冒険の始まり
「……ねえ」
「んん?」
「やっぱり蹴破ったらダメなの?」
「むぅい! ほんはのむぇめぇらぅおあ!」
「あーわかったわかった! 飲み込んでから喋ってよ!」
《糖園の誓い》で周りの物を全てお菓子に変え、ピンチを乗り切った俺達は、未だにこの場から抜け出せずにいた。
「だいたい、この壁までお菓子にすることなかったんじゃないの? おかげでいつまでも経っても出られないじゃない」
「んぐっ……ぷはぁ。いや、なんとなく勢いで?」
目の前に立ちはだかるスイートポテトの壁がなかなか攻略できないでいたのだ。
ポリシー的に食べ物を足蹴にするのがNGなため、こうして食べ進めているのだが……さっきから全然減らない。そして芋に口の中の水分を根こそぎ持っていかれて、かなりしんどい。
「飽きた……もういらない……」
「ほらぁ、言わんこっちゃない。蹴るのがダメなら手で掘っていきましょ。破片は虫や動物が食べてくれるでしょ」
「不本意だが仕方ない」
フィオナの言う通りに、手でスイートポテトを掻き分け、俺達はようやく外へ。
「おお! ……おお」
俺のイメージ通り、木々はクッキーに、その葉はキャンディに、そして魔導人形達はチョコレートへと姿を変えていた。
地面から大量のお菓子が生えてるのは壮観だがなんだかシュールだ。
「やっぱりメインがないとパンチに欠けるなぁ」
近くに小屋でもあればお菓子の家が再現できたのに。そこだけが残念だ。
「いいから、この場から離れましょ」
「ん? ああ、じゃあまたどっかで」
「何言ってんの! 一緒に来て!」
「ええ? でもそろそろ俺目覚めないと。今日、妹がカレー作ってくれるらしいんだよ」
「そんなの私がいくらでも作ってあげるから! っていうか、さっきからその目覚めるってなに?」
「いや、だってこれは俺の夢なわけだから」
「そんなわけないでしょ!?」
「薄々感付いてたけどやっぱり?」
夢にしては思考がはっきりしてるし、臨場感があるなと思ってたところだ。
じゃあこれが現実かと考えると、それもそれで受け入れがたいものがあるが。
「とにかく! あなたはもうこの件に巻き込まれてしまっているの! だから私についてきて!」
行く当てもないので、俺はひとまずフィオナに従うことにした。
「――というわけなの」
「なるほど」
道中、俺はフィオナに、彼女自身の正体と、これまでの経緯を尋ねた。
まとめると、こいつはルクスブルグ王国という国の第一王女、フィオナ・ルクスブルグ。
そして俺が受け取ったこの大学ノートは、ルクスブルグ王国に代々伝わる秘術書で、これ自体に相当な金銭的価値があるらしい。
事態は、この秘術書を狙った反王族集団がゲリラを起こしたことから始まったんだとか。
内部にも裏切り者が多数存在しており、いまや国は崩壊したも同然らしい。
……重てえな、おい。
「次はあなたの話を聞かせて、あなたは何者? なぜその本を読むことができるの?」
やっぱり来た、この質問。
どう答えるか頭を悩ませるところである。
異世界から来たって言っても痛いヤツだと思われるんじゃないだろうか。ここは記憶喪失ということにしておくのがセオリーか。
いろいろ考えた結果、
「俺、篝火雄平。十七歳。ジパングという黄金の国でトレジャーハンターをしていた。地元の悪いやつはだいたい友達さ」
適当に答えることにした。
「ジパング……? 聞いたことないけど……それにトレジャーハンターって?」
「その名の通り、お宝を探す仕事さ。川原とか公園のトイレの裏とかによく転がってるかな」
「んー? よくわからないんだけど……?」
「まあ深く考えないでくれ」
「うーん……まあ置いておくとして、本当に気になってるのは次よ。なんであなた、秘術を使いこなせるの?」
これこそ答えに窮する。なにせ、ただ技名を口に出して読んだだけだからだ。こんなの誰でも使えるもんじゃないのか?
「文献にも残されていない古代文字だっていうのに……あんな短時間で解読するなんて……」
どうごまかそうか悩んでいると、フィオナはなにやら気になることを言い始めた。
「古代文字?」
俺は首を傾げながら、手に持っているノートへと目を落とす。
そこにはやはり《ぼくの・わたしの・禁忌のしょ》と記されていた。
「いや、これどう見ても――」
どう見ても日本語じゃねえか、と言いかけてやめる。
妙なことに気付いてしまった。
あれ、これ……?
