第3話 脱走
牢屋にぶち込まれてから、体感で1時間ほど経ったのだろうか?正直、時間の感覚はよくわからないが、混乱からはある程度落ち着くことができた。
現状何がどうなっているのかさっぱり分からない。
さっきまでは、何かのゲームをやっているものだと思っていた。特に異世界に召喚されるジャンルかなと。仮にそうじゃなくても、何かのゲームであると疑っていなかった。
確かに、今現在も何かのゲームのチュートリアルなり、何かのストーリーをやっている可能性はある。
俺がいつもやっているゲーム『アルカディア』を起動するには、まず仮想現実に行き自分のアバターを操作して、ゲーム『アルカディア』を起動しリンクすることではじめて遊ぶことができる。
確かに仮想現実に行こうとした覚えはあるのだが、そこから先の記憶がない。
気が付いたらさっきの魔法陣の上だった。
だからこの可能性は高い気がする!と思いたいだけかもしれない。
だって、考えれば考えるほど、時間が経てば経つほど、それはあり得ない。という答えが出てくる。なぜなら……この世界はリアル過ぎるのだ。それでなくたって、仮想現実にあるはずのログアウト機能や、メニュー画面が一切出せなかった。
落ち着いて自身を観察してみると、剃っていない無精ひげの感じ、腕の毛一本一本のリアル感、子どもの頃にケガした場所の縫い後、そして、尿意を感じ普通におしっこができることなど……。
正直どれをとっても、その現象はリアルの自分の体であると言っている。
確かに可能性だけで言うのであらば、俺が知らないだけで、リアル過ぎる仮想現実がすでに稼働していて存在しているのかもしれない。その中に取り込まれた可能性は否定できないがどうなんだろうか?
仮想現実完全没入型は、今までのヴァーチャルリアルティとは一線を画してはいた。と言っても限度がある。可能か不可能かで言えばリアルと変わらない仮想現実は可能だ。しかし、仮想現実で限りなくリアルを再現するには莫大なリソースが必要になる。
その為、俺の知ってる仮想現実は限られたリソースで最大限の効果を発揮するため、その目的にあった仮想現実のプログラムを作っていくのだ。
例えば、エロを目的とした仮想現実では、変な話、相手の女の子を極限まで再現し、さらに自身の感覚にたいするフィードバックを上げてやればいい。後はベッドでも配置できれば目的としてはOKだろう。空間の再現度を低くし、少しでも情報処理の負担を減らして女の子の(男でも)再現度を上げていくのだ。
まあ高級なのでは、学園とか電車とか空間の再現度も高いやつもあるけども……。ゴホン。
これがゲームのVRMMORPGのジャンルになったらこうはいかない。広大なフィールドでなくても、それなりの広さの空間を用意しなければならない。その空間を再現するだけでも相当なリソースが必要となる。そして敵だって一体や二体ではないだろうし、そいつらの攻撃エフェクトやこちらの攻撃エフェクトなど様々なモノを用意しなければならない。
その為、エロを目的とした仮想現実に比べ、触覚情報や味覚情報は極力少なく再現され、自身の感覚に対するフィードバックなども少なくし、視覚情報と聴覚情報をメインに再現していく。
このように、その目的にあった仮想現実を作っていくのだ。
これを踏まえて、今の状況を考えると……さすがに仮想現実の線は無いんじゃないかなと思う。
ゴージャス大司教とか部下らしき人とか、サーシャ?さんとかぶっちゃけ人にしか見えなかった。確かに、AIだってそれなりに進化しているから、ゲームのNPCとだって普通に話したりする事は出来る。しかしそれにしたって限界がある。そこに居るNPC全てが人間の様に振る舞い、さらに世界の再現度が完璧なんて俺の常識ではあり得ない。
仮に、仮にだ!
