第4話 聖女とは何か。
目の前にある建物が、サーシャさんの言っていた孤児院だろうか。
確かに教会のお手本というような建物である。
こんなけ夜遅くに尋ねるのも迷惑な気もするが、行く以外の選択肢もないし……。
とりあえず正門の大きな扉周辺は、明かりが消え真っ暗だった。
裏手に回ってみると、一室明かりが見えたので、その近くあった扉を叩いてみる。
「夜分遅くにすみません。誰かいませんかー」
大きな音が出ないよう気を付けながら戸を叩く。
すると物音がして、はい、何か御用ですか?という言葉とともに扉が開く。
年齢は40歳ぐらいだろうか、ゆったりとしたローブを着ていて、くすんだ赤色のソバージュがよく似合う女性がいた。
「すみません、ここは孤児院で間違いないですか?」
「そうですが……何か御用ですか?」
少し警戒しながら聞いてくる。
そりゃあ、夜中に尋ねてきたら警戒もするよね。
「えーと、怪しいものではないのですが……。」
やべーなんかテンパった!
どこから見ても怪しさ満点!
自分から怪しいものではないとか馬鹿じゃない?
あっちも訝し気に、はあって言ってるし。
「ミ、ミにゃルヴァさんですか?」
盛大に噛んだ。
すごい恥ずかしい。
にゃって……にゃんだよ。
「えーと、はいミネルヴァは私です」
先程の堅い雰囲気が少し和らいだらしい。
俺の作戦勝ちだ!
「え……と、とりあえずこれを」
そう言いながら、先程サーシャさんに渡された、便箋とペンダントをポケットからを出し、ミネルヴァさんに渡す。
「これは!?」
ミネルヴァさんは、渡されたペンダントを見て一瞬固まったが、すぐに、
「どうぞこちらへ」
孤児院の中に招き入れられた。
基本的に木でできているらしく、歩くとギシギシと音が鳴る。
孤児院の中に入って真っすぐ廊下を突き当たりまで歩いてきたが、途中にドアが何個もあった。
孤児院だから子どもでもいるのかな?
突き当りのドアを開けると、そこは四畳ぐらい広さの部屋でベッドと机、椅子があった。
「どうぞ、お座りください」
そう言ってミネルヴァさんの手は、ベッドの方を指していた。
ギシッと音を立てながらベッドに座る。
周囲を見渡すと、全体的に部屋は質素だが、綺麗で埃っぽさはなかった。
その間に便箋を読んでいたミネルヴァさんが、こちらに顔を向け、
「あの子……サーシャは元気でしたか?」
と聞いてきた。
サーシャさんは孤児院に預けられた、と言っていたがここの孤児院だったのだろうか。
「はい。と言ってもそれほど一緒にいたわけでもないですし、普段を知らないのでアレですが。」
「ああごめんなさい、それはそうですよね。……とりあえず貴方の事情は理解しました。私にできることであれば、最大限協力いたしますのでご安心ください」
「はい、ありがとうございます」
ミネルヴァさんはふと思い出したように、
「ああ、自己紹介が遅れましたね。ここの孤児院を任せられているシスターのミネルヴァと申します。一応階級でいうと2級神官の位に就いています」
まあサーシャのおかげなのですけれどね、と笑いながらそう言った。
「こちらこそすいません、迷惑をかけているのに。神崎徹です。生活の目処が立つまでよろしくお願いします」
「ふふ、かまいませんよ。いろいろ聞きたいことがあると思います。私も聞きたいことがあるのですが、今日のところはもう遅いのでどうぞお休みください」
ミネルヴァさんはそう言って、おやすみなさいと言いながら扉を閉め、廊下を歩いて行った。
俺はベッドの上に寝ころんで今日のことを思い返す。
実際、今どういう状況なんだ?
ここがどこで、何がどうなっているのかさっぱりわからん。
異世界に召喚されたと思って間違いないのだろうか?
