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7.

さて、一先ずリビングに全員で落ち着きました。

何時の間にか、暮れていた太陽に少し茫然としてしまいましたが、それは後でひっそり落ち込む事にして、問題は向かいに座る男性だ。

あぁ、洗濯物が干しっぱなし。

「カエ、改めて紹介する昔の知り合いのシュッツガルド・ディーンだ。……ディーンで良い」

「どうぞ、よろしくお願いします。ディーンさん」

フィズさんがあらかじめ予防線を張ってくれたお陰で、あの時と同じように舌を噛みまくる事は回避出来た。

こっちの人は、名前がやたら凝ってる割りに名字はシンプルだ。

ん?フィズさんもそもそも名字で呼べば良かったのではないでしょうか。

今更ですか、今更ですね。

「私は、カエデ・クサノと申します。呼びにくいと思うので好きに呼んで下さい」

こちらも今更かもしれないが、一般常識を持った大人として挨拶は丁寧に返す。

「カエーデ?不思議な名前だな。移民か?」

「そのような物だ」

問いかけはフィズさんへ贈られたので、私は良い子の沈黙を保ちます。

それにしても、改めて見るとディーンさんも中々の男前だ。

強面方面のフィズさんと比べると、柔らかく話しかけ易い印象なので女性からの受けは良さそうだ。

私の好みからはちょっとずれるので、にこやかに観賞出来るタイプの男性だ。

あぁ、彼氏募集中の友人たちがここにいれば、さぞや楽しい事になっただろうに。

彼女たちがいないのが、とても、とても残念だ。

「それにしても、お前、さっさと引退したと思えば、こんな所でまさかなぁ」

何やら、よろしくない視線を感じる。

まさか睨み返す訳にはいかないので、フィズさんの方を見て気付かない振りをしておく。

何なんだ、この人。

フィズさんとは近しい知り合いなのだろうか。

でも、友人と言うには微妙な空気の様な。

「何を勘ぐっているか知らんが、用件がないなら帰れ」

「……おいおい、こんな真っ暗な山の中に同僚を放りだす気か。冷たいねぇ」

「同僚じゃない。元、同僚だ」

「お前だけだよ、そう思ってるのはな」

「シュッツガルド、何の用件だ?」

フィズさんの声が一段低くなる。

あの声で言われると何でも言う事を聞かなくてはいけない気分になる。

久しく忘れていた先生に怒られる時と同じ気持ちになるのよね。

関係ないこっちまで背筋が伸びそうだ。

「帰って来い。殿下も、そう望まれている」

「馬鹿な事を」

「何が馬鹿なもんか。皆、お前の帰りを待っている。もちろん、殿下もだ」

話が込み行って来ましたね。

私、ここに居たら駄目じゃないですかね。

お茶でも入れ来ようかな。

うん、そうしよう。

居づらい、この席にすごく居づらい。

逃げよう。

さっさと逃げる事を決めて立ち上がる。

「カエ、どうした?」

過保護なフィズさんが、すぐに反応してくれました。

そこは見逃してくれて良かったのに。

あぁ、ディーンさんの目がまたこっちに向けられた。

「いや、お茶でも入れようかと」

「お茶なら、俺が入れる。カエは座っていろ」

いえっ、それはちょっと遠慮したいんですけど。

何とか無言で伝えようと頑張ったが、さっさとフィズさんは行ってしまいました。

台所はすぐそことは言え、この人とマンツーマンはきついんです。

ため息を吐いたディーンさんは、また物珍しいそうな目で見て来る。

「えーと、カエだっけ」

「はい」

曖昧な笑顔で答える。

何だかこの人は、苦手だ。

そもそもの印象が悪すぎるのかもしれないが。

何しろ、不審人物だと思い込んでいたし、数時間怖い思いをさせられたし。

「昼間は悪かった。まさか、フィジー以外に人がいるとは思わなかったんだ。しかも、女の子とは」

「はぁ、こちらこそ逃げてしまってスミマセン」

あんまり悪いとは思っていないながら、形だけは頭を下げる。

大人なので、最低限はね。

「どうして、ここに?帝国の人間ではねぇよな?」

「えーと」

どうしようか、どう答えたらフィズさんに迷惑がかからないのだろう。

一番最初の頃にフィズさんにも同じような事を聞かれた。

ただ、フィズさんは完全にこちらを労わってくれていたが目の前の人は違う。

どちらかと言えば、こちらを疑ってかかっている雰囲気だ。

下手な事を言うと叩きだされそうだ。

それは、真剣に困るので考え込んでしまう。

「シュッツガルド、余計な事に首を突っ込むな」

「そうはいかないさ。この帝国で、しかもこんな可愛いお嬢さんがいるとなれば、一大事だ。そうだろう」

明らかに褒め言葉が皮肉でしたね。

どうせ、お嬢さんとか言われる年齢でもないですよ。

良い年した大人ですよ。

ちょっと捩じれた気持ちが芽生えるが、それにはそっと蓋をする。

「カエは、異国の人間だ。帝国には関係がない」

「そう言いきれる理由は?」

どうもディーンさんは、私の存在が引っ掛かるようだ。

そりゃ顔見知りの家に久しぶりに訪ねて、身元不明の女が居たら不審にも思うだろう。

「いいか、フィジー。まさか、お前ともあろう者が帝国の現状を忘れた訳じゃあるまい。ここに、いやこの帝国に一般女性がいる異常さは、理解しているだろう」

「へ?」

至極真面目な顔で言いきったディーンさんに、思わず変な声が出た。

女が居る事を異常とまで言い切りましたよ、この人。

どう言う事?

