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17.

馬車は、次の日には修理が完了した。

朝一番で引き渡された馬車は、幌がかかった大きな物だった。

いや、実物を見たのは初めてなので大きく感じるだけかもしれないけど。

観光地とかで走っている姿をテレビでは見た事があるけど、これよりも小さかったような気がする。

テレビだから小さく思えただけかも知れないな。

フィズさんとディーンさんは手際良く荷物を積んでいく。

私がした事と言えば細々とした物を箱に詰めるくらいだ。

しかも、それも馬車の中で自分の寝床を確保しつつだった。

柔らかい布団を降り畳んで隅に敷く。

さすがに広々とフルで敷くスペースはない。

その分、頭の部分を降り畳んで簡易の枕代わりにしておいた。

買って貰ったクッションも壁際に寄せて置く。

揺れて転がってぶつかってもこれで安心。

「おい、こっちも頼む」

「はーい。これ、その箱で良いですか?」

「おう、薬類だから上の方に置いといてくれ」

「了解です」

村での数日でディーンさんともだいぶ打ち解けた気がする。

もともとそんなに構えるタイプの人柄でもないけど。

フィズさんがお父さんタイプだとしたら、ディーンさんはお兄さんタイプだろうか。

弟は居れど兄と言う存在がいないので、何となくの想像でしかない。

「カエ、これも頼む」

「はいはーい」

今度はフィズさんから頼まれた。

何でも言って下さい。

もとい、整理整頓なら任せて下さい。

細々とした荷物の整理をしつつ自画自賛に浸る。

大きな荷物はディーンさんやフィズさんが運び入れてしまう。

出発になると馬車の中は荷物で狭くなった。

でも、積み重なる物はないので頭の方は広々としている。

確かに馬車の中で荷物を積みあげていたら、ちょっとした衝撃で転げ落ちてしまうだろう。

そうなると常時中に居る予定の私がピンチだ。

「良し、乗ったか?」

フィズさんとディーンさんが御者台に座って、私は荷物と一緒に中に収まる。

ちなみに、今回お世話になる馬は栗毛の可愛らしい女の子だ。

ある意味、異世界で初めて出会った同性です。

お喋りが出来ないのは残念だが、今後はゆっくりと交流を深めて行きたい所だ。

「大丈夫です」

御者台の方に声をかけてクッションを抱えて座り直す。

窓の代わりなのか布の部分が切り取られている所から外を眺める。

数日を過ごした村がゆっくりと遠ざかって行く。

ガラガラと重たい車輪の音が蹄のどこか長閑な音と一緒に段々と軽やかになって行く。

「……行って来ます」

なんとなく小さく呟いてみる。

フィズさんの家から出て、この村からも出て行く。

何となく心細い思いが言葉になったのかも知れない。

そんな風にぼんやりと郷愁に浸っている間に、村はやがて曲がりくねった道の先に消えて行った。



馬車の旅は懸念していたよりも、平和に過ぎて行った。

男性陣が気遣ってくれるお陰もある。

小まめな休憩を挟んでくれるので、体調的にもまずまずだ。

最初の村から半日で新しい村にはたどり着いた。

同じ様な規模の小さな村では一泊して、朝には出発する。

そんな風に村から村へと渡り歩く感じで進んでいく。

「この辺りは山が多いから、近い村なら一日も掛らずに着く距離が多い。遠いとひと山越える羽目に歯なるが。逆に、平原などが広がっていると数日単位で距離がある所も珍しくはないな」