ゲームの中……はないよな。
人との関わり方がAIっぽくないし……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
コンコンとドアをノックする音で目を覚ました。
どうやら考えながら寝落ちしたらしい。
「神崎さん入りますよ」
と言いながらミネルヴァさんがドアを開けた。
「あら、起きてました?おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
体を起こし、ミネルヴァさんの方を向き
「おはようございます。はい、疲れてたみたいでぐっすりでした」
「お腹は空いてませんか?もうお昼近いですけど」
まじか!何時間寝てたんだろう?
頭はすっきりしてるから結構寝たっぽいな。
返事の代わりに、ぐ~とお腹が鳴った・・漫画かよ!
あてがわれた部屋の机の上に、パン、スープ、ベーコン的なものと目玉焼きとサラダがある。
ミネルヴァさんが持ってきてくれた食事だ。
地球の食事とあんまり変わらない内容で嬉しくなる。
ミネルヴァさんはもう食べたのか、飲み物を片手にどうぞ、と食事をすすめてきた。
「では遠慮なく……。いただきます」
手を合わせ、フォークとナイフを使い食事を進めていく。
パンはボソボソしているが、スープに浸せば問題なく食べれる……っていうか旨い。全体的に薄味だが、素材の味と言うかなんというか、普通にうまい。
「ごめんなさいね。閉じ込めているわけではないのだけれど、子どもたちもいるから落ち着いて話せないと思って、この部屋で食事にしてしまって」
「いえ、気にかけていただきありがとうございます」
約一日ぶりの食事だったからなのか、普通においしいからなのか、すぐに食べきってしまった。
「おかわりはいりますか?」
「いえ、お腹いっぱいになりました。ごちそうさまです」
ミネルヴァさんは、食器を片付けて飲み物を持ってきてくれた。
紅茶っぽい飲み物だ。
確か地球では、緑茶もウーロン茶も紅茶も茶葉は一緒だったけな。
「では、落ち着いたのでこれからの事を話をしましょうか」
「はい、おねがいします」
ミネルヴァさんは椅子に腰かけながら、俺はベッドに腰をかけ話を始めるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……なるほど。あなたの状況はわかりました。遠い所から召喚魔法によって呼び出せれてしまった、でも教会本部に留まっていると、状況的には良くないから逃げてきたと。そして元居たところの帰り方がわからない。というより、ここがどこかわからない。ということですね?」
とりあえず、異世界人の可能性があることは黙っていようと思う。
もちろん調べていくうちに、ここが本当に異世界で、明かすことによってメリットがあれば考えるが、現状メリットよりデメリットの方が多そうだから、明かさない方が賢明だろう。
「はい、簡単に言うとそうなります」
「そうですか……。これから言うことは、ウラヌス教でもある一定の役職付きじゃないと、知らないな事なので他言無用でお願いしますが、20年程前にも、今回と同じ召喚の儀がなされています」
ミネルヴァさんは一呼吸おいて、少し言いにくそうな感じで口を開く。
「そして、その時の聖女と召喚で呼ばれた人は、共に神の審判を受け亡くなっております」
言葉が出なかった。前回、俺と同じように呼ばれた人は、サーシャさんが言った通り神の審判を受け処刑されていた。
……うん?
聖女”も”って言ったか?何で!?