「……おいおい、まさか。この帝国の状況を知らずにここにいるのか。それこそ、まさかだろう」

面白い冗談を聞いたとばかりに両手を広げて、薄笑いを浮かべるディーンさんですが、残念ながら状況も何もさっぱり知らない。

フィズさんの方を見ると、困った顔でこちらを見ていた。

その顔を見て、分かってしまった。

ディーンさんは、冗談を言っている訳ではない。

本当に、本気で、それがこの国の常識なのだ。

って、それじゃ、目の前の男たちはどうやって誕生したと言うんだ。

まさかこの世界では、キャベツ畑から赤ん坊を収穫するのか。

それとも、コウノトリさんが運んで来てくれるの。

なんてリリカルファンタジー。

それじゃ、童話の世界だ。

お茶を入れてくれたフィズさんが、席に戻って来る。

温かいお茶を両手で包むとそれだけで、何だかホッとした。

「だが、それももう解決された話だ。後は、ゆっくりと時間をかけて解決していくだけだろう」

「そうだな。だが、それは一筋縄ではいかない。殿下も頭を悩ませている。ところで、話を誤魔化そうとしているのなら無駄だぞ」

軽そうに見えてディーンさんは、フィズさんよりも頭が回るのかもしれない。

本筋を見失わずに、安易に誤魔化されてもくれないようだ。

とは言え、素直に私がここにいる経緯を話せるかと言えば、ノーだ。

フィズさんにすら話せていない事を、今日会ったばかりの人に話せる訳がない。

だいたい、この人フィズさん以上に話が通じない気がする。

何となく。女の勘って言うか、うん。

「あの、一つ聞いても良いですか?」

質問には手を上げて。

「どうぞ」

許可をくれたディーンさんにお礼を言ってから尋ねる。

「あの、私はここに居てはフィズさんの迷惑になりますか?」

本当は聞きたい事はたくさんある。

帝国と言う国の状況とか、女性の位置づけとか。

でも、それは今ここで聞いてはいけない気がした。

後からでも落ち着いた時に聞いた方が良いような、本当にただの勘だったけど。

私の質問には、ディーンさんだけでなくフィズさんも驚いた顔をした。

「何を馬鹿な事を!そんな事はない」

力強い否定に、心から安堵するが問題のディーンさんは驚きを引っ込めるとやっぱり感情の読めない顔をしている。

うーん、苦手だわ、この手の人。

「俺が出て行けって言ったら、出て行くの?」

「いえ、行きませんけど」

即答したら、ガクッと身体が傾いた。

案外、リアクションの大きい人だ。

「私、迷惑になるかどうか、聞いてるんですけど」

何でいきなり出て行くとか言う話になるのか。

出て行く訳ないじゃないですか。

私、ハッキリ言ってこの世界に味方がフィズさんしかいないんですよ。

明らかに迷惑はかけるでしょうけど、それでも恥を忍んでお世話になる気です。

それでも、なるべく迷惑は最低限にしようと言う心意気はあります。

だから、私が想定している迷惑以上に何かあるのなら聞いておきたいだけですよ。

もしかしたら、私が気を付ければ取り除ける迷惑かも知れないし。

そう言った論法に則った質問だったんですが。

あら、嫌だ。

どんな勘違いをしたのかしら。

「あっそう。別に、山に引きこもっている分には大した迷惑にはならねぇんじゃないか。だいたい、君の家族は?そっちの方が問題だろう」

「要は人目につかなければ良い訳ですね。うーん、大丈夫かなぁ。って、それだとさっきの言葉と矛盾しません?」

「人の質問は無視かな、お嬢さん」

「小さい事は気にしないで下さい。もてませんよ。それで、つまりここに私が、女が居る事は異常だけど、他の人に知られなければ居ない事と一緒だから迷惑にもならないって事で良いですか?」

