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ヴァレンシア、王に謁見す

(※ヴァレンシア視点です)


 コーエン朝パララクシア、首都サンクロフト。

 至聖宮。

 パララクシアじゅうの工匠たちが技術の粋を尽くし、三十年かけて完成させた王宮である。

 その姿は荘厳かつ華麗、しかし、全体的には落ち着きと調和があり、足を運ぶものは自然と襟を正してしまうオーラがある。


「よくもおめおめとその顔を出せたものだな。貴様は我ら魔戦将軍の面汚し。私がその首、叩き斬ってやるから、大人しく差し出せ」


 ヴァレンシアが至聖宮内部を歩いていると、甲冑姿の女性から声をかけられた。


「……フェンレッタ」


「やめよ。貴様に我が名を呼ばれるのも汚らわしい」


 彼女の名前はフェンレッタ。

 ヴァレンシアの同輩であり、魔氷将軍と二つ名す。

 黎明剣アルマレヴナほどではないものの、充分に伝説級と呼んでいい魔剣“銀嶺剣シルファンテ”の持ち主である。

 パララクシアに一本しかない“十三聖剣”を誰が貸与されるかという話になった際には、フェンレッタと激しく争ったものだった。


「すまない、フェンレッタ。私の首で(あがな)えるものなら、いくらでもこの首を差し出すのだが……。まずは王に報告の義務がある。王よりご下命があらば、すぐにでもお頼みいたそう」


「贖えるものか。それほどの宝を、貴様は失ったのだ。私も王には、大貴族の方々に報告なさる前に、貴様の首を差し出すよう進言したが……。あくまで、貴様本人の口から報告させるとおっしゃり、固辞なさった。わずか数刻ばかりの延命だろうが、王に感謝申し上げるのだな」


 フェンレッタはそう告げると、苛立たしそうに立ち去った。


 フェンレッタと別れ、ヴァレンシアは一人巨大な門の前に立つ。

 衛兵が中の者たちにヴァレンシアの来訪を告げた。


「魔炎将軍ヴァレンシア閣下、お着きにございます」


 謁見の間は巨大なホールとなっている。

 中央奥の一段高い玉座に座るのは、コーエン朝第七代国王、ワラス三世、その人である。


 両サイドには大貴族、並びに大司教たちが石造りの堅牢な椅子に腰かけている。

 その数は全部で四十人。

 パララクシアじゅうの有力者たちだ。


 ヴァレンシアはホール中央まで進み、ひざまずいた。

 王はヴァレンシアを無視し、まずは大貴族たちに呼びかける。


「よくぞ来てくださった、諸兄ら。まずは説明の場を設けさせてもらったことをありがたく思うぞ」


 王は決して専制君主ではない。

 各地の軍はそれぞれ、その地方の貴族たちの持ち物である。

 何人かの大貴族が手を取りあえば、すぐにでも討たれてしまうほどには、王とは脆弱な存在であった。


「王よ、わしは失望したぞ。今この場には、せめてヴァレンシアの首が置かれているべきではないか。それでもなお、我が国の宝“黎明剣アルマレヴナ”を失った失態に見合うほどではないのは当然のことだが」


 大貴族の一人が王を責めた。

 そうだそうだ、と、賛同する声があちこちからあがる。

 一通り言わせておいた後で、王は彼らを制した。


「むろん、そうすることでアルマレヴナを失った損失を埋められるのであれば、余もそうしよう。だが、余は、ヴァレンシアの報告には一聴の価値があると感じたからこそ、諸兄らを呼んだのだ。……面を上げよ、ヴァレンシアよ」


「は」


「今この場にて、発言することを許す。あなたは“アルマレヴナは一振りの剣と打ち合った際、真二つに割れた”と、そう報告したのだったな?」


「はい。恐れながら、陛下。朝陽が出、アルマレヴナの力がもっとも強まる時間のことでした。私は不埒者を叩き切ろうと剣を振り下ろし、相手もまた剣を振り上げました。その際にかちあい、アルマレヴナは真っ二つに……」


「それがどうした!? 言い訳なら聞くつもりは……!」

「待たれよ。カイエン伯」


 激高する貴族を制し、再び王はヴァレンシアに問う。


「それはつまり……“アルマレヴナを、叩き斬られた”と、そういうことに相違あるまいな?」


「は。その通りにございます」


「何を言う!」「馬鹿な!」


 再び貴族たちから厳しい声が上がるが、王はそれらを全く黙殺する。


「あなたはもう一つ、こうも報告している。“オーガの血”に飲み込まれ、暴走した魔物を、その剣の持ち主が両断した、と」


「は。その通りにございます」


「だから何だ!?」「我らを煙に巻こうとしているのか!?」


 王はまたも、叱責を無視。


「フェンレッタをこれへ」


 王が衛兵に呼びかけると、衛兵はフェンレッタを連れて戻ってくる。

 フェンレッタもヴァレンシアの隣でひざまずいた。


「面を上げよ、フェンレッタよ。今この場にて、発言することを許す。あなたを剣の達人と見込んで問う。あなたなら、オーガの血に飲み込まれた下郎、その“銀冷剣シルファンテ”をもちいて、両断することは可能か?」


