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STAGE.9 転生者がまた一人!?



「興味深い動画が撮れたぞ」


と、前回の訪問からきっちり1ヵ月後に藤堂家を訪れた瀧河恭一郎。

今ではすっかり両親公認、姉弟も微笑ましく見守ってくれる間柄……と見せかけることに慣れてきた二人は、この日も早々に部屋に引っ込んで作戦会議と洒落込んだ。

恭一郎はバッグからタブレットを取り出して起動させ、そして興味深そうに見つめる瑠架を来い来いと手で呼びつける。


「これを見てみろ」

「うん?」


見せられた画像は、5,6歳くらいの小さな女の子が、40代いくかいかないかという年代の男性に抱き上げられている写真。

女の子の顔に見覚えはないが、男性の顔には充分見覚えがあった瑠架は、あっと小さく声を上げた。


(これ、もしかして四条ゆりあ……?)


CM披露パーティの際に見た四条家当主は、その時の威厳も忌々しさの欠片もないデレデレな表情で、女の子に頬を摺り寄せている。

この写真だけ見れば親バカ全開のマイホームパパだと見えなくもないが、彼の『正妻』との間に娘はいない。

では親戚の子という仮説はどうか?

無理やり成り立たせられないこともないが、その仮説よりも名家の間でまことしやかに囁かれる『愛人の子』説の方が遥かに有力だろう。

そしてそのことは、恭一郎がわざわざこの画像を瑠架に見せたことによって裏づけされた。



「…………これが……ヒロイン」

「ああ。四条ゆりあ……現在はまだ母親の姓を名乗っているから『大野ゆりあ』だが」

「予想通り、設定と違ってデレデレみたいだね」

「らしいな。これじゃ公然の秘密と言われるのもよくわかる。本人に隠すつもりが全くないんだからな」


ゲーム上でのゆりあは、父の愛情を受けてはいなかった。

愛し、守ってくれた実の母親が亡くなり、認知だけしていた父親に引き取られることになるが、正妻にはいじめられ、義兄弟達には疎まれ、実の父親にさえ駒としか見てもらえなかった可哀想な悲劇のヒロインだ。

だがこの愛され具合はどうだろう。

これが演技だとしたら、四条の当主は会社役員よりも役者の方が向いているに違いない。

一枚の写真からそこまでわかるように、実にわかりやすく彼は娘を溺愛しているようだ。


「これだけ溺愛してるんなら、早々に引き取りたいとか話が進んでるって可能性もあるんじゃない?」

「可能性はある。ただ……俺が気になるのはそこじゃない」


言って、今度は動画を呼び出してトンとタップする。



『ごめんな、ゆりあ。すぐにでも月城学園の編入試験を受けさせてやりたいんだが、お前の母さんが反対していてな。だがまだ方法はあるはずだ。諦めずに待ってるんだぞ、パパがどうにかしてやるからな』

『……ありがとう、パパ。でもあんまりママを怒らないであげて?』

『わかったよ、ゆりあは優しい子だな。あの藤堂社長の我侭娘とは大違いだ。……全く、ゆりあの方がイメージに相応しいっていうのに、親子揃って我侭とは救いようがない』


藤堂の一族は一宮のバックアップを得たことで調子に乗っているだとか、

親が親なら娘も娘であつかましいとか、

そんな父親の愚痴を、小学校1年になったばかりの娘はきょとんと首を傾げながら聞いている。


『その【藤堂】って人たちは、パパのテキなの?』

『いいや。敵ってほどじゃない。四条に比べれば藤堂家など小さなものだ。ただな……あのCM以降、一宮の御曹司と藤堂の上の娘は仲がいいらしい』

『…………一宮のおんぞうしって、あのCMの男の子?』

『ああ。遥斗君というんだ』

『へぇ、そうなんだ』


ふいっと視線をそらしたゆりあ。

その顔のアップになったところで、恭一郎は不意に映像を止めた。



「なに、どしたの?」

「ここだ。もう一回リプレイするからよーく見てろ」



『へぇ、そうなんだ』


そう呟くように言った後、ゆりあの小さな唇が何度か動いて声にならない言葉を形作った。

もう一回、と強請る瑠架に応じて恭一郎は今度はスローで映像を再生する。


(い、ま、あ、え、お……違う。これって……)


「『いまだけよ』……って言ってる?」

「ああ、俺もそう思った。で、だ。この言葉の意味は何だと思う?」

「今だけ?って、ハル君と瑠璃ねぇのことだよね。えっと」


ゲームのシナリオでは、攻略対象の一宮遥斗とライバルの藤堂瑠璃は政略的な出会いを果たす。

そして最も身近な異性ということで意識し始め、惹かれあっていくものの途中から我侭な我が出てきた瑠璃に、遥斗の心が徐々に離れていく。

二人が心底仲良くしていたのは、子供の頃だけという設定だ。


(彼女がそのことを言ってるんだとしたら、これってもう確定だよね?)