俺が知らないだけで、リアルすぎる仮想現実があったとしよう。ただそれを一般人の俺なんかに使わせる理由が見つからない。
仮に宣伝とかなら、こんな犯罪めいた方法を使わなくても、これだけすごい技術なら、正規の方法で公表するほうが何倍も得であるろう。
まあここがリアルすぎる仮想現実だとした場合、何かのトラブルに巻き込まれた可能性は否定できないか……。リアルすぎる仮想現実のテスト中に、予期せぬトラブルにより俺が紛れ込んでしまったとか。
ただなー。ログアウト機能とかその他もろもろの機能はどこに行ったって話だし、自分の家の機材を使って仮想現実に来たなら、とっくに安全装置が起動してると思うんだよな~。
と言う訳で、仮想現実の線は割と低いと思われる。
ならば、ここが仮想現実じゃなくて、普通に現実世界だった場合はどういった状況なんだろうか?
あまりうれしくないが犯罪に巻き込まれたと仮定しよう。
仮に法の届かない島みたいなところで、異世界風の舞台を作り何かをさせたい場合だ。
例えば、その島の中で殺し合わせるとか、遺伝子を組み替えた動物を魔物に見立てて冒険でもさせるとか……な。
ただ、これも可能性としては低い……。2090年代の今、衛星による監視は地球全体に及んでいて室内でなければ誰がどこにいるかを簡単に把握できる世の中なのだ。
また室内にいても人がいることぐらいは簡単にわかる。
地中であってもある程度の監視ができているとニュースで見たことがある。
つい最近も、雪山の遭難者をすぐに発見してたしな。
だから、そんな非人道的なことが見逃されることはないだろう。
次にドッキリの線だ。
仮に俺の知り合い、又はテレビ局等の力を使って、このような壮大なドッキリを仕掛けたとしよう。
まあ、場所に関してはお金さえかければ可能であろう。
また、今まで出会った人たちも役者と考えれば全然ありうる。
そして俺自身も、何かの薬などで眠らせて運べばいい。
まあそれについては、法的にはアウトだがな。
ただ一時間も牢屋に入れっぱなしで、ドッキリの看板を持ってこないのはいただけない。
はっきり言って、どんどんイライラしていて、今出てこられても間違いなく訴える自信しかない。
現実的に可能性が高いのはこれなのだが……後ろにある鉄格子の窓から見える、地球では考えられない大きさの太陽らしきものと、そのすぐ隣にある青い太陽みたいのの説明がつけばだけど。
てなわけで、ドッキリの線はほぼないと思われる。
まあお金に物を言わして、太陽さえなんとかごまかしている可能性もあるが、俺にドッキリをかけるためには、ちょっとお金をかけ過ぎだと思う。
実現可能な確率であればそれなりに高いくせに、考えれば考えるほど逆に確率が下がっていく……。
くそっ!
するとなんですか?一番現実的になさそうなのが、今の現状を説明するのに一番納得できるって……。
マジかよ!
異世界にどうやって召喚されたはわからないけど、ここが異世界であることを否定する材料がない!
リアルの自分の体、外に見える見た事のない天体、トリックじゃなくてガチもんの鑑定さん。
俺、別にトラックに轢かれてないし、白い部屋とか行ってないんだけどな……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どれくらい時間が経ったのであろうか。
外が暗くなってから、それなりに時間が過ぎたように思われる。
あれから誰も来ない。
もちろんご飯の類も持ってくる気配がない。
喉が渇いた!
