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12.

「美味しい」

フィズさんが採って来てくれたのは、スモモに似た果物と林檎だった。

スモモの方は、熟しきっていて手で皮も剥けるくらい柔らかい。

早速、黄色っぽい身に被りつくとじゅわっと果汁が溢れて口元を汚した。

慌てて指で拭うがそれも追いつかないくらいだ。

ねっとりとした甘さが癖になる味だ。

これ、ジャムしたら美味しそう。

小振りながら小さな籠いっぱいに採って来てくれたので、パクパクと続けて三つ食べてしまった。

差し出された布巾で手を拭いて、スモモを食べている間にフィズさんが切ってくれた林檎にも手を伸ばす。

「酸っぱい!」

スモモが甘かったせいか、齧った林檎の酸味の強さに驚いた。

日本で食べた林檎とは全然違う。

硬くて酸味も強い野趣に溢れた味だ。

でも、今はこの酸味が嬉しいかもしれない。

スモモも美味しいけれど、また臭いに当てられた時は、こっちの酸味が助けになりそうだ。

シャクシャクとこちらも四分の一ほど平らげる。

「もう良いのか?」

「はい、ちょっと調子に乗り過ぎたかもなので」

うっぷと軽く込み上げる物があった。

美味しいからと言って無理はいけない。

「あ、でも、また後で食べたいので置いといて下さい」

「分かった」

落ち着いたらちょっとずつ食べよう。

食事を抜いたりするのは、お腹の子にも自分にも悪い事だ。

ふうっと一息ついた所でフィズさんがディーンさんと私の方を見つめている事に気付いた。

何だろう?

首を傾げた所で、フィズさんが苦笑しつつ尋ねる。

「さっきは二人で何を話していたんだ?随分、真剣な顔で話し込んでいたが」

「あぁ!そうでした」

言われて話が途中だった事を思い出す。

果物の美味しさに目が眩んでいた。

「どこまで話しましたっけ?」

隣に座っているディーンさんに聞く。

本当に、どの辺りまで話が進んだのか曖昧だ。

保健体育の授業は一区切りついたと思うので蒸し返す必要はないと言う事だけは覚えている。

「どうやって山を降りるか、までじゃないか?」

私よりもちゃんと話を覚えてくれていたディーンさんに感謝だ。

そうだった、そんな話だった筈。

「私が降りようとしたら半日掛るって事でしたよね」

「そうそう。俺一人じゃ、さすがに心配だし」

「ですよねぇ」

しみじみと肯いている横で、ディーンさんを見れば何だか悪い顔をしている。

何だろう、こっちに向けられていないだけマシだけど。

見られているフィズさんは、眉間に皺が寄っている。

「……ひとつ確認だが」

「はい、何でしょう?」

フィズさんに畏まられるとこっちの背筋も伸びる。

「カエは神殿に行く事に決めたのか?」

ふっと息が止まる。

膝に置いた手を握り締めて、フィズさんを真っ直ぐに見つめ返した。

「はい」

時間をくれと言っておいてのこの所業は自分でもどうかと思うが、結局選択肢なんてあってないような物だ。

ハッキリってついていく事のデメリットも多い。

このままココに居る方が、結局安全なのかも知れない。

でも、私の第一希望は安全な出産だ。

その為にはお医者さんが必要だ。

贅沢言えるなら産婆さんも。

出産は産んで終わりじゃない。

産み終わった後にだって母子共にケアが必要だ。

特に、赤ちゃんに問題があった時には適切な処置が出来る人が欲しい。

その場所にたどり着く為の努力は、私がするべきだろう。

もちろん、赤ちゃんに支障が出ないように気も配らないといけないけれど。

「そうか」

フィズさんが、少しだけ悲しそうな、切なそうな表情を浮かべる。

それは私に向けた物だけど、私だけに向けた物では無い気がした。

「分かった。俺も協力しよう」

「へ?」

ごく普通のテンションで言われた言葉を、うっかり聞き逃した。

余りに自分に都合が良い台詞だったので思い込みが生み出した幻聴かとも疑う。

「カエを保護したのは俺だ。最後まで責任は取る」

「えええ!ちょっと待って、フィズさん!」

「迷惑だろうか?」

「そんな!」

そんな馬鹿な事は絶対にない。

絶対にないけども。

それは、フィズさんに迷惑をかけ過ぎている。

「責任なんて感じなくて良いんですよ。今まで保護してくれて、一緒に暮らしてくれただけでも十分すぎるくらいなのに」

「そうだな。言葉が悪い」

言葉を切ったフィズさんの真っ直ぐな目がとても綺麗だと思った。

誰だ、こんなに素敵な人を真面目な馬鹿だと罵ったのは。

私か。馬鹿は私だ、ごめんなさい。

「君を最後まで守りたい。どうか、仮の家族として傍に居る事を許して欲しい」

「フィズさん」

もう、もうっ!

