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『Side・Ⅳ』 (寄稿者:鷹樹鳥介 様)

 殷々と砲撃音が響く。

 敵のM4シャーマン戦車の聞きなれた履帯の音も。

 戦車隠蔽塹壕の側面の泥壁が、驟雨に崩れてザラザラと流れていた。

 ここは、敵の進撃ルートの真っ只中。

 右も左も前も後ろも皆、敵だ。

 岩山に偽装した中に、我々機甲大隊の残存兵力が隠れていて、敵が通過後、目障りな『謎の砲兵隊』を屠る予定なのだった。

 かき集められたのは、戦場の使役馬ことⅣ号戦車六両。

 最新鋭のなけなしの砲弾『硬芯徹甲弾』を積み、敵中に息を潜めている。

 これを『浸透作戦』という。

 東部戦線のクソったれな蛮族どもが使う作戦を、まさか俺たちがやるとは思わなかったが、それは敵も同じだろう。

 まぁ、一回こっきりしか使えん作戦だが、これで『謎の砲兵隊』を喰い殺す殺す事が出来ればそれで十分だ。


 『殴り返してくれ』


 『仇をとってくれ』


 不可思議な砲撃に叩きつぶされた連中の願い。

 戦場に、上空から降り注いだ理不尽な『死』。

 自分が何に殺されたか、それすら分からない連中の叫びが、俺には聞こえる。

 未だに何処から撃ってきているのか、なぜそんな精密な砲撃が出来るのか、情報部は必死に探っているが、謎は解明されていない。

 だが、そんなこと、俺たち戦車乗りには、どうでもいいことだ。

 千五百メートル以内のどこにその卑怯者が居るのか、確認できればいい。

 砲弾を叩き込み、裂いて、砕いて、踏みつぶして、砂漠に散らしてやる。


 敵中に潜むということは、恐怖心との戦いでもある。

 俺たちは、この、砂と太陽とクソで出来た戦場で生き残ってきた。

 着任当初は、貴族のお坊ちゃんだった車長ミンクル・フォン・ブーロ中尉も、今は古強者の戦車兵だ。

 今、彼は小さい声で、何かを歌っていた。

 この状況で恐怖心をカケラも見せないのは、たいした成長だった。


『荒野に咲く小さな花よ……』


 本来は行進曲だが、本当は望郷の想いが込められている。


『可憐なその花の名はエーリカ……』


 操縦席に背中を預けて目を閉じていた操縦手『恐れ知らず』ガンツ・ブッフバルトが囁き声で唱和する。

 望郷の歌。それを皆が小さな囁き声で歌う。

 一番若手の『小僧キッド』通信手ハンス・ランドナーも、頼れる装填手『熊』ことカール・ハインツも、そして俺も。

 このクソみたいな戦争が終わった時、俺たちは故郷に帰る事が出来るのだろうか。

 せめて、魂魄だけでも。


 ミンクル・フォン・ブーロ中尉の歌声が止まった。

 外に響く進軍の足音や、履帯の音が遠くなっている。

 砂漠は平坦に見えて、実は起伏が大きいものだ。

 好き勝手に歩ける様で、まるで決められた通路のように、おおよそ通れるルートは限られている。

 それを、逆手にとって通常歩かない場所に隠蔽壕を造り『浸透作戦』を仕掛けている。

 敵の進撃の音が小さくなるということは、隊列の後方に差し掛かったということ。

 つまり、発見されずに耐えきったのだ。

 俺は、帽子を後ろ前にかぶり直す。

 いつもの通り、笑いを含んだような声で、ミンクル・フォン・ブーロ中尉が言う。


「諸君。状況を開始する。ハンス君、各車に通信。ガンツ君、エンジン始動。ディーター君、周囲には敵しかいないから、狙いが付き次第、自由に撃っちゃっていいよ。カール君は、装填時間の自己ベストを叩き出してくれ。では、行こう。戦車パンツァーフォーへ!」