にこやかな顔で飛ばして来た皮肉はさらっと叩き落とさせて貰った。

重要なのは、そこじゃない。

自分なりにまとめた要点には、フィズさんが答えてくれた。

「大雑把にはそう言う事だ。だから、カエは今まで通り過ごせば良い」

フィズさんは優しくそう言ってくれるが、些か疑問が。

「あの、私、今これじゃないですか?大丈夫かなって」

自分のお腹を撫でて最大限、曖昧な言い方で懸念を伝えて見る。

ありがたい事にフィズさんには通じたらしい。

私がただの女の子だったら、引きこもると言うのは有りかもしれない。

しかし、私は妊婦。

あと五か月もすれば、出産が待ち構えている。

この山奥で産むのは、大丈夫だろうか。

いや、色んな場所で出産してしまった体験談は現代日本でも聞いた事がある。

嫌な話だが、追い詰められて風呂場やトイレで産んでしまうと言う事件も聞かない話ではない。

だが、それを自分に置き換えるには不安がある。

出来るなら、お医者さんとか産婆さんとかいる所に行きたいのが正直な所だ。

フィズさんも、黙り込んでしまう。

ディーンさんだけが、話について来ていないがそこは黙殺させて頂く。

束の間、沈黙が下りた時だった。

本当に空気の読めない事に、私のお腹がぐうっと鳴りました。

ええ、寄りにもよってこの重苦しい空気の中で、盛大に。

「……夕食がまだだったな。先に食事にしよう」

ああっ、フィズさんの優しさが痛い。

顔を両手で押さえて悶絶する。

「ち、ちが、今日はちょっとお昼を食べていなくてですね、ああっ、私の馬鹿!」

熱いし、汗まで出て来た。

パタパタと顔を仰いでいるとフィズさんの表情が少し険しくなる。

「昼食を取らなかったのか?」

「え、あぁ、その、色々あって寝ちゃってて」

ちらりとディーンさんを見たのは、他意はなかったのですが、フィズさんは余すところなく汲み取って下さったらしい。

良い旦那さんになれるよ、フィズさん。

ディーンさんの顔が引きつった事なんて、私は知りません。

ざまあみろなんて、思ってませんよ。



夕食は、初めての三人で食卓を囲む事になりました。

えぇ、突然のお客さんにもフィズさんはちゃんとご飯を作ってあげてました。

なんて優しい人なんでしょう!

私だったら自分で何とかしろと思いますね。

殺伐とした食事になるかと思えば、そこはディーンさんも気を使ったらしく、予想外に和やかな食卓になりました。

どうやらフィズさんと仲が良いと言うのはあながち嘘でもないらしい。

迷惑そうな顔ながらフィズさんも、言いたい事を言って楽しそうだった。

やっぱり友人って良いものだなぁ。

あ、ちょっと寂しくなったりしましたが、それは顔には出しませんでした。

「カエ、今日は先に休んでいてくれないか。アイツと話をしておくから」

お皿を洗っていると、フィズさんからそんな事を言われました。

こんな風に食後の事を指示されるのは初めての事です。

私に聞かれたくない話をするのかな、とは思いましたが素直に肯きました。

フィズさんに迷惑はかけられません。

それに、昼間の緊張は身体にも響いていたようで、言われなくてもさっさと休みたい気分でした。

「分かりました。あ、明日の朝はいつもと同じで良いですか?」

「あぁ、無理はしないで良いから」

「はい、大丈夫ですよ。それじゃ、おやすみなさい」

最後のお皿を拭き上げてから、自室に引き上げた。

静かな部屋の隅には、昼に放りだした布団がそのままになっていた。

よいしょっとそれをベッドに放り上げて、一緒に自分の身体も横たえる。

横になってお腹を撫でると、少しだけ張った感覚があった。

あぁ、やっぱり身体は正直だ。

長い緊張感も良くなかったが、長時間床に座っていたのも問題だったかもしれない。

身体を温めて、ゆっくり休もう。

「そうだ、カップ」

また置いて来てしまったかと思ったが、ちゃんと手元にあった。

ころんとした丸っこいカップを持って、何を飲もうか考える。

何が良いかな。

熱いお茶とかかな。

でも寝る前だから、あったかいミルクも良いなぁ。

うん、ホットミルクにしよう。

湧きだして来たミルクは、砂糖が入っているのかほんのり甘い。

あぁ、夜にホットミルクを飲むと、向こうの家に居た頃を思い出す。

仕事のストレスで夜に眠れなくなると、良く旦那さんがホットミルクを淹れてくれた。

たまに、ホットワインだったり、お茶だったりしたけど。

ミルクが一番多かったと思う。

夫婦そろって甘党だったから、私も旦那さんが入れてくれるミルクが大好きだった。

あの静かな夜が懐かしい。

「……どうして」

呟いて、初めて自分が声を出している事に気付いた。

気付いてしまうと、もうその先は呟けなくなった。

震える喉を無理やり宥めるようにミルクを飲む。

寝よう。

さっさと寝て、明日を迎えよう。

大丈夫、朝がくれば新しい一日の始まりだ。

夜に思い出すから、必要以上に感傷的になってしまうのだ。

寝てしまえば、大丈夫。

全部、全部、きっと大丈夫。

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