なんて素敵な人なんだろう。

この世界にいきなり放り出されて、なんでこんな不幸ばかり続くんだろうと思ったりもしたけれど。

フィズさんに逢えた事が私の幸運の全てだったのかもしれない。

「ありがとうございます。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

フィズさんに駆け寄って両手を握り締めた。

深々と頭を下げると大きな手が、ぎゅっと握り返してくれる。

今は何も返せる物はないけれど。

いつかきっと何倍にもしてこの感謝の気持ちを表そう。

「盛り上がっている所悪いけど、俺もいるからね」

水を差す声が届いたが、ここは知らない振りだ。

私は今とても、とても感激しているのだ。

もう少しフィズさんとこの気持ちを分けあって居たい。

「ディーン、手筈としてはどうなっている?」

あ、手が解かれてしまった。

残念だ、もう少し堪能して居たかったのに。

フィズさんはディーンさんと一緒に、何やら難しげな打ち合わせを始めた。

邪魔にならないように、私はテーブルに置かれた残りの林檎に手を伸ばす。

「う、すっぱい……」



結局、二人の話し合いはそれからも長く続いていたようだ。

と言うのは、私がベッドに逆戻りしたからだ。

食べるだけ食べたら、眠気が酷くて堪え切れなくなった。

本当に申し訳ないと謝りつつベッドに横になったら、そのまま意識が飛んだ。

そうして、起きたら夕食の時間も過ぎた真夜中だったと言う、そんなオチ。

駄目だ。

完全に私はお荷物になっている。

これから村を目指そうと言うのに、何と言う事でしょう。

とは言え、これが現実だ。

妊婦の体調は山の天気と同じ様に変わり易い。

その認識を男性陣に認識させる為には良かったのかもしれない。

「……いや、どんな自己弁護だよ」

己の考えに声を出して突っ込む。

無理の効かない身体とは言え努力は必要だ。

眠り過ぎたせいか喉が渇いた。

枕元にあったカップを手探りで引きよせて、お茶を飲む。

喉の渇きが収まると現金な身体は空腹を訴える。

さすがにもうご飯はないだろうけれど、昼間に食べ残した果物がまだあるかも知れない。

長く眠ったせいで眠気は遠い。

少しでも何かお腹に入れた方が、眠気も呼び戻し易いかもしれない。

言うより、単純にお腹が空いた。

日本と違い夜中になると、本当に真っ暗になる。

しばらく待って目が慣れないと部屋の中でも動くのは大変だ。

ぼんやりとカーテンが浮かび上がって来た所で、ベッド脇のローテーブルを探す。

確か、蝋燭の隣にマッチもどきを置いていた筈。

火打石と言うよりは機能的な、それでもマッチと言うほど洗練されていないソレをどう形容してよいか私にも良く分からない。

チョークのような形をした棒を擦って火を起こすのだけれど、これも使いこなすまでには時間がかかった。

今も何度か失敗してようやく蝋燭に火が燈る。

日本に居た頃だったら、この光では何にも出来ないと思っただろう。

今では、眩しいくらいに感じるありがたい光源だ。

折角つけた火を消さないように気を付けて立ち上がる。

扉を空けると当たり前だが、家の中は静まり返っている。

たぶん、フィズさんもディーンさんも寝ているのだろう。

当たり前だ。

フィズさんは、ほとんど太陽と一緒に暮らしている人だ。

太陽が昇れば起きて、沈んだら眠って。

電気のない生活ではそれが当たり前なのだ。

現に、私だって同じ様に生活している。

蝋燭だって無限ではないのだから、極力使わないようにするのが当たり前である。

今日はちょっと無駄遣いだが、許して貰おう。

蝋燭の光があるとは言え、全てが見通せる訳ではないので、壁伝いにゆっくり歩く。

そう広くはない言えなのですぐにリビングに突き当たった。

蝋燭をテーブルに置いて見渡すとすぐに布巾を被せてあったお皿を見つける。

ちゃんと取っておいてくれたらしい。

フィズさんの優しさに感謝して布巾を取ると、明らかに昼間より量が増えていた。

