フィオナ、覚醒
「《スピット・ファイア》!」
「おお」
フィオナの掌から火球が放出。
棍棒を振り上げていた最後のゴブリンが、絶叫とともに灰になっていく。
「ふぅ」
「お疲れ」
額に汗を滲ませるフィオナに、俺はタオルを投げて渡す。
これで今日の依頼である、大量発生したゴブリンの討伐も終わりだ。
「よっと……あっつ!」
「あーあーもう、そんなに焦らなくても」
俺はゴブリンの灰の中から、一つの青いクリスタルを取り上げた。
アツアツに熱されていたそれは、コアと呼ばれるもの。平たく言えば魔力の結晶だ。
魔物を討伐すると、その死骸からはコアが一つ排出される。それが討伐の証拠となるわけだ。ここら辺はファンタジーっぽくて、初めはテンションが上がったものだ。
しかしながら慣れというものは怖い。何の感情も抱くことなく、俺はそれをバックパックに放り込み、フィオナとともに帰路へ就いた。
――酒場で一悶着あったあの日から、数日が経過していた。
「いやーしかし今回は頑張ったな。これで新しい服が買えそうだ」
街に向けて歩きながら、俺はフィオナにそう声を掛けた。
そして、すっかりボロボロになってしまった黒い学ランの裾を指で摘む。元の世界から愛用していたこいつともお別れか。
「やっと少しずつお金貯まってきたもんね。今日はちょっとワインでも飲んじゃおっか」
「なあフィオナ」
「ん?」
お前未成年だろ。こっちの世界でも飲酒は二十歳からなの知ってるぞ。
というのは置いておき、
「いつまで続けるんだ? この生活」
ここ最近で一番気になっていた、そんな疑問をぶつけてみる。
初めて酒場で仕事の依頼を受けたあの日。
あの日から今日まで、日銭を稼ぐだけの毎日。そろそろ何かしらアクションを起こしてもいい時だ。
個人的には、一応元の世界に帰る方法も探ってみたい。こっちの世界の居心地も悪くないが、家族のことも気になっていた。
特に妹は泣きじゃくっているに違いない。モテるお兄ちゃんはツラいぜ。
「もちろん、このままこの生活を続ける気はないよ? 私にも考えがあるの。これ見て」
フィオナはローブの胸元から一枚の古紙を取り出した。
そこには、まさしく日本語で、
『東方、未開の森大征伐に関して』
という見出しと、その説明が長文で記されていた。
「近々、マクダモット公国が領地の拡張を行うの。けっこう大規模なものになるらしくて、今回の開拓は国の師団だけじゃなく、外からも戦力を募っている」
「俺らがそこに応募するわけか?」
「そう! そこで大きな武勲を挙げた者には、公爵から直々に勲章を賜れることになってるの!」
「そこで公爵に接触して、この状況を変えようってことか」
「うん。なかなか良い作戦でしょ?」
「でも大前提として活躍しなきゃいけないわけだろ?」
「そこはほら」
ニヤリとしてから、フィオナは俺の腕に抱きつくようにすり寄ってきた。
「ここに最強の魔道士さんがいるじゃない?」
あ、あざとい……。
こいつはたまにこういうことを無自覚でやるからタチが悪いんだ。箱入り娘はこれだから困る。
でもここでうろたえてやるのも癪なので、空いている方の手でフィオナの頭を撫でながら、
「そうだったな」
と一言、言い放つ。フッ、というニヒルな笑みもきちんと浮かべて、だ。
我ながら最高にキザ。やっといてなんなんだが死にたくなった。
「……ぁ……」
「ん? おお!?」
そして俺が後悔してる間にとんでもないことが起こった。
「あれ? 私……」
フィオナがポロポロと大粒の涙をこぼしている。
そんなに気持ち悪かっただろうか。
とりあえず、俺はすぐにフィオナの頭から手を離した。
「どうしたよ、フィオナ」
「う、うん……ごめんね? なんか、昔を思い出しちゃって。……よくお父様に撫でてもらってたから」
「なるほどね」
忘れがちだったが、フィオナの置かれている状況というのは決して軽いものではない。
国は滅び、両親は生死不明。明るく振舞ってはいるが、ずっと張り詰めた状態だったはずだ。それが今、切れたんだろう。
俺は再びフィオナの頭を撫でる。
「ユ、ユーヘイ?」
俺でよかったら代わりになろうと思う。
なんやかんやここまで世話になっている、せめてもの恩返しとして。
「……ちょっと思ってたんだけど、やっぱりユーヘイ、お父様に似てるかも。雰囲気とか」
「王の風格醸し出してる?」
「何それ。ふふっ」
なんか良い雰囲気だ。
俺の中でフィオナの父親像はドMの変態となっているので、似ていると言われてすごい複雑な気分ではあるが。
「まああれだ。なんなら、これから俺を父親……っていうのは無理があるから、兄だとでも思って甘えてくれていい」
「え!? そ、そんな……でも……」
「それでお前の気が紛れるなら」
こっちとしてもこんな美女の妹分ができるなら万々歳だ。すまんなリアル妹よ。
「そ、それなら……お言葉に甘えて……」
「おう」
フィオナは恥ずかしそうにしながら、なぜか俺の背後に移動。
「えい!」
「おお!?」
そのまま後ろから抱き着いてきた。なんて大胆な。こんな子だったのかフィオナ。
なんて、感動を覚えていたのも一瞬だった。
「おにぃ、おんぶー」
「……ん?」
「ほらー、はやくおんぶしてよぅ!」
「いや誰だお前!」
キャラが変わりすぎている。二重人格レベル。
……俺はどうやらとんでもないものを目覚めさせてしまったらしい。
「むー、おんぶー!」
「いってぇ! 髪の毛引っ張るな!」
あまりにも暴れるので渋々フィオナを背負うことに。
「しゅっぱつしんこー!」
「はいはい……」
おかしい。
俺としては二、三歳下の妹から慎ましく恥じらいを持った感じで甘えられるぐらいのつもりだったのに。
そして俺の中でフィオナは正統派ヒロインのはずだったのに……出会い、背負ってる過去、何から何まで完璧だったのに、これはとんでもない誤算だ。
小学校の頃、妹をあやしてたのを思い出した。こんなリアリティいらなかった。
……なんか、俺の想像してた異世界生活と違うなぁ。
そんなガッカリ感を覚えながら、俺は街へ向けて歩き出した。
「……あんの小娘……ユーヘイくんにあんなベッタリと……ぐぬぬ……」