美しいバラには棘を刺す
「行こうぜフィオナ――冒険者ギルドに!」
「何それ? そんなの無いけど?」
「えええええええええ!?」
決意とともに拳を握り締めた……までは良かったが、すぐにフィオナの冷たいツッコミが入った。
「な、無い!? バカな!! ここは剣と魔法の世界じゃなかったのか!? 薬草の採取とか魔獣の討伐依頼は!?」
この世界に来てから一番の衝撃と落胆。
冒険者ギルドが無いというなら、この世界の冒険者達はいったいどうやって食っていってるというのか。
「まあそういった依頼なら酒場で受けられるらしいから、行くなら酒場ね」
「え? あ、なるほどね」
一瞬本気で焦ったが、そういうことか。
この世界には冒険者ギルドという概念が無いだけで、きちんとそういった役割はあるらしい。酒場がそれを兼ねてる、というわけだ。
それなら全然構わない。元々ギルドと酒場って併設されてるイメージあるし。
「ならさっそく行こう! 仕事の時間だ!」
「……今から?」
「そりゃそうだろ。宿代だけでも稼がないと」
「……うーん」
「どうした?」
俺は一刻も早く向かいたかったが、なにやらフィオナは乗り気じゃない様子だ。
「夜の酒場ってあんまり良いイメージが無いの」
「ああ、なるほど」
これは主観的意見になるが、こういう世界の酒場と荒くれ者は切っても切れないものだ。
俺個人的には、なんとなくそうあってほしいが、王族であるフィオナにとっては忌避することなのだろう。
「というより、お酒自体に対して良いイメージがないのよ」
「ふーん、近くに酒癖の悪いやつでもいたのか?」
「ええ、お父様がよく酔っ払っては侍女にちょっかいを出していたの。そしていつもお母様にボコボコにされてたわ」
「えええ……大丈夫なのか、国王」
「しかもそうやって痛めつけられている時、なぜかいつも恍惚の表情を浮かべているの」
「大丈夫なのか!? 国王!」
それもう、イジメてもらいたくてわざとやってるんじゃないのか?
会ったことも無いのに俺の中で株がだだ下がりなんだが。
「だから良いイメージが無いんだけど……でも、行きましょう。野宿はごめんだしね」
「お」
最悪、俺一人で行くことも考えていたが、意外と早くフィオナの覚悟は決まったようだ。
「だな」
さて、いったいどんな依頼が俺達を待っているのか。
期待に胸を含ませながら、俺とフィオナは酒場を探し始めた。
歩き回ること十数分。
「おー!」
いかにもな場所を発見。
周りがレンガ造りの建物ばかりなのに対し、そこは完全な木造。
ビール樽がいくつも入口前に並んでおり、《バー・モーガン》という看板が掲げられている。
「よし、さっそく入っ――」
中に入ろうとしたその時だった。入口のドアがすごい勢いで開いたかと思えば、中から何かが飛び出してきたのだ。
「ぐはぁああ!」
「ユーヘイ!!」
そして、ものの見事に巻き込まれた。
胸の辺りに強い衝撃が走り、俺は後方へと弾き飛ばされる。
「だ、大丈夫!?」
「お、重い……」
しかも、飛んできた何かにそのまま下敷きにされた。
なんなんだこれは。少し表面がヌメっとしていて生温かい。
「ぬあぁあっ!」
フィオナの手も借りつつ、なんとかその状態から抜け出す。
立ち上がり、いったいそれがなんだったのか見下ろしてみる。
「そりゃ重いわけだ」
飛んできたそれは、なんと人間だった。筋肉ムキムキのおっさんだ。泡を吹き、完全にノビている。
ここで俺は自分の考えが甘かったことを痛感した。
人間が飛んでくるってどんな場所だよ。荒れすぎだろ異世界の酒場。
「ユーヘイ……どうする?」
フィオナが俺の学ランの袖を掴み、そう聞いてきた。しかもちょっと上目遣い。
無意識でのことなんだろうが、男心をグッとくすぐる仕草だ。
ちくしょう、可愛い。……とか考えてる場合じゃなかった。
「どうするも何も、もう行くしかないだろ」
中で何が起こっているのかも気になる。
俺は気後れしているフィオナの手を引き、酒場の扉を勢い良く開け放った。
するとそこでは、
「ありがとうございます。助けていただいて」
「どういたしまして。怪我はない?」
「は、はいっ!」
赤髪ロンゲのイケメンと、酒場のウェイトレス(ゆるふわ茶髪の美女)が手を取り、見つめ合っていた。
周りには、おそらくそのイケメンに蹴散らされたのであろう、ガラの悪い連中が転がっている。
「あ、あの! よかったらお名前を……!」
「そんな。名乗るほどの者じゃないよ」
え、なにこれ。
……そこ俺のポジション!
「おかしい。おかしいぞ。異世界転移したらもれなくハーレムがついてくるって、クラスの近藤くんが言ってた。ここは俺がかっこよく助け出すとこだったのでは……?」
「ユ、ユーヘイ? 何ぶつぶつ言ってるの?」
「まあいっか」
俺は俺でのほほんとやろう。
よく考えたら別にハーレムとかぜんぜん好きじゃなかった。
ハーレム内で俺の奪い合いとか起きたら俺の胃が死んじゃう。
「お? お前良い女連れてんじゃねえか」
「へっへっへ、なあお嬢ちゃん、こんな冴えないやつ放っておいて、オレ達とイイことしようぜー?」
「このイベントまだ終わってなかったのか」
平和に行こうと思った矢先に、カラフルなモヒカンの男達に絡まれた。どこの美容室行ったらそうなんの? その頭。
だいたいお前ら、さっきまでの流れ見てたんじゃねえのか? こっちだったら絡んで大丈夫だとでも?