「そういえば、これ今どこに向かってるんだ?」
「ああ、それなら……って、先に質問に答えてよ」
「そういえば、これ今どこに向かってるんだ?」
「いや、だから」
「そういえば、これ今どこに向かってるんだ?」
「えええ……」
はぐらかそうと適当な疑問を投げかけてみたが、さすがに無理があった。
なのでもうこれで押し通そうと思う。
そんなやり取りを何度か繰り返していると、
「はぁ、マクダモット公国よ」
フィオナがとうとう折れる。
「まくどなるど?」
「マクダモット! ルクスブルグの親交国なの。あそこに行けば、しばらくの間は衣食住には困らないはずよ」
「しばらくは困らなくたって……その後はどうすんだ?」
「大丈夫。考えはある」
「へぇ、ならまあ、おまかせするよ」
なんせこっちの世界のことは一切わからない。当面は世話になるとしよう。
「……あなたは命の恩人だから、今はごまかされてあげる。でも、いつかは話してね」
なにその対応。良い女かよ。いや、実際良い女なんだけど。
「ねえ、ところで」
「ん?」
「ここからマクダモット公国まではかなり距離があるのよ。それこそ歩いて行ったら何日掛かるかわからないくらいの」
「ほう」
「それでね、なにか移動に便利な秘術とかをね」
「それはできん!」
「ええ!? なんで!? ……はぁ、そっか。さすがにそう上手い話は……」
「ワープ的なものはある。けどできん!」
「ええ!? なんで!? ますますなんで!?」
フィオナは心底意味がわからない、といった表情を浮かべていた。
まあそりゃそうだ。ここでそんな便利魔法、使わない手はない。
だけど俺は使わない。
なぜなら、
「俺こういう冒険ちょっと憧れてたんだよ」
ロマンが無くなるからだ!
男なら誰しもが憧れるだろこういうの。見知らぬ世界を美少女と二人旅だぞ? ワープ一発で終わらせるなんて、もったいない。
「えええ……? 冒険なんて慣れっこじゃないの? トレジャーハンターだったんでしょ?」
「うぐっ!」
至極当たり前な指摘が入る。さっそく設定に矛盾が生まれてしまった。
「……俺こういう冒険が好きなんだよ」
「なんで言い換えたの?」
「俺こういう冒険が好きなんだよ」
「いや、だから」
「俺こういう冒険が――」
「ああっ! もう! わかりました!」
さっきから力技が過ぎる気がする。今後は少し気をつけよう。そう胸に誓った。
そして、時は過ぎる。
「ふー、長い旅路だった。あれから何日経ったんだろう」
「いや、一日も経ってないけど」
そんなに過ぎてなかった。
「いやー、にしても助かったわ。まさかあんな所に竜車が通るなんて」
竜車とはつまり……まあ馬車のドラゴン版だ。
当たり前だが本物のドラゴンを俺は初めて見た。結果、テンションが急上昇、徒歩での旅がどうでもよくなってしまった。
それでこの竜車が速いこと速いこと。
スポーツカーも真っ青……とまではいかないが、普通の乗用車ぐらいの馬力はあったんじゃないだろうか。
まあそんなことはともかく、だ。
「ここがマクダモット公国か」
俺達は日が変わる前に目的地に到着することができた。
「綺麗な国だな」
「でしょ?」
歩きながら、その街並みを観察する。
基本的に家屋はレンガ造りなっていて、白色を基調としている家が多い。街のそこらに川が流れており、清涼感があった。
露店も数多く出ており、賑わっている様子だ。
竜車で城の近くまで一気に送ってもらったため、国の全体像はまだ窺い知れないが、街の中心部はこんな感じか。
「んで、すっかり夜になっちまったけど、先方は今からでも会ってくれるのか?」
「ふふん、任せなさい!」
先ほど大見得を切ったフィオナだったが、
「お引き取りください」
「なんでよー!?」
完全に門前払いを食らっていた。
何度も食い下がっているためか、門番のおっさんは渋い顔をしている。
「納得が行かないわ! 私はルクスブルグの第一王女なのよ!」
「それはわかっております」
「わかってない! 公爵に取り次いでください! バートルミー公爵なら私の顔を見ればわかるはずです! それかご子息のリチャード侯爵に!」
「あー、はいはい。そこまでにしとこうフィオナ」
「え? あ、ちょ、ユーヘイ……くん!」
「雄平でいい」
「ぁ、えと、はい……じゃなくて!」
俺は押し問答を続ける二人の間に割って入った。そしてフィオナの手を引き、半ば強引にその場から連れ去る。
「ユーヘイ、なにするのよ!」
「いやいや、こういう所の作法とかマナーはよく知らんけど、あれはムチャだろ」
アポ無しでやってきて自分は王女だから通せとか言われても困るに決まってる。
取り次ぐのだって手間だろうし……なんせ相手が国のトップだし。
これで行けると思ってたあたりが王女というか、箱入り娘というか……。
「だって……ならどうすればいいの?」
「とりあえず今日はどっか適当な宿に泊まろう」
明日からのことは明日考えりゃいい。お、なんかこれ風来人っぽくてかっこいい。
俺がそんな暢気なことを考えていたら、
「無いの」
「へ?」
隣からなんだか嫌な言葉が聞こえてきた。
「無いって……?」
「今日の宿代。というか私、今無一文……竜車で全財産使っちゃったから……」
「……フィオナ、王女じゃなかったっけ?」
「急襲を受けて国を出てきたから、秘術書以外にほとんど物を持ち出せなくて……」
なるほど。
もちろん俺も無一文。
……なるほど。
「フィオナ」
「……なに?」
「ガッカリだよ!!」
「私、泣くよ!?」
冗談を飛ばしながら、俺はこの後どうするかを考えていた。
まあ答えは決まっている。金が無いなら稼げばいい。
いよいよ、俺がこういった世界で最も憧れている場所に出向く時が来た。
「行こうぜ」
冒険者ギルドってやつに!