「へぇ。車とか電車とかないものねぇ」

しみじみと呟いてしまった。

「くる?なんだソレ?」

「あ、いえ、何でもないです」

ディーンさんが首を傾げるのを見て慌てて自分の言葉を打ち消す。

ちなみに、今の運転、と言って良いのか微妙だけれど手綱を握っているのはフィズさんだ。

ディーンさんは私と一緒に昼ご飯である。

今日のメニューは、パンとハムだ。

ハムはごろっとした固まり肉を毎回ナイフで薄切りにすると言う豪快さで提供されている。

ディーンさんは厚めがお好みらしいので、気持ち多めに切っている。

私は、その半分くらいで十分だ。

「だいぶ食べられるようになったな」

「え、あぁ、そうですね。助かりました」

お腹を撫でながら、頷く。

つわりめいた気持ち悪さは二つ目の村を過ぎた所で、落ち着きを見せ始めた。

今は食欲も戻って来たし、何より味覚が正常になった事がありがたい。

今までは異世界ショックと食材のせいかと思って気にしていなかったのだが、最近になって急にそれぞれの味がハッキリと分かるようになった。

何となく物足りないなぁ、こんな物かなぁと思っていた薄らぼんやりとしていた味が、それぞれの主張を初めて最初は驚いた。

パンも硬いばかりだと思っていたが、ほのかに小麦の甘みがあって香ばしい。

食べる物が楽しみになったのは、嬉しい事だ。

「腹の子は、元気なのか?」

「最近は、動いてるのが良く分かるようにはなりましたね」

ちゃんと成長しているのだろう事が伝わって来ると嬉しい。

お腹はぽっこりと出てきて撫でると形が良く分かる。

「ここから、今度はどこに向かうんですか?」

また次の村かと尋ねてみれば、パンを加えたまま首を横に振る。

どうでも良いけど、パン屑が跳ねてこっちにまで来たましたよ。

そっと摘まんで外に放り投げる。

あとで鳥の餌にでもなるだろう。

「今向かってるのは神殿だ。お前にとっては初めての神殿か?」

「そうですね。どんな所ですか?」

「もともとは小さな神殿だったんだが、今は色々と設備も増えて敷地は広くなったか。お前らんとこに行く前に寄った時には新しい店が出来てたな」

「店?神殿に?」

イメージ的にギリシャの神殿が浮かんでいたのだが、いきなり神社の夜店に取って代わった。

あ、たこ焼き食べたい。

余計な連想のせいで口の中にソースの味が甦る。

今まさに昼食を取っていると言うのに、お腹が鳴りそうだ。

「もうほとんど小さな村みたいな様子だな。あそこは収容人数が少ないからそこまでの規模はないが」

「へぇ、そんな感じなんですね。って言うか、もう村レベルなんだ。凄いな」

人数が多ければ、もっと凄い規模になってるのか、楽しみな様な怖い様な。

「神殿に行けば医者もいるからな。様子を見て貰えれば安心出来るだろう?」

「あぁ、はい。やっとお医者さんに会えるんだ、長かった……」

思わず遠い目をしてしまう。

訳も分からずにこっちの世界にやって来てようやくだ。

「つっても、後もうちょっとかかるがな」

「あ、最近は体調も安定しているので、少しくらい詰めて走って貰って大丈夫ですよ」

「本当か?まぁ、こっちはありがたいが、無理ならすぐに言えよ」

そう言うとディーンさんは、さっさと御者台に戻って行った。

立ち上がった時に膝からこぼれ落ちたパン屑は、小さな箒でかき集めてそのまま外に捨てる。

小まめな掃除も私の仕事です。

しばらく御者台の方で何やら会話が交わされたかと思えば、入れ替わるようにフィズさんがやって来た。

この辺りの流れも、最近は日常になりつつある。

仕事の出来る私は、ちゃんとフィズさんの分の昼食準備も怠っていませんよ。

大した事でもない事を胸中で自慢しつつ、フィズさんにパンとハムを差し出す。

「ありがとう」

「いえいえ。運転、お疲れ様です」

「大した事はしていない。それより、体調は大丈夫か?次の休憩は飛ばすと言われたが」

「ディーンさんに私からお願いしたんです。体調は安定しているので、今のうちに距離を稼いでおかないと」

笑って言い添えるが、フィズさんは心配顔だ。

うーん、やっぱり過保護な所はフィズさんが上だなぁ。

「ちゃんと無理なら声をかけるので、大丈夫です」

「本当に、無理だけはしてくれるなよ」

「はい」

神妙に肯いておく。

少しだけフィズさんの表情が柔らかくなるので、この話題はここで終わりだ。

ディーンさんと一緒の時は、自然と会話が多くなるが、フィズさんとはあまり喋らずに居る事が多い。

あの山の家に居た頃は、私が色んな事を喋っていたがあれは離れていた間の報告がほとんどだった。

今は、ずっと離れずに一緒に居るので話す事がない。

だからと言って気づまりな訳でもなく、のんびりとした時間を楽しむ感じだ。

これは、何となく旦那さんと一緒に居る時の雰囲気に近いかも知れない。

旦那さんと過ごす時間もぽつぽつと会話はするけれど、喋らない時は喋らなかったりもした。

もちろん騒ぐ時は一緒に騒いだりもしたけどね。

「どうした?」

どうやら一人でニヤニヤしてしまったらしい。

慌てて口元を引き締める。

「いえ、ちょっと思い出し笑いを」