「おい、お前ら」
ほら来たよ赤髪イケメン。
「ん? ……っ!」
「あ?」
不意にそのイケメンと目が合う。
……そいつはなぜか顔を急激に赤くして目を逸らした。
「ごほん、やめないか!」
「な、なんだテメェ! テメェには関係ねえだろ!」
「そうだそうだ!」
「関係あるよ。困ってる人を見捨ててはおけない」
「いやいやいや待って。それよりさっきの反応なに?」
「ちょ、ちょっと! せっかく助けてくれてるんだから邪魔しないの!」
フィオナにたしなめられ、渋々引き下がる。が、嫌な予感しかしない。
「くそが……引っ込んでろ!」
「っせあ!!」
「ぐほぁあ!」
そうこうしているうちに瞬殺されるモヒカン達。
本当に気付いたら終わっていた。かませ犬の運命ってのはいつだって儚い。
「ふぅ、大丈夫ですか?」
さあ問題はここからだ。
「ありがとうございます。助かりました」
フィオナが一歩前に出て礼を言う。それと対照的に俺は一歩後ろに下がった。
俺の本能が警鐘を鳴らしていたからだ。ヤツの視線は間違いなく俺だけを捉えている。
「そちらの方……はぁ、おな、お名前を、ん、んぅ……教えていただいても、いいかし……おほん、いいかな……?」
「なぜ息が荒いんだお前」
ここで俺は、こいつが関わっちゃいけないヤツだと確信。
こいつの只ならぬ様子に、周りもなんとなく気付いたのだろう。
「え? あの兄ちゃん、まさか」
「ショック……」
「あの様子だと黒髪の方が攻めか」
などと言ったヒソヒソ話が聞こえてきた。
さっき助けられていたウェイトレスの女の子なんかもう青褪めてしまっている。
この状況がわかっていないのはおそらくフィオナだけだ。フィオナだけはきょとんと小首を傾げていた。
願わくば一生そのままであってほしいな、うん。
「だいたい、人に名前を尋ねるならまず自分から名乗れ。そして……お前の秘密を言え」
「っ!?」
俺はできるだけ突き放すようにそう言った。
言いながら、最後の可能性に賭けていた。
こいつがまるで男のような見た目の女だという可能性だ。
周りから見ると超絶イケメン。だけど実は美少女、っていうパターン、漫画で見たことがある。
正直俺はあれ、ありえないと思っている。
だって声とかどう考えても男は男、女は女。間違えないし、間違えるようならもう美少女として成立してないよねそれ。
けど俺は賭けた。
よく見ればこいつイケメンのくせに俺より少し身長が低いようだし、この世界なら魔法で声のトーンを変えてる、ってパターンもありえる。
「ほらどうした、早くしろ」
「んもう、すごいなぁ。もう見抜かれてるのねぇ。なら、この場で正直に言うわよぉ」
来い! 俺の第二のヒロイン!
「私の名前はアドルファス・ボードマン。いろんな地域を旅しながら回って、運命の相手を探してるの。そう、正真正銘のオカ――」
「《壁ある愛の祈り(プリエール)》!!」
「ちょっとユーヘイ!?」
俺は光の速さで禁忌のしょからその呪文を見つけ出し、高らかに叫んだ。
どこからともなく赤いバラの花びらが散り始め、アドルファスの体を包んでいく。
「何考えてんの!? 何こんな場所で堂々と秘術使ってんのよ!?」
「いいかフィオナ。男にはやらなきゃならん時がある。まあ今はその時じゃないんだろうけど」
「わかってるなら使うなぁ!」
「それよりも見ろ。あいつ、完全に花びらに包まれたぞ」
まるで、本物のバラの花が咲き誇っているようだった。周りの人間は何が起こっているのかわからず、呆然とそれを眺めていた。
「さあ、新しい目覚めの時だ」
しばらくして、バラの花びらが一枚ずつ剥がれ落ちていく。
その中から出てきたのは、
「……え?」
長い赤髪の美少女。胸のサイズはいささかフィオナに劣るが、それ以外は甲乙がつけがたい。
パッチリとした二重の目に、スラッとした鼻筋。フィオナが可愛い系ならこっちは綺麗系だ。
《壁ある愛の祈祷》――神の悪戯。与えられし不平等。それらを取り払うバラの情熱。
※あらゆる生き物の性別を反転させることができるぞ! 効果は一生!
つい勢いでやってしまった。
「何があったの? これが……私……?」
カウンター上の酒瓶に映る自分を見て、声を震わせるアドルファス。両手を頬に当て、何度も角度を変えて自分の顔を眺めている。どうやらけっこう気に入っているらしい。
「……よし」
やがて覚悟を決めたのか、彼女は俺の目の前まで歩み寄って来る。
「私を、お嫁さんにしてください」
一世一代のプロポーズ。周りからは黄色い悲鳴が上がった。
「あ、元男はちょっと無理」
膝から崩れ落ちるアドルファスを横目に、俺とフィオナはクエストの受注窓口に向かった。