この世界に妖精さんがいないのであれば、フィズさんだろう。

小さく切られた一つを摘まんで口に放り込む。

甘酸っぱさ口中に広がって、すぐにまた次に手が伸びる。

立ったまま数個摘まんでから、ようやく椅子を引いて座った。

ちょっと無心になって食べてしまった。

落ち着こう。

せっかく、採って来てくれたものだ。

ちゃんと味合わなくては勿体ない。

「美味しいねぇ」

お腹のチビちゃんにも、この味が届いていると良い。

果物は酸っぱいけれど、とっても優しい味がする。

ゆっくりと食べたせいか、昼間の様な吐き気もなく綺麗に食べ切れた。

冷蔵庫もない世界では、生の果物の足は早い。

無駄にせずに済んで良かった。

満腹とまではいかないが、空腹も感じなくなったし良い事尽くめだ。

とは言え、すぐに部屋に戻る気にはならずに椅子の上でボーっとする。

フィズさんたちの話はどこまでまとまったのだろう。

すぐにでも出掛けたい様な事は言っていたが、すぐと言うのはいつだろう。

まさか、いきなり明日にはならないだろうと思うけど。

明後日とか?

うーん、色々と買い込んで来た食料とかが無駄になるな。

生来の貧乏性がもたげるが、仕方がないと言い聞かす。

だいたい早く発たないと困るのは私も同じだ。

変な所で産気づくのだけはご免こうむりたい。

ゆれる蝋燭の火を見つめて、膝に置いた自分の手を見下ろす。

もともとそんなに綺麗な手ではなかったけど、ここに来てだいぶ肌が荒れた。

ハンドクリームなんてないし、掃除も洗濯も全て手作業だ。

左手の薬指にはめた指輪に触れると、前よりも緩くなっている気がした。

痩せてしまったのか。

普通は、むしろ太り過ぎを気にしないと行けないのではなかっただろうか。

こちらの食生活は誘惑が少ないので肥満対策的には良いのかもしれないが、栄養的にちょっと不安だ。

食べられる物も自然と限られてしまうし。

細かな傷の多い指輪を付けたままくるくると回してため息を落とす。

旦那さんが選んでくれた指輪だ。

私は、あんまりデザインに拘りはなかったから、値段で決めようとした程度には可愛げのない選択をしたのだけど。

旦那さんの方が、そこに夢を持っていたらしい。

ショップでかなりの時間、悩んで悩みまくって決めてた指輪。

有名なブランドショップではないけれど、職人の一点物が売りの店で作って貰った。

カップと良いそう言うのが好きな人だった。

滑らかなカーブを描くプラチナの指輪。

表に飾りはないが、裏側には結婚記念日の刻印と小さなサファイアが飾られている。

サムシングブルーにあやかった秘密の宝石。

いつだって願ってくれた幸せの証。

「……どうして、私はここにいるのかな」

小さく呟いてみると、何だか無性に泣きたくなった。

きっと両親は心配しているだろう。

捜索願だって出されているかも知れない。

下手したら後追いとか心配されていたりして。

自分の思い付きに笑おうとして笑えない事実だと気付く。

お義父さんも心配を掛けている筈だ。

旦那さんが亡くなって、お葬式を上げた直後にお義父さんは身体を壊して入院してしまった。

心配で、心配で、一緒に暮らそうと言った事もあったけど、笑って断られてしまった。

旦那さんに良く似た、優しいあの笑顔で、でもきっぱりと言われるとごり押しも出来なかった。

あの優しい人に、孫を抱かせると言う希望だけしか持たせられなかった自分が歯がゆかった。

もっと元気になって貰おうと、旦那さんの分も生きて貰おうと、思ったのに。

今、私がいるのは訳の分からない世界だ。

膨らんだお腹を撫でる。

「ぜったいに、帰って、赤ちゃんを抱いて貰わないと」

声に出して誓う。

私は帰るのだ。

無事に赤ちゃんを産んで。もしくは、産む前に。

私の為にも。

私を愛してくれている家族の為にも、ぜったいに。


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