 俺たちは、了解の印に拳を突き上げる。

 ガルルルンとエンジンが唸った。

 カモフラージュを突き破って、鋼鉄の使役馬が疾走する。

 目を丸くした、敵歩兵が一人、跳ね飛ばされて視界から消えた。

 胸の悪くなるような音が、履帯の下から聞こえる。

 雨が車体を叩く。

 見えるか? 黒豹のエンブレムが。

 聞こえるか? お前らの『死』の象徴が上げる咆哮が。

 つんのめる様に止まった敵のM4シャーマンが、慌てて砲塔を旋回させている。

「遅ぇ、ドン亀!」

 装填済だった七十五ミリ砲を放つ。彼我の距離は百メートルもない至近距離。

 行進間射撃だったが、この距離なら、俺は外さない。

 新型砲弾『硬芯徹甲弾』は、上下に伸びたM4の特徴的な側面装甲にパガンと鋼の打ち合う音を響かせて火花を散らし、大穴を開けている。

 そのM4をすり抜ける様に、後続の五両が続く。

 一直線に。まっしぐらに。情報部が掴んできた『謎の砲兵隊』の予測位置を目指す。

 彼奴等との距離はおよそ十キロメートルあまりのはず。

 敵は組織立った反撃は出来ず、呆けた顔で俺たちを見送るばかり。

「追尾してくる奴らがいるね」

 砲塔のキューポラから顔だけを出して、ブーロ中尉が言う。

 我に返った敵兵が、ライフルを撃っているが、彼はキューポラに隠れもせず夜間用双眼鏡で後方を観察していた。

「あー…… シボレートラックかな? 大慌てだよ。あはは……滑稽だなぁ」

 ブーロ中尉は、わざと呑気な事を言っているが、それは違う。状況を素早く判断して、呆ける事無く即時追ってきたことに警戒しているのだ。「何者だ?」と。

 それだけ、貴族の坊ちゃんが古狸になってきたということ。信頼できる指揮官に成長している。

 肩ごしにブーロ中尉を見ていた俺に、彼がアイコンタクトを送ってくる。

『場合によっては、優先的に排除』

 そういうサインだ。

 われらが車長は、異様に直感が鋭い。背中に石を投げても、ひょいと避ける。その琴線に、そのシボレーが引っかかったのだろう。

 走る。鋼鉄の使役馬が疾走する。

 雨は装甲を叩き、履帯が泥を跳ねあげた。

 敵は口をポカンとあけて、死と暴力の車列を見送るばかり。

「足を止めるな。敵の装甲車両と戦車だけ、排除しろ。行け! 行け! 行け!」

 指揮車の『黒豹』を先頭に、一文字に敵陣に斬り込んでゆく。無線機にがなるのは、通信手ハンス・ランドナー二等兵。学徒志願兵の小僧キッドだが、同期で生き残っているのは、彼だけだという。

