダさんの話を聞いていたのだな。お嬢さん、もし、お嬢さんぐらいの長さの髪で、目つきの悪い少年を見かけたら、教えてはくれないか。一見すると普通のブロンズソードのように見える剣を持っているのだが、あれは呆れた傑物でな。うかつに近寄ったりしてはいけない。見つけたら、最寄りの兵士詰め所で、ヴァレンシア宛てに言付けをしてくれると助かる」


「え、えと、はい……?」


 あ、あれ? なんで?

 何で気づかないの?


「ち、ちなみにその犯人って、私に似ていたりします?」


「ん? ……いや、お嬢さんとは似ても似つかぬ。全身血まみれで、目つきの鋭い極悪な少年でな。幼い子を誘拐し、欲望のはけ口に……。おのれ、あやつめ! 次に会ったら、今度こそ罪の報いを受けさせてやる……!」


 目つき……少年……

 あ、あ、あぁ~!

 もしかして、ヴァレンシアさん私のことまだ少年だと思ってるの?!


 ここは女湯だから、いるはずないって思ってるのか!

 それに、そういえば。

 ヴァレンシアさんがかぶとの細いスリットからじゃなく、しっかり私の顔を見たのは盗賊の親分を斬り伏せてからだ。

 あの時私、全身血まみれでひどいかっこだったもんな。


 でも、アイシャちゃんは……?


 確か、ずっと茂みの中に隠れていたんだっけ。

 茂みから出てきてすぐに、ヴァレンシアさんに勘違いされて逃げ出したから、顔をしっかり見てないんだ!

 あの時、アイシャちゃん眼鏡していたし。

 眼鏡って、かけてる時で見慣れると、外すと誰か分かんなくなるよね。

 逆だと簡単に分かるけど。


 とにかく、気づいてないようなら、それにかけるしかないっ!

 私はヴァレンシアさんの腕の中からアイシャちゃんを取り返した。


「あ、あの! 結構です! 私たちで、山小屋に運びますから!」


「む、そうか?」


「せっかくのご休暇でしょうし、邪魔しちゃったら悪いので。……ルヴルフ、もう行くよ!」


「ぬぅ、われはまだ……」


「いいから!」


 慌てて脱衣所に飛び出し、ルヴルフを問い詰める。


「ルヴルフ、あんた女っぽいひらひらした服着てたよね? あれ、人間の姿になると同時に出てきたけど、どういう原理? 魔法か何かで出したとか、実は存在していない幻みたいなもの……なんてことはないよね?」


「むぅ。もう少し、浸かっていたかったのに」


「いいから、答えて!」


「ふむ、あれはな。〈自動装備〉の魔法が懸かった魔法の衣じゃっ。地竜くらいともなると、〈次元収納〉は当たり前に持っておるからのぅっ」


「じゃ、物質ってことね? 現に存在している服なら、私が借りても平気?」


「ま、まぁ。貸すのは構わんが……一体どうしたのじゃ?」


「説明は後でするから。ちょっと今だけ、服交換して! 着替えたら、さっさと逃げるよ!」


 私たちは大急ぎで着替え、アイシャちゃんの眼鏡も〈次元収納〉の中に隠した。

 それから、風呂場にいる三人に声をかける。


「そ、それじゃ! またどこかでお会いできましたら……!」


 フェンレッタさんが残念そうに言う。


「リリ殿には剣の稽古をつけてやると約束したのだがな。反故にしてしまうことになって残念だが……」


「いえいえ。残念ですけど、そろそろ出ないと馬車の時間に遅れますので」


「そういったことなら仕方あるまい。またどこかで会うことがあれば。それまで、達者でな」


 ヴァレンシアさんも風呂から声をあげる。


「クリシュナ殿。もし、目つきの悪いブロンズソードの少年を見かけたら、決して近寄ってはならぬぞ」


「あんたたち。またロロナッドに来なさいよ」


 ガラダさんも優しく声をかけてくれた。


 基本、冒険者は一期一会だ。

 昨日までの友が明日また会えるとは誰にも分からない。

 ちょっと切ないが、仕方のないことでもある。


「では! またいつか、どこかで!」


 そう言って私たちはしばらくアイシャちゃんを抱えて走り、露天温泉から見えないぐらいに離れたところで、モグ竜形態のルヴルフにまたがって、全速力で逃げ出した。


 ふぅ、何とか危機は脱したぜ。

 もっとも。

 この時の六人が再び同じ町に集結しようとは、この時の私には知る由もなかったのである……。

◇本当に偽名を忘れていたのはアイシャちゃんではなく私です。アイシャちゃんのせいにしてごめんなさい。

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