「ちょ、ちょっと待ってください。聖女もって……サーシャさんはどうなるんですか!?」
ミネルヴァさんは、悲痛な面持ちで近いうちにこうなるとは思っていました……と、呟くのであった。
「少し長くなりますが、なぜ聖女が審判を受けるのかといいますと、そもそも聖女とは、世界中に一人しか居らず、死んだり資格がなくなったりして、”聖女”がいなくなると次の聖女を”神”が任命します。その為、神と聖女の間には普通の人より縁といいますか結びつきといいますか、そういった神との繋がりが少なからずあります」
詳しく聞くと、神が目の前にいきなり現れて「お前は聖女だ」と言うらしい。
サーシャさんはそう語ったって。
……ていうかさ、神地上に降りとるやん。
召喚の儀って必要なくない?その時にお招きしろよ。
「教会ではさらに、聖女は神の所有物として処女性を大切にし、男性との接触も極力少なくするとともに、神のために生きることを強要……もとい洗脳していきます」
サーシャは、聖女になってまだそんなに経ってないので洗脳されてませんけど、と一言。
しかし、ここまでくるとただのカルト教団だよね。
いや地球でも、昔の宗教とかはこれが普通なのかもしれないけど、現代日本で育った価値観でいうと、正直どうかと思うよ。
「そしてここからが本題なのですが、召喚の儀式は、先程言った聖女と神との繋がりを辿って、神を地上に降ろそうとする秘術です。しかし、この召喚の儀式は完璧ではなく、他の縁が優先される事の方が多いのです。例えば親や兄弟の家族の絆、恋人、恩人等、その儀式の基となる人間の絆、縁によって呼ばれる者は決まります」
なるほど……。俺の価値観だと、神なんて大それたものを呼ぶなんて出来ないと思っていたけど、この世界では不思議エネルギーの魔力があるらしいし、意外に可能な事なのかもしれないな。
それともう一つ気になったのは、召喚には縁が必要な点だ。
俺とサーシャさんには縁がないはずなんだけど、俺ってなんで呼ばれたんだろうか?
間違えてランダムに召喚されたとか予期せぬエラーがあった……。もしくはサーシャさんと実は何か繋がりがあるのかな?
「神に任命された聖女は、神のために生き死ななくてはならない存在です。にもかかわらず、他の者が召喚されるということは、聖女の敬神の心が低く、聖女にとって実際は呼ばれた者の方が神より比重が大きいとみなされ、教会関係者として、教会のシンボルである聖女として、それは罪である。とされるのです。」
何というか、突っ込みどころがありすぎて困るが、聖女に任命されたからといって、神のために生き、死ななければならないのはどうかと思う。
ていうか神はそんなこと言ってるのかな?
言ってんだったらお前が死ね!
あと普通に考えて、神と人じゃエネルギーというか存在が違いすぎて、神を召喚しようとしても力が足りず不可能で、召喚できる”人”が呼ばれる可能性もあるわけだ……。
他人から見て、聖女の敬神の心が低いかどうかなんてわからないだろうに。
「ですので、神を呼べなかった聖女は神の審判に委ねられることになっているのです」
こんなくだらない理由で人を……、いや、サーシャさんを簡単に殺そうとするなんて。
くそっ!
「何故サーシャさんは僕を助けたのでしょうか。自分だって命の危機に晒されているのに」
そうだ。俺を逃がすということは、サーシャさんは自分の命が危ないことを知っていたはずだ。
何故逃げようとしない?一緒に逃げる事だって出来たはずだ!
「さすがに、聖女が逃げたら教会も黙ってないですから。逃げれば教会の異端審問官が追うことになるでしょう。はっきり言って、逃げられる可能性は無いです。一緒に逃げてあなたを危険にさらすのであれば、自分だけ死ぬ方がいいと思ったのでしょう」
ミネルヴァさんは、持っていたカップを口に付け、一息ついた後、
「というより、教会が神を召喚しようと準備をしている段階で、召喚の儀の失敗の可能性は高く、このような事になる予想は出来ていました。そのためサーシャは覚悟を決めていました」
と、俺の顔を見て言いたいことを理解したのか、こっちが言葉を発する前に言われてしまった。
「だから、身寄りのないあの子にとって、呼んでしまったあなたは父親かもしれないし、最後の血縁者かもしれない、ここに預けられる前に一緒に暮らしていたのかもしれない。でも、何かしらの縁があるわけだから召喚された訳で……。サーシャはあなただけでも生きていてほしかったのでしょう」
そうか。だから彼女は、抜け道の出口付近で「私のこと知りませんか?」と聞いてきたのは。
あの時の彼女の雰囲気は、茶化せるようなものではなかったけど、そういう理由か……。