「前方にM4! 砕け!」

 タコマイクから、ブーロ中尉の怒鳴り声。

 俺の照準器にも、雨の飛沫を薄衣の纏った、M4シャーマンのシルエットを三つ捉えていた。

 殿軍の一部だろう。果敢にも我々の進行ルートを遮断する動きを見せている。

「敵、視認! 射撃準備よし!」

 後続から、射撃準備完了のクリック音が響く。

「左雁行陣形。砲手、狙いが付き次第、撃て!」

 黒豹が、履帯を軋らせて、左に頭を振り斜行する。車体を支えるリーフスプリングが悲鳴を上げていた。

 軌道を先読みして、砲塔の旋回ハンドルを回す。

 ガクンガクンと車体が揺れ、照準器の三角マークがぶれた。

 だが、俺たちは熟練の砲手。

 勘で微調整をして、行く手を塞ごうとするM4シャーマンにピタリと筒先を向ける。

 ピカっとマズルフラッシュ。

 唸りを上げて、敵の砲弾が擦過する。

 こっちが左に展開したことで、狙いがズレたらしい。

淫売野郎ヴァーンジン! 今のは近かったぞ!」

 車長席にずり落ちながら、ブーロ中尉が罵る。お上品な貴族様も、ずいぶんと戦車兵に染まったものだ。

「焦りやがって、早漏ども」

 呟いて、俺は床の同軸機銃のペダルを踏む。

 タンと音がして、アイスキャンディみたいな曳光弾が一発、雨の中を走った。

 よし、方位も角度もばっちりだ。

 引金を引く。

 間延びしたM4シャーマンの側面装甲に火花が散り『黒豹』から放たれた硬芯徹甲弾が穴を空ける。

 ガクンと勇敢にも我々の前に立ちはだかろうとしたM4の先頭車両が停まる。

 内部は、砕けた鉄片と、砲弾で、シェイクされているだろう。

 そのまま、左に左にと斜行してゆく。

 前を往く車両が左に避けて、視界が開けると、後続が素早く狙いをつけて撃つ。

 M4シャーマンの二両目は、二号車と三号車から同時に砲撃を受けていた。

 砲弾庫が誘爆したか、重い砲塔がびっくり箱みたいに、上に跳んで地面に刺さる。

 擱座、破壊された僚機を遮蔽物にしようとした残存のM4は、四号車と五号車の砲撃を受けた。

 四号車の砲弾は、M4シャーマンの砲塔防盾に弾かれて火花だけを散らし、五号車の砲弾は尻に当たっていた。

 ガラガラと履帯が外れる音が、雨音をついて聞えたような気がした。

 外した四号車をからかうクリック音が響く中、通り過ぎたついでという感じで六号車が砲塔を後ろに回して、擱座したM4シャーマンの側面装甲を至近距離で撃ち抜いていた。

「くそ! 嫌な予感がする! 右に展開!」

 俺も、ブーロ中尉と同じ事を思っていた。

 何処からか、錐の様に殺気がこっちに刺さってきたのだ。

 戦場の勘というやつだ。

 決死隊六両が一斉に横滑りしつつ、右に方向を変える。

 遥か遠くに、小さな砲火が見えたような気がした。

 シュっと空気を裂く音。そして地響き。

 空気が振動し、人いきれで結露した車内の水滴がキラキラと散る。

 盛大に泥を巻き上げて、大口径の榴弾が着弾したらしい。

 バチバチと音を立て、黒豹の装甲に幾つもの火花が散る。飛散した鉄片だ。

「出たな! 謎の砲兵だ! 水平射してきやがった!」

 喚きながら、ブーロ中尉がキューポラの下にズリ落ちてきた。

 榴弾の破片をいち早く避けたのだ。

「四号車、車長、重傷!」

 切迫した声の通信が入る。くそ! 破片にやられたか。

「第二射くるぞ! ジグザグ走行開始!」

 砲弾の唸りと着弾のタイムラグから推測しても、二キロメートルや三キロメートルじゃ済まない距離のはず。それが、なんだ、この精密な射撃は! 観測砲撃で、至近弾だと?

 第二射はかなり正確だった。

 車長がやられ、動きが単調になった四号車が榴弾の直撃を受けたのだ。

 薄い上面装甲がぶち抜かれ、血と肉と鉄のミンチになってしまっただろう。

 立て続けに砲弾が着弾する。

 まるで、目視でもしているかのような、精密さだ。

 榴弾の破片が『黒豹』の砲塔と側面装甲にぶち当たり、頭のおかしいブラウニーが取り付いて、一斉にハンマーで装甲をぶっ叩いているかのよう。

 撃破された四号車の巻き添えを食ったのが、後続の五号車だった。

 榴弾の至近弾を受けて、履帯が切れてしまったのである。致命的だ。

「尻餅ついちまったので、皆さんはお先にどうぞ。こっちは、ここでトーチカになりますぜ」

 五号車の車長のフリードリヒ少尉の間延びした声が聞こえる。

 敵の真っ只中での擱座は、死を意味する。

「あとで、迎えにくる。それまで待っていたまえよ」

「あいあい、了解です」

 まるで天気の事でも話しているような、ブーロ中尉とフリードリヒ少尉との会話。

 だが、これは事実上の永訣の言葉。

 カチカチというクリック音で皆がフリードリヒ少尉に別れを告げる。

 返事の代わりにフリードリヒ少尉お得意の猥歌が無線から聞こえてきた。

 小銃の銃火が瞬く。

 死にかけの甲虫に蟻が群がる様に、わらわらと五号車に敵歩兵が接近している。

 フリードリヒ少尉の猥歌が、ブツリと切れた。


鷹樹鳥介様から寄稿して頂きました、本編『エリゴス・ライン攻略戦』を黒豹サイドの視点で描いた作品でした。

あえて断ち切ったようなラストにされているとの事です。お気を遣って頂いたとの事ですが、続きが読みたいですね……!


鷹樹鳥介先生、ありがとうございました!

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