「どうせなら、神様にチート能力もらってウハウハしたかったなぁ」
と、そんなくだらない現実逃避をしていると、遠くのほうで、ギィ、バタンと音が鳴りパタパタと足音が聞こえる。どうやらこちらに来ているようだった。
そのままその足音は目の前の頑丈そうな扉の前で止まる。
ガチャガチャと目の前にある扉の鍵を開ける音がしギィギィーと扉があいた。
その開いた扉から、警戒するようにこちらを見る金髪美女。そしてこちらを確認した後、牢屋に一歩入りながら、手に持ったローブらしきものを向けながら金髪美女が口を開く。
「これを着て、ついて来て下さい」
「え……と、貴女はサーシャさんでしたっけ?」
「はい。ですが今は時間がないので急いでください」
先ほどの神様召喚の場にいた聖女?のサーシャさんが灰色のローブをこちらに渡しながらそう言った。言われたとおりにそのローブを羽織り、サーシャさんを確認する。近くで見るとまだ若いようだが、金髪碧眼の細身で身長は170センチぐらいだろうか、ものすごく美人さんだった。
「ではここから、喋らずにうつむき加減で私の後をついて来て下さい」
と、牢屋の扉を出ながらそう言った。
「色々聞きたいことはあると思いますが、悪いようにはしませんので」と陰りのある笑みを見せながら歩きはじめる。
結構な時間待たせていた割にはなかなかな急展開ではあるが……ご飯や水の出ない牢屋にずっといるよりマシだと思い、彼女の後を着いていく。
いい時間だからだろうか、先程から神殿内を歩いているのだが、ところどころによく分からない明かりがあるぐらいで、全体的にシーンとしている。
たまにローブを着た人とすれ違うが、軽く会釈をするぐらいで脱走している感じはしない。
このままどっかで取り調べされるのかな?
それにしても、サーシャさんが持つ杖の先が光っている。
あれは魔法なのかな?
それとも未知の技術かな?
それともそういう物質なのかな?
と考えているうちに、どうやら目的の場所に着いたらしい。
その部屋は調理場であった。
そしてその奥の備蓄庫に通され「これを」と杖を渡される。
何が凄いって、俺がその杖を持っていてもその光は消えず辺りを照らしているところだ。
やっぱり異世界なのかなー?
その間にサーシャさんは小麦とか入ってそうな麻袋っぽい物を退けていく。すると床に両開きの蝶番のついた扉があった。
それを、音が出ないようにしながらサーシャさんは開けていく。
扉の先は真っ暗でよく見えない。
ここで証拠隠滅として殺されるのかな?
背中からじわーと嫌な汗がでてくる。
サーシャさんが手を出してきたので、先ほど渡されていた杖を返す。杖に灯った光が扉の先を照らす。先には、地下へと続く階段があった。
「行きましょう」
と言うので、その扉の先の階段をビビりながら降りていく。
バタンと今降りてきた扉をサーシャさんが閉めていた。
明かりは、サーシャさんの持っている杖の明かりしかなく、埃っぽく真っ暗であった。
「ふぅ、ここまで来ればもう大丈夫だと思います」
「えーと……。説明をお願い出来ますか?とりあえず、これから僕はどこに行くのでしょうか?」
「普通に喋っていただいて大丈夫ですよ。喉は渇いてませんか?お水をどうぞ。あと、話は歩きながらで」
そう言いながら、水の入った水筒を渡してくれた。
中の水は常温より冷たくおいしかった。
「何から話しましょうか……。先程、召喚の間で大司教様が仰っていましたが、今日神様に現界していただくための秘術が行われました。そしてその召喚で呼ばれてしまったのが神崎様です」
こちらに目を向けながら申し訳なさそうな顔をするサーシャさん。
可愛い!
「そして、あのまま牢屋に留まっていると、拷問の末、神の審判という刑に処されることになったと思います」
「え!?まじですか?勝手に呼び出しておいて拷問して刑に処すってどうなの?」
「ええ、私もそれはどうかと思うのですが、教会ではそれが普通という空気になっていまして」
「そう、なんだ。ちなみに興味本位なんだけどさ、その神の審判?だっけその刑ってどういった刑なの?」
「先程いた神殿は、山の中腹に位置するんですが……山頂に火口がありましてその火口に落とされます。ここのクリュチェフスカヤ山は、神の住む山と昔から言われていて、その火口で神の審判を受けたものは、無罪であれば生きて帰ってくることが出来ると言われています」
「おい!」
うわ!中世ヨーロッパかよ!
ガチガチの魔女裁判やん。
え、てことは普通に命の危機に晒されてんの俺?
