征伐の始まり
フィオナ覚醒からさらに数日が過ぎ、未開の森大征伐の日がやってきていた。
「あそこが受付ね」
「……」
「ん? ユーヘイ、どうしたの? なんか疲れてるみたいだけど」
「お前のせいだよ」
「てへっ」
いたずらに笑うフィオナ。
対して俺の顔色は淀みきったブルー。自分じゃわからないが、そうに違いない。
なんせここ最近、すっかり駄々っ子と化してしまったフィオナに振り回されっぱなしだったのだ。今は周りに人がいるのでこのモードだが、二人っきりになるとそれはそれは甘えん坊だ。
これまで王族として抑圧されていた反動が一気に出たんだろう。
それまで振り回すのは俺の役割だったはずなのに……解せない。
「はぁ、まあいいや。さっさと済ませちまおう」
「うんっ」
フィオナに手を引かれ、受付の前まで移動。
鎧をまとったムキムキのおっさんの説明を受け、規約のようなものにサイン。死んでも一切責任は取らない……とかそんな感じのものだ。
よほど人手が欲しいようで、特に面接のようなものはなく、俺達はマクダモット公国の東、ブロターニュ平原へと誘導された。
「始まるな」
「うん」
俺とフィオナは短く言葉を交わし、周りを見渡す。
性別、人種関係なく、様々な人々がそこに集まっていた。その中でも特に気になるのは、すぐそばにいる二人の人物。
「女騎士と……盗賊ってとこか?」
今回のこの作戦、どうやら五人一組で行われるらしい。
うち二人は俺とフィオナ。
そして残りが……凛とした雰囲気で腕を組んでいる、白い部分鎧で身を覆った女性。背丈は俺と同じか少し低いくらい。水色のショートカット。切れ長の目をした、なかなかの美人さんだ。が、雰囲気がとげとげしい。
それと、ボロボロの布服を着た、ギョロ目の男。腰が異様に曲がっており、腕がやたら長い。男は、まるで品定めをするように周りを見回していた。
どっちもわりとクセがある。
あと一人はまだ来ていないようだ。
「なんかなー……どっちも苦手なタイプっぽいんだよなぁ」
基本的にノリと勢いだけで生きているので、こういう他人と慣れ合わなそうなタイプと俺はかみ合わないことが多い。
あと一人が物腰穏やかな人であることを願おう。できればメガネをかけたおっとりタイプ。そしてさらにできれば巨乳。
「ユーヘイ、なんかいやらしいこと考えてない?」
「なぜわかった」
「お父様が侍女達にいたずらしてる時と同じ顔してた」
「おいやめろ」
表情を引き締め直し、もう一人のチームメンバーを待つ。
そうだ。別に女である必要もない。
きちんと戦力になってくれればいい。話しやすければなお良い。というかもう普通の人であればいい。
まあ、もうこれ以上クセの強いやつは現れないだろう。
俺はそうタカを括りながら待っ――
「ユーヘイくぅん、あなたのアデルちゃんだゾ?」
「最もクセの強えやつ来ちゃった!!」
その場に現れたのはなんと、俺が魔法で女に変えた元オカマのアドルファス――改名して現在はアデルらしい――だった。
アデルは腰をクネクネさせながらこちらに近づいてくる。
控えめに言っても気持ち悪い。
見た目は美女なのにどうしてそんなことになっちゃったんだお前。
「また会えて……ウ・レ・シ・イ!」
「お前まだこの国にいたんだな……」
もうてっきり旅立ったと思っていた。なにせしばらく姿を見ていなかったから。
「あ、えとお久しぶりです、アドルファ……じゃなくて、アデルさん」
常識人モードのフィオナが、挨拶するために一歩前に出る。
と、
「気安く話し掛けんじゃないよ小娘ぇええええええ!!」
「ふぇ!?」
「えええ……」
アデルは目をカッと見開き、ナイフをフィオナの首筋に突きつけた。
「この野郎……こっちはずぅっと見てたのよ? あんたがユーヘイくんに抱きつくとこも、ご飯あーんしてもらうとこも、ユーヘイくんのベッドに潜り込むとこだって……他にも、ユーヘイくんの、ユーヘイくんに、ユーヘイくんユーヘイくんユーヘイくん……」
