シュナ、町を出る
(回想終わり)
「はいは~い。皆さん、ちゅーもーく」
ヒンメルズ・リッターなんて決戦級の大使徒を一目見ようと、孤児院の周りには大勢の野次馬が集まっていた。
ただ、そんな化け物を一撃で倒したなんて知られてしまったら、私の平穏無事な生活が脅かされるわけで……。
ただ単に、孤児院の子供たちをゲスな貴族に売り渡そうとしていた司祭さんから、子供たちと、それからシスターを守りたかっただけなんだよな。
まだ町に来たばかりの頃、空腹で倒れていた私に、シスターはクッキーを分けてくれたんだ。
それから淋しくなると、たまに孤児院に顔を出していた。
「はいはーい! ヒンメルズ・リッターを倒したこの剣、皆さん気になりますよね? 気になりますよね? 今ならなんと、一名の方に、この剣をあげちゃいま~す! 注目、ちゅうも~く!」
ちょっと高いところに立って、私は野次馬全員に聞こえるように呼び掛けた。
「うおおおおおっ」
「マジかぁあああっ!」
「あんな剣があれば俺だって!」
「俺に寄越せええええ!」
と、その場にいた全員が、私の剣に注目した。
その隙を見計らって――
ぴかっと、剣が光った。
「あ、あれ? 俺たちは何をしていたんだ?」
「確か、司祭様が珍しい使徒を見せてくださるというんで来たんだっけ」
「あぁ、確かにすげぇ使徒だった。鳥肌が立ったぜ」
「あんな恐ろしい力に守られているなら、俺たちの町も安泰だな」
「しかし、司祭様はいいのかな。あれほどの使徒を呼び出すには、凄まじいまでの魔石を食うだろ。俺たちに見せるためだけに呼び出して、その、フトコロは大丈夫なのか……」
その場にいた全員が、私と、私の剣のことを綺麗さっぱり忘れてしまった。
ブロンズソード+999に込められた魔力の一つ〈記憶操作〉を使ったのだ。
「だけど、これでもうこの町にもいられないなぁ……。私のことは、なんかすげぇヤツっていう印象だけは残るみたいだし」
ため息をつきつつ、剣をさする。
「ま、どのみち、これが最後の、お世話になった人への恩返しのつもりだったからな。こつこつ貯めたお金で、旅にでも出るか……どこかの辺境に家でも買って、そこでのんびりするのもいいかもな」
いまだざわつく野次馬たちを見つめながら、私はそうひとりごちた。
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翌朝。
私は、町から出る定期の馬車便に乗っていた。
いつもなら結構人が多いんだけど、今日は偶然にもお客は私一人だ。
「これでこの町ともお別れかぁ……」
なんか、感慨深いものがある。
パディナ村から出てきて、ずっとお世話になっていた町だもんね。
それに、この町を出るってことは、故郷の村からも離れるってことで。
まぁ、故郷の両親は私が村を出る前に死んでいたし、今さら私を縛るものなんてない。
ちょっと、懐かしく、もの悲しく思うだけだ。
すると、御者のおじさんが駆けてきた。
「おおい、すまないね。もう一人、乗りたいっていうんだ。相席になるが、構わないかね」
「ええ、どうぞ」
にこっと笑って承諾する。
もともと、私一人なのがおかしかったぐらいだしね。
相席は覚悟の上だ。
「あ、あれ? あなた……」
幌馬車の荷台に上がって来たのは、黒髪ロングの、眼鏡の少女だった。
私も痩せぎすの貧相な体をしてるけど、少女はさらに細い。
当たり前だよね。まだ十歳ほどの子供なんだから。
というか、私はこの子を見たことがある。この子は……
「じゃあ、出発するよ! 忘れ物はないね!?」
「あっ、はい! 大丈夫です!」
御者台からおじさんが大声を張り上げた。
そのまま馬車はゆっくりと進み始める。
「あの、あなた……」
私は少女に声をかけた。すると、
「クリシュナさん。こんにちは。私もあなたについていくことにしました」
少女が不思議なことを言った。
「えっ、えっ? っていうか、あなた孤児院の子だよね? いつも隅の方で一冊の本を大事そうに読んでいた。本も眼鏡も高級品だから、覚えていたよ。確か名前は……」
「アイシャ」
「そ、そう。アイシャちゃん、シスターが心配するでしょ!? 私についてくるってどういうことよ。早く帰らないと……」
「大丈夫です。シスターには、引き取ってくださる親戚が見つかったっていう手紙を私が書いて、一週間前に渡しておきましたから。さっき、門のところまで盛大に見送ってもらいましたよ」
「ちょ、ど、どういうこと?」
「私、ずっと気になっていたんです。あなたのこと。あなたには何かあるって。ある時から急に羽振りが良くなって、私たちに毎日クッキーを買ってきてくれるようになりましたし。それに何より、お父様から頂いた本に出てくる女騎士にそっくりなんです」
「わ、私に何かあるだなんて。まさか……ハハ」
すると、アイシャちゃんはシャツの中から綺麗なペンダントを取り出した。
「これ、何だか分かりますか?」
「何って……ペンダントでしょ?」
「そうです。“魔法の”ペンダントです。私のうち、没落貴族なんです。お父様とお母様は無実の罪で処刑されてしまい、財産も何もすべて没収されてしまったんですが、本と眼鏡、それからこれだけは私に遺してくださったんです」
「ま、魔法? それが何か?」
「このペンダント、記憶操作やもろもろに対する防御の魔法がかかっているんです。私が大人になったとき、おかしな男に騙されたりしないように。だから私、あなたがヒンメルズ・リッターを倒したことも、しっかり覚えているんです」
「な、何を言ってるのかな……?」
こめかみに冷や汗が流れた。
「あ、大丈夫ですよ。これほどの魔法が籠った道具、この町じゃ、没落前は有力貴族だった私の家ぐらいにしかないでしょうから。あの野次馬の中で、クリシュナさんの記憶操作にかからなかった人は私一人だと思います」
「ま、まじで?」
「マジです。……お願いします! 私を連れてってください。きっと、お役に立てると思います。勉強は得意ですし、父から政治や経済についても学んでいます。憧れの女騎士様のお役に立ちたいんです!」
「そ、それは……」
「それに」
「え?」
「連れて行ってくれなかったら、バラしますよ? その剣のこと。すると、どうなるでしょうね。毎日毎日、その剣を狙う刺客に襲われて、気の休まる暇がないでしょうね。それだけで済めばまだしも、決戦級の使徒を一撃で倒しちゃう剣です。その剣を巡って、戦争なんか起きちゃったりするかも知れません。罪のない人が大勢死にますね」
「お、脅す気っ!?」
「はい。脅してます。お願いします、連れて行ってください。私一人ぐらいなら、その剣を持っているあなたなら、余裕で養えるでしょ? もちろん、落ち着いたら私でも出来る仕事を探して、決して迷惑はかけませんから! 孤児院にはもう戻れませんし、あなたのところしか、行くところがないんです!」
「……っ……ぅ……!」
私は言葉を失った。
「だから、よろしくお願いします!」
アイシャちゃんが深々と頭を下げた。
結局のところ、最後は私が折れた。
こうしてここから、私たち二人の旅が始まったのだった。
◇次回、アイシャちゃんが大変な目に――!?
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