「それで今は、クリュチェフスカヤ山の麓にある都市ロムルスに向かっています。そこの孤児院に知り合いがいるので、そこに身を隠してもらおうと思っています」
「そこは安全なのかな?すぐバレそうだけど……。」
「まあバレるとは思いますが、すぐに何かされることはないと思います。あの召喚魔法は教会関係者でも簡単に細工できるようなものではないので、あなたがただの巻き込まれた一般人と、教会も認識しているはずですので」
「え、それなのに拷問されて処刑されるの!?」
「まあ万が一、教会に対し邪な考えを持った人が、わざと召喚され、神を名乗り教会を害そうと考える可能性を否定できませんので。それに、神崎様を生かしておく理由も教会にはないですし。下手に今日あったことを話されるぐらいなら、処分するのがいいと教会は思うでしょう。ただ昔と違って、大体的に召喚の儀式をすると言ってなかったので、外で変な事を吹聴しない限り、逃げてしまえば安全だと思います」
なんというか、聞けば聞くほど現実味がないのに、背筋がゾクゾクするし気分が悪くなる。
表情に考えていたことが出ていたのか、
「大丈夫ですよ。その孤児院は少し特殊ですし、逃げてしまえば、わざわざ探して捕まえるほど教会も暇ではないですしね」
「教会にとっての貴方の価値はそんなものだと思います」とにこやかに笑いながら伝えてくる。
安心させるためなのか、それとも素がこういう性格なのか・・。
なんか後者っぽいな、楽しそうだし。
そんなやり取りをしながら歩いていると、進行方向の先に出口らしき光が見えてきた。
すると、サーシャさんは足を止め、
「もう一度確認なのですが……、その、神崎様は主神ウラヌス様ではないのですよね?」
先程の楽しそうな雰囲気など微塵も感じさせない顔でこちらを窺ってくる。
「え、ええ。主神どころか神ではないと思いますよ。本当にただの人だと思います。まあ神の定義によるのかもしれませんが」
彼女の雰囲気に飲まれながらそう答える。
ここがゲームの中であるのならば、プレイヤーが神という設定はあるのだろう。しかし仮想現実なのか現実なのか、そもそもここがどこなのか分からない俺としては、神ではないと答えるしかないだろう。
「そう……ですか。では、私のことを何か知っていますか?今までに会ったことかありませんか?」
今度は縋るような、そして苦しそうな顔をしながら聞いてくる。
その表情を見ると胸が締め付けられる気がするが。
「……今日初めて会ったと思うよ。サーシャさんが聖女であると以外の情報も持っていないし」
素の性格は、いじめっ子とかSっぽいという情報はあるが。
「名前はサーシャで、今年で17歳になりました。都市ロムルスにある孤児院に、生後半年ほどで預けられたのですが覚えはないですか?」
サーシャさんは顔を下に向け、胸に手を当てキュと握りしめながら再度聞いてくる。
「いや、残念だけど今日が初対面だと思う。隠しているとか覚えていないとかではなくて」
さすがに、こんな金髪美女と出会っていたら覚えているだろう。そもそも日本で、普通に暮らしていて、金髪外国人の知り合いなんか早々できやしない。
「「……。」」
サーシャさんが黙ってしまって、なんて声をかけていいのか分からない。
そのまま少しの沈黙の後、彼女はなんかすいませんと頭を下げながら歩き始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここを真っすぐ行くと、教会的な建物があります。そこが孤児院ですのでそこに向かってください」
そう言いながら便箋とペンダントを渡してくる。
「そこのシスターミネルヴァにこれを渡してください。現状の説明と協力要請の手紙です。そこでこれからの身の振り方を考えてください」
「何から何まですいません。」
「いえ、むしろこちらのほうこそ申し訳ございませんでした。勝手に召喚して処刑とか」
「あ~……まあそれもそうでね」
ふふっと苦笑が二人の間にこぼれる。
「では私はそろそろ戻ります」
「はい、お世話になりました」
「神崎さんもお気をつけて」
振っていた手を下ろしながら彼女はもと来た道を戻って行った。
彼女の背中を見送った俺は、地球で言うところの月らしい淡い緑色の天体を見ながら、彼女に示された方へ歩いていくのだった。
……もしここで、もう少し頭が回っていれば、サーシャのことを考えてあげていれば、あんな事にはならなっかったのであろう。