1.
色んなトリップ物がある中で、妊婦さんが主人公の物があっても良いじゃないか!と言う思い付きから生まれました。
書いている本人は、出産経験はないので身近な人たちからの経験談やエッセイなどを参考にしています。
* 一時期、ツイッターに上げていた物のまとめです。更新は不定期になりますが、ある程度は書きためております。 *
「よし、これで最後かな」
段ボールに最後の荷物を詰め込む。
立ち上がって部屋の中を確認すれば、狭い狭いと思っていた我が家の何と広い事か。
からっぽになった部屋には、それでも思い出だけは山とあって吹きこむ寂しさに腕を抱えた。
「辛気臭い、辛気臭い!あー、もう!」
すぐに緩んでしまう涙腺を叱り飛ばして、えいやっとガムテープで蓋をする。
あとはちゃちゃっと掃除をしてしまえば良いだろう。
恋人と同棲を始めて6年。
途中から恋人は旦那さんにレベルアップして。
それから数えて2年。
本当は、もっと別の形でこの部屋とお別れしたかったけど。
ささやかなリビングテーブルに置いたフォトスタンドを手に取る。
やわらかな木製のスタンドの中では、人を置いてあっさり天国に行ってしまった薄情な旦那さんの笑顔。
本当に平和でのんきな笑顔に、寂しいやら脱力するやら。
大学で同じサークルに所属していた旦那さんは、出会いから何だかのんきだった。
こちらは、構内一厳しいという教授の講義に遅れそうになって鬼の形相でダッシュしていたのに。
同じ講義を受けている筈の旦那さんは、のんびり日向ぼっこしている猫と遊んでいた。
猫缶片手に、それはもう平和な笑顔で。
イラッとしたのは、決して私の性格が悪かったせいではない。
その場で叱り飛ばして、講義室まで引っ張って行きましたよ。
えぇ、きっと猫は逃げました。
それからは、ずっとそんな感じの付き合いだった。
基本的に物事はサクサク進めたいタイプの私と何事もゆったり暢気な旦那さん。
正反対過ぎて逆に噛みあったのか。
気付けばサークル内で公認カップルになり、同棲なんかも始めちゃって、とんとん拍子に結婚までいきました。
仲間内では早い方の結婚だった。
ぜったいに行き遅れる側だと思っていたので、たぶん私を含めて友人連中はみんな驚いた。
二次会では遠慮なく言われたしね。
みんな気の置けない良い友人たちです。
のほほんとした旦那さんとの結婚生活は、幸せだった。
まぁ、私の短気でケンカもしたけれど。
基本的に、私が当り散らしていただけですが、うん。
好きだったし、大事だったし。
普通に幸せだったから、普通に続いて行くものだと思ってた。
そんな傲慢さが鼻についたのか、あっさり取り上げられました。
神様って、本当に……。
交通事故です。
飛び出した子どもを庇っての事故で、半月の入院生活。
何度も期待して、何度も裏切られた。
一時期は会話も出来る位、回復したのに。
容態が急変とか何とか言われて、昏睡状態に入ってしまって、そのまま。
そんな流れでした。
ちなみに私、事故の数日前に、おめでたが分かったばかりでした。
お父さんだね、お母さんだね。
そう二人で喜んで、ささやかなお祝いをして。
次の日に旦那さんから、サプライズでプレゼントを貰ったりなんかして。
まさかのプレゼントが遺品になるなんて、これが本当のサプライズでしたよ。
なんて嬉しくないサプライズだろう。
写真を置いて、そのプレゼントを手に取る。
木をくりぬいて作った木製のカップだ。
北欧で造られた手作りの一点モノらしい。
滑らかな木肌のぬくもりが優しくて、ころんとしたフォルムが可愛らしい。
プレゼントされると幸運を呼び込むと言われているから、と贈ってくれた。
カップの側面には、K・Kの焼印。
Kaede・Kusano ― 草野 楓。
私の名前だ。
世界に1個だけの、私だけの幸運のカップ。
辛気臭い気持ちなんて拭い去ってしまおう。
こんな時は、あったかい飲み物が一番。
引越し準備で、ほとんど片付けてしまったけれど、まだ残しておいてある物もある。
スティックタイプの使い切りインスタントってとっても便利。
甘い物が飲みたい気分だったので、レモネードを選んだ。
甘い匂いが湯気と共に立ち上る。
うん、良い匂い。
日当たりの良い窓辺に座って、一口すする。
ほっと息を吐く。
あー癒される。
見上げれば青い空。
風も冷え込んで来た今の時期、お日様のぽかぽか具合は眠気を誘う。
ちょっとだけ。
10分だけ横になっても罰は当たらない。
朝からの引っ越し疲れもあって、ついついそんな事を思ってしまった。
眠らなければ良かった。
そんな事を後で思うなんて、今の私は知らない。
だから、素直に眠気に身を任せてしまった。
あーあ。
気持ち良く目覚めました。
寝起きは悪くない方です。
だけど、これはいったいどう言うアレですか。
殺風景なベランダが見える筈だったのに、起きたら山とは。
山?森?
取敢えず斜面に木がいっぱいあったので山と認定。
ちなみに実家は、ほどよく田舎の為、小さい頃は山遊びとかしてました。
「いや、そんな事はどうでも良いや」
まだ半分眠っている頭を振って、どうにか起き上る。
ふと手元を見れば、カップを持ったままだった。
包み込むように持ちなおせば、ほのかな温もりとレモネードの香り。
夢じゃない。
現実の続きだ。
遅れてやって来た衝撃に、茫然と辺りを見回す。
見えるのは木と岩と土、葉っぱ。
見事な山の光景だ。
どう言う事だ。
問いかけたいが、聞ける人がいない。
無意識にお腹に手をやって、息を吸う。
落ち着け、ひとまず落ち着け。
こう言った時にパニックになるのが一番危険だ。
冷静に、冷静に行動しよう。
まず、このままココにいても危ない。
出来れば、人のいる場所まで。
無理でも山から降りなければ。
今は明るいから、って言うか今は昼なの?
見上げた空には、木々の隙間からどうにか青い色が覗く程度だ。
たぶん、昼間だろう。
このままココで夜を待っても危ないだけだ。
自分の現在地も分からないし、方角も分からない。
ひとまず、上ろう。
もし、見晴らしの良い所まで出られたら何か分かるかも知れない。
それに昔見たテレビで、山で遭難した時は頂上を目指した方が良いと言っていた気がする。
気がするだけだけど。
この判断が正解かどうかなんて分からない。
けど、動かないと。
ごつごつとした岩を避けるようにして歩き出す。
「痛っ」
そうでした、裸足でした。
踏み出す度に、小石やら小枝やらが刺さって来る。
うう、どんな拷問ですか。
泣きごとなんて言ってられない。
言ってられないが、泣きたい。
ともかく、なるべく柔らかそうな場所を選びながらゆっくりと上を目指す事にした。
お付き合い頂きまして、ありがとうございます♪
諸先輩方で妊娠・出産にまつわるほのぼのエピソードがありましたら感想欄からお寄せ頂けると嬉しいです。
小説の参考という名目で、私がほのぼのしたいだけです!