糖園の誓い
「あれだな、これ夢だよきっと」
俺は地面に叩き付けた大学ノート、もとい禁忌の書を見下ろしながら呟いた。
このキテレツな展開、間違いなく夢のそれだ。
夢っていうのはランダムな記憶のつなぎ合わせらしい。だからこういう意味のわからないことが起こる。
そうだよ、あの銀髪痴女との出会いから全て夢だったんだ。
「にしても、これはなぁ」
シチュエーション的にはわりとシリアスなのに、アイテムがひどすぎる。高校の演劇部でももうちょっと頑張るだろう。
せめて真っ黒に塗っててくれたらまだ格好がついたものを《ぼくの・わたしの・禁忌のしょ》って……。
やたら字体がポップなのもまたポイントだ。
「まあいいや。目が覚めるまで楽しむか」
俺はノートを拾い上げ、パラパラと中を見てみた。
「うわぁ……痛い痛い」
技名やその効果などがズラっと表記されている。中学生の妄想の垂れ流し、良く言えばライトノベルのプロットのような内容だ。
例えば……
《狂音のイカヅチ》――半径三十メートル以内に乱れ落ちる神々の怒り。その雷は通常の百倍の電圧を持ち、全てを塵に還す。
※敵に囲まれた時に便利だ! ただし味方を巻き添えにしないように注意!
《閉じる闇を撃つ魔弾》――己の生命エネルギーと大気中のマナを練り合わせて放つ究極の一撃。身を削り、守りたい者の闇を穿つ力なり。
※この技はかなりのエネルギーを消費するため、一回打つと三日は寝たきりだぞ!
こんな風に書かれている。
注意書きがなんかうざい。
まあでもこれらはかなりマジメに書かれている方で、中には明らかに適当に考えたようなふざけたものもあった。性格的にふざけたのばっかり使っちゃうんだろうなぁ俺。
でもまあ今はさすがにそんなことしてる場合じゃないか。
「んー……お?」
ページをめくっているうちに、良さげな魔法を見つけた。
《祝福のアキレア》――傷負う者を癒す、大いなる祝福。咲き乱れるアキレアは癒しの証。
※死者を蘇らせることはできないが、それ以外のことはだいたいこれ一発!
※神の祝福は一人につき一回です!
「なんとも都合の良い」
さっそく使ってみることにした。夢だしきっといけるはず。
「えーと? 技名言うだけでいいのか? 《祝福のアキレア》」
すると、
「おおー!」
倒れた少女の周り一面に、色とりどりのアキレアの花が咲き乱れ、光を放ち始めた。
時間にして十秒ほどそれが続くと、少女の体が一際強い輝きに包まれる。俺は眩しさのあまり、両手で目を覆った。
「……ん」
「お?」
呻く声が聞こえて、俺は目を開いた。
その子はまだ目を閉じたまま。だが、先ほどまで流れていた血は綺麗になくなっていた。傷も塞がっているようだ。
俺は少女の近くに駆け寄った。
「んん……」
もう大丈夫なはずだが、なかなか目を覚まさない。
なので、
「おはようございまーす!」
「いだっ! え? なに!?」
思いっきり額を叩いてみた。ベチン、と快音が響き渡る。
「おっす、俺雄平っていうんだ。あんた名前は?」
「え、は? 私、生きて……? っていうか傷……え?」
「混乱しすぎ。いいから名前は?」
「え? ……フィオ、ナ」
「何歳?」
「十七」
「おっぱい何カップ?」
「G」
「今度こそGカップ!」
「って何言わせてんのよ!!」
「ぶふっ!」
先ほどのお返しと言わんばかりに平手打ちが飛んでくる。
しかしまあこれで多少は落ち着いたんじゃなかろうか。
色々と情報も得られたし一石二鳥だ。
フィオナ。俺と同い年の十七歳。Gカップ。……Gカップ。ふむ。
「っ! まずい!」
「はい?」
俺が全力でピンク色の想像をしていたその間に、事態は動いていた。
「なんだ? こいつら」
フィオナと同じ黒いローブを着た集団が、俺達の周りを囲っていた。やはりフードを深く被っており、顔は見えない。
「反乱軍の手先よ!」
「出たよ反乱軍。事情は全く知らんけど大変だなあんた」
「なんでそんなに暢気なのよ!」
「とりあえず倒せばいい?」
「平民にどうこうできる相手じゃ……!」
そんなやり取りをしていると反乱軍の連中は、一斉にこちらへ向けて両腕を突き出した。
ローブの裾から覗いたのは青白くしわがれた掌……などではなく、銃口のようなものだった。
「ええ!? こいつら人間じゃねえ!」
「魔導人形よ!」
「なにそれ!?」
一斉射撃が始まる――それよりもほんの一瞬早く、フィオナは叫んだ。
「《アイソレーション》!」
迫り来る銃弾を遮るように地面が盛り上がり、俺達の目の前に土の壁を作った。
「やるねぇ!」
「でもあの数相手じゃ、破られるのも時間の問題……どうすれば……」
「あの、ちょっと」
「なに? もしかして良い案が浮かんだ?」
「飽きてきたから目覚めたいんだけどどうすればいいかな?」
「はぁ!?」
「俺こういうマジメなノリ苦手なんだよね。反乱軍とか小難しいのわからんし」
「いや何言ってんの!? 状況わかってる!?」
「わかってるけどさぁ……はぁ、んじゃまあさっさと終わらせるか」
言いながら、俺は《禁忌のしょ》を開いた。
面白そうな魔法があったはずだ。
「お、これいいじゃん。ちょっと派手にやってみっか」
「っ! え? あなた、まさかその本が……」
「《糖園の誓い》」
魔法名を唱えたその瞬間、どこからともなく軽快なBGMが流れ始めた。そしてキラキラとしたエフェクトともに、目の前の土の壁が変化を始める。
薄汚い茶色は、輝かしい黄金色へと変わっていった。
そして、表から聞こえてきていた銃声もピタリと止まった。
「これ、って……?」
「ああ、間違いない」
かすかに漂ってくる甘い香り。できたてのそれはほんわりと湯気を立てている。
「美味しい美味しい、スイートポテトの出来上がりだ」
《糖園の誓い》――流れほとばしる糖蜜は甘美なる誘い。命持たぬものが見せる最後の煌き。
※生物以外ならなんでもお菓子に変えることができるぞ!