変な顔を晒しては不味い。

「楽しい思い出があるのか、良かった」

「そりゃ、ありますよ。恥ずかしくて悶える様な過去もありますが」

慌てて飛び乗った電車の扉に挟まったとか。

会議に資料を持って行った筈が、何故か友人と遊びで書いたポエムになってたとか。

ああああ、恥ずかしい、恥ずかしい。

うっかり思い出してしまった過去を振り払う。

「恥ずかしい……」

笑える例として持ち出した筈が、何故かフィズさんの表情は暗い。

え、もしかしてドン引きましたか。

そんなに引くほどでしたか。

ひっそり傷つくわ。

「もし、何かあれば何でも話してくれ。相談に乗らせて欲しい」

「へ、は、はぁ」

いきなりの申し出に、驚きつつ頷いた。

と言うか、いきなり過ぎて半端な返事しか出来なかった。

どうしたの、フィズさん。

ちょっと笑える話を提供していた筈が、人生相談の趣ですよ。

「その時は、お願いします」

今のところ、思いつく物はないので追々。

もちろん、相談する事なんてないに越したことはないと思うので、出来れば何事もない事を祈ります。

でも、近い内にお世話になる予感もある。

なんたって異世界だ。

何が起こるか分からない。

それからは、フィズさんの食事を手伝いつつのんびりと過ぎた。



神殿が見えて来たのは、次の日の朝になってからだった。

私の中の乏しいイメージでは、神殿と言えばギリシャ神殿のイメージだったが、見えて来たのは田舎の教会みたいな建物だった。

背の高い塔に緑の屋根が青空に映えている。

周りの草原と合わせて何だか牧歌的な景色だ。

心和むと言うか、何かを思い出す。

何だっけ?

えーと、あ、そうだ。

カレンダーだ。

確か、家に飾っているカレンダーの写真がこんな風景だった。

あれは五月のカレンダーだっただろうか。

懐かしく思い出す。

あのカレンダーも今はどうなっているのか。

「もうちょっとで着きますか?」

御者台の方へと首を出すと、フィズさんから苦笑が返された。

あ、生首は駄目でしたか。

布で仕切られているせいで、ちょっとお茶目な恰好になるのはもう諦めて頂きたい。

「見えて来ただけだから、まだ少しかかる。奥で休んでおくと良い」

「そうだぞ。だいたい、見えてからが遠いんだ」

「はーい」

二人から言われて大人しく引っ込んだ。

休んでいろとは言われたが、私はかれこれ休みっぱなしだ。

大人しくしておけと言う事だろうと翻訳して、ガタガタ揺れる馬車に転がらないよう気を付けてクッションを抱え込んだ。

この揺れは、意外と身体に来る。

途中で止まった時でも揺れている気がしてくる。

何度か休憩を挟んで貰ってはいるが、やっぱりダメージは蓄積している物だ。

こう言う時、車って凄いなぁと思う。

普段は気にもしないけど、今の揺れをほとんど感じない車って凄いよね。

あれは、道路整備の良さもあるのかもしれないけど。

この世界にコンクリなんてありはしない。

道路も石畳や素の土そのままな物ばかりだ。

もちろん、細かな石くれも多く散らばっているから良く揺れる。

今もまた何かを乗り越えたように、大きく揺れた。

お腹をクッションで守りつつ、ちょっとだけお尻を浮かせた。

布団の上に座っているとは言え、お尻も痺れたようになって来た。

もうちょっとしたら横になろう。

横になったらなったで、今度は背中が痛くなるので交互に体勢を変えるようにしている。

座ったり、横になったり。

たまに膝立ちになってみたり。

一人でコロコロと動いていると、段々と馬車の動きがゆっくりになって来た。

「カエ、少しの間静かにしておいてくれ」

「はーい」

潜めたフィズさんの声が聞こえて、こちらもひっそりと返事をして定位置に収まる。

念のため、毛布を被って隠れて置く。

そうこうしている内に、馬車は完全に停止した。

「こんにちは、カロナ辺境神殿へようこそ。どう言ったご用件ですか?」

馬車の向こうから、爽やかな青年の声が聞こえる。

声だけで、スポーツ少年が思い浮かぶくらいに爽やかだ。

一目、お顔を拝見したい。

いや、無理だけど。

「あぁ、これを」

ディーンさんが言葉少なに答えている。

たぶん、何かを見せているのだろうなと言った雰囲気だ。

「お仕事お疲れ様です!」

おお、何か敬礼してるっぽい。

そして、ディーンさんってば結構上の立場な人なのかな?

本人の話だけだと良く分からないから、ほんのり驚く。

ちょっとだけ認識を改めよう。

馬車がまた動き出す。

ゆっくりと進んでいた馬車は、しばらく走っていたがまた止まる。

「先に、ちょっと話して来る」

ディーンさんが馬車を離れたようだ。

足音が遠ざかって行く。

今、どこに居るのか。

とても気になるが、こっそり覗くのは怖いので我慢だ。

フィズさんは、御者台の方に居る筈だけど、特に何も言われない。

たぶん、まだじっとしてろって事だろう。

我慢、我慢。

はぁ、早く馬車からおりたいなぁ。


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