「は。恐れながら申し上げます、陛下。……陛下のご下命とあらば、神でさえ斬ってみせましょうほどに」


「ふむ」


「ですが、実際を申し上げれば……、厳しいように思われます。“オーガの血”と呼ばれる薬、実際にはオーガどころか、一瞬ではありますが、竜にも匹敵する力を服用者に与えます。そもそもが製造するための素材の調達が困難であり、適合者もまた十万人に一人と言われておりますが、その威力は絶大。たった三人の適合者が数刻暴れただけで、百万都市であった旧アタラクトが滅びたという『アタラクトの焔』事件は皆様もご存じのことと思います。そのため条約で、厳しく製造が禁止されている薬物でもあります」


「続けよ」


「倒すことならば可能でしょう。我がシルファンテには、それほどの魔力が籠められておりますゆえ。しかし、両断となると……いささか、分が悪うございます」


「王よ、一体我らに何を聞かせたいのじゃ!?」

「早う本題に入らぬか!」

「王よ、老婆心ながら申し上げるが、あなたの進退が懸かった大事な局面であると心得られよ」

「そうですとも。私は、陛下にはそろそろご隠居いただき、お子様のナラス様に王位を継がせられるのがよろしいかと思いますが。……そうそう、その際は是非とも我が娘を王女に。年もお互い五つ、お似合いではありませぬか?」

「ガリヤネッド侯! 抜け駆けは許さぬぞ!」


 再び、朝議が紛糾する。

 王はため息一つつくこともなく、静まるのを待った。


「まぁまぁ。王の真意を聞いてからでも、遅くはないのではないか」


 王国の重鎮でもあり、王の腹心でもある大貴族がその場を取りなした。

 再び、王が話し始める。


「では、フェンレッタよ。重ねて問おう。アルマレヴナでは、両断は可能か?」


「恐れながら、申し上げます。……それもまた、厳しいかと思われます。アルマレヴナは対象を“灼きつくす”ことに特化した魔剣でありますゆえ。特に、下郎がオーガの血に飲まれきった最終局面においては、並の剣ならずとも、刃を入れたそばから回復されてしまい、斬っても斬っても傷一つつかぬかと」


「ふむ」


「王よ、何が言いたい!?」


 一人の貴族が激昂のあまり立ちあがった。

 危険な兆候である。

 すると、王もまた立ち上がった。


「諸兄らよ。余は彼女らの報告を聞いて、こう思うのだが。……このパララクシアの地に、オーガの血に飲まれたものさえをも両断できる、『斬撃に特化した、十三聖剣クラスの魔剣』が現れたのではないかと」


「「「「「!」」」」」


 議場に一斉に、息を飲む音が響く。

 わなわなと震えた声で、一人の貴族が反論した。


「馬鹿な! そこの女が、自らの失態を隠すため、話を盛っているにすぎぬ」


「だが、実際に、アルマレヴナは折られておるのだぞ? 一体どれほどの力をもってすれば、そのようなことが可能なのか……。余には想像もつかぬ」


「っぐ、そ、それは……」


「ヴァレンシアよ。今この国において、その剣の持ち主について、多少なりとも情報を持っておるのはあなただけ。我が王国のためにも、その剣を何としても手に入れるべきではないかと思うが、違うかね」


「手に入れることがかなわば、きっと、この国に役立ちましょう」


「よろしい。ではあなたに、その“名もなき魔剣”捜索の任を申しつける。それをもって、あなたへの罰としよう。その剣を見つけるまで、首都サンクロフトに足を踏み入れることは許さん。見つけられぬと分かれば、その時は極刑を覚悟せよ。それでも……、引き受けてくれるな?」


「なっ、何をバカな!」

「生温い!」

「それではまるで、無罪放免と同義ではないか!」


 再び、朝議が荒れる。

 王の配慮に、ヴァレンシアは涙をこらえるのが精一杯だった。

 今後、この場にいた大貴族たちは、少しでもその剣の情報を聞き出そうと、公私に渡ってヴァレンシアにプレッシャーをかけてくるはずだ。


 ヴァレンシアがその剣を手に入れてしまえば、その剣は王家のものとなるが、大貴族たちが“個人的な捜索の結果”見つけ出すことが出来れば、強大な力を手中に出来るばかりでなく、王家にも恩が売れる。


 ということは、ヴァレンシアがその情報を秘匿し続けている限り、誰もヴァレンシアを殺せないということだ。

 自分のものにならぬのなら、いっそのこと、と、ヴァレンシアに暗殺者をけしかけてくる貴族もいるかも知れないが……、そうなった場合は、実力で排除すればいいだけのこと。

 そのぐらいはヴァレンシアも覚悟の上である。


「ありがたく、拝命いたします」


 ヴァレンシアは床に頭をこすらんばかりの勢いで、王に頭を下げた。

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