「怖すぎるわ! ってかどっから見てたの!?」
どうやら俺はとんでもないストーカーを引き当ててしまったらしい。
初めて会った時は爽やかイケメンキャラだったはずなのに、どうしてこうなっちゃったんだ。
「おい」
俺達が騒いでいると、チームメンバーの一人、騎士風の女が声を掛けてきた。
「もうすぐ此度の征伐についての説明が始まる。あまりギャーギャー騒ぐんじゃない」
「今取り込み中なのよぉ!! まずはアンタから挽き肉にしてやろうぁ!?」
「やめろバカ」
「はぅん!」
俺が首根っこを掴むと、アデルは急におとなしくなった。「く、首……首筋は弱いのぉ……」とかなんとか言ってたが気持ち悪いので無視しておく。
「悪いな。おとなしくさせとくよ」
「君はその女性の保護者か何かなのか?」
「まったく。全然。赤の他人。一ミリたりとも関わりたくない」
「そ、そうか」
言葉を重ねるたび、アデルの肩は落ちていく。ついには地面に倒れ伏した。さっきまでブチ切れられていたフィオナがなぜか「だ、大丈夫ですか?」と気を遣っている。
「というかよろしく。俺、篝火雄平、十七歳。ジパングから来たトレジャーハンターさ」
「トレジャー……? それに変わった名前だな? ジパングなんて国、ここら辺にあっただろうか?」
やべえ!
ついクセでふざけた自己紹介をしてしまった。
この人はフィオナと違って下手なごまかしが効かなそうだ。
「……ここから遥か遠くの国さ。小さな国だから、知らないのも無理はないな」
「ふーん? まあいい。私はオルガ・フォークナー。とある国で騎士……をやっていた」
幸いにも軽く流してくれた。
そもそも俺の素性にあまり興味が無いのだろう。
「元騎士ってことか? 今は?」
「世界中を旅しながら、こうして各地の仕事を受けて回っている」
「あ、じゃあ俺らと同じか」
言い方にどこか含みがあったので、こちらも深くツッコむのはやめておく。
にしても、出ているオーラに対して、意外と話せる人のようで安心した。
「そっちの人もよろしくな」
せっかくなので、俺はもう一人のメンバーに対しても声を掛けてみることにした。
盗賊風のその男はこちらを一瞥すると、
「……ザドクだ。ぎひっ」
とだけ言ってまたそっぽを向いてしまった。
……まあ名乗るだけマシか。
「静かに!」
そうこうしているうちに、前方に設置されていた簡易的な演壇上に、周りの兵士達より一際ガタイの良い男が立っていた。
いよいよ始まる。
「私がマクダモット公国、第一師団団長の……おいそこ静かにぃ!! 私が……おいそこぉ!!」
んん?
「いいですかー! 皆さんが静かになるまで私は話を始めませんよ! 征伐始まらないですけどいいんですかー?」
「なんか学校の先生みたいになってんぞ、あいつ」
「ユ、ユーヘイ! お喋りしてたら怒られちゃうよ!」
「そうそう、お前はそのぐらいのピュアさでいいんだよフィオナ。頼むからずっとそのままでいてくれ」
周りの連中のどよめきは強くなるばかりで、一向に始まる気配がない。
あの団長から漂う、そこはかとない小者感。みんなそれに気付いているのだろう。言うことをぜんぜん聞いてくれない。
「いい加減に……げふっげふっ! ええいもういい! 今からプリントを配りまーす!! 皆さんは各自それを読んで行動するように! 以上!」
「プリントっつったぞあいつ。マジで先生じゃねえか」
しかも結局名乗らずに壇上から下りていった。グダグダにも程がある。
大丈夫なのかマクダモット公国。ぜったいもっと適任いるよ。
「まあいいや」
俺は俺のやることをやるだけだ。
回ってきたプリントを受け取る。息を大きく吸って、吐く。
気合を入れて、いざ――
「待ってユーヘイ!」
「ん? どうしたフィオナ」
「これ見て」
フィオナが指差してたのは、配られた古紙に記されていた一行。
『森の大きな損傷を避けるため、魔法の使用は原則禁止。魔物とは基本、剣で戦うこと』
……俺、役立たず確定の瞬間だった。