四条の当主は、「あのCM以来仲がいい」としか言っていない。

なのにゆりあは、『今だけよ』と声に出さずに呟いている。

たった6歳の子供が呟くには不釣合いなその言葉で、瑠架は確信を持った。


「大野ゆりあは転生者、しかもゲーム攻略の記憶持ちってことで確定かな?」

「だな。まぁこの世界に俺とお前だけだと考える方が異質だ。表には出していないが、他にもまだいるかもしれない」

「そうだね。ただ、ヒロインが転生者ってことになるとちょっと面倒かも。少なくともハル君のシナリオは知ってるみたいだし」

「まぁな。何を狙ってるのか確認しておきたいところだが、現状は監視するくらいしかできそうにない」


シナリオ上深く関わってこない一般市民や生徒が転生者だったならまだよかった。

だがよりにもよって『世界の中心』であるヒロインが転生者である可能性がでてきた。

もし彼女が、このゲームをやりこんだプレイヤーだったなら?

各攻略対象の攻略条件すべてを知った上で、攻略に乗り出してきたらどうなる?


と、そこまで考えて瑠架はハッと息を呑んだ。


「……どうしよう、今のままの瑠維ならすぐ攻略されちゃう」

「…………真っ先に思いつくのがそこか」

「え、でもハル君のこと気にしてるんなら瑠璃ねぇが狙われちゃうかな?よくあるよね?ライバルがそれっぽくないから、それじゃ罠張って陥れちゃえ、って」

「姉弟想いなのはいいことだが……俺も攻略対象だって忘れてないか?」

「あ」


そうだった、と恭一郎に視線を向けた瑠架は、数秒そのままじっと見詰め合ってから「あ、うん。大丈夫」と納得した。


「恭一郎君がロリコンじゃなきゃ多分平気でしょ。なんと言っても転生者なんだし」

「………………もういい」

「うん?」


妙に疲れた表情で項垂れた恭一郎を前に、瑠架はゆりあがそうしたようにきょとんとした表情で首を傾げた。




(そういえば、月城学園に入るつもりだって言ってたけど……)


ゆりあが現在通うのは学区内にある公立小学校だ。

もし彼女が前世の記憶を完全に持って転生しているなら、授業を受けずとも他の生徒に教えられるほどのレベルはあるはずだ。少なくとも、現段階では。


とはいえ、月城学園に編入するには並大抵の実力では到底無理だ。

学力のみならず、詳細な身元調査がされ、面接をクリアし、ある一定の基準を超えていると判断された者のみが編入を許される、そこに家柄だの寄付金の額だのという利害は一切絡まない。

つまり、ゆりあが早々に編入したいと望むなら、それだけの実力を身につけなければならないということだ。


(彼女が転生者なら、当然パラメータを上げようとしてくるはず)


ゲームでは、ヒロインはいくつかのパラメータを上げながら攻略対象達と接していく。

会話や行動などでの選択肢も好感度を上下させるが、彼女が持つパラメータが一定以上でないとイベントが起きないという設定もある。

ざっくり大きくわけると、学力、体力、流行、芸術、女子力の5つだ。

隠しキャラ以外の5人の攻略対象は、このパラメーターの数値によってヒロインへの好感度を上下させる、というわけだ。

それぞれのパラメーターは、下過ぎても上過ぎてもイベントが起きない。

つまり、彼女がどのパラメーターを上げるかによって誰を狙っているのかがわかるのだ。


例えば瑠架の大事な弟である瑠維は、『女子力』を重視する。

女の子らしい気遣いや優しさ、家庭的な面などが彼を攻略するキーとなるのだ。

現段階瑠架に近い位置にいる瀧河恭一郎は『芸術』を、従兄である一宮遥斗は『流行』を。

まだ出会っていない二人がそれぞれ『学力』と『体力』を重視するキャラ、ということになる。



「ライバルとして登場した瑠璃も瑠架も、そんなにスペックが高いようには見えなかった。まぁヒロインの当て馬として出るんだし、当然かもしれないけどね」

「まぁ確かに……ヒロインをいじめてる姿は頭が軽そうだったが」

「でね、ヒロインが逆ハー狙いなら当然パラメータを上げてくるはず。だからこっちもそれに負けないくらいハイスペックになっておいて、いつヒロインが編入してきてもいいようにしないと」


例えば教師からの信頼度、例えばずっと持ち上がりで周囲にいるだろう同級生との交友関係、当然家族との交流はおろそかにせず、親類や従兄、現時点では共犯者である瀧河恭一郎との関係性にも気を配る。

悪い噂をたてないように振舞い、ヒロインがどの攻略対象を選んでも足元をすくわれないように。

なんとしても藤堂家におけるバッドエンドだけは避ける、これが瑠架の当面の目標だ。


「そこで、恋愛面で張り合うと言い出さないあたりがお前らしいな」


恭一郎は幼い顔立ちに不似合いな苦笑いを浮かべ、協力しようと深く頷いた。




その翌月から、瑠架は恭一郎の勧めでダンススクールに通うことになった。

レッスンは基本週1回、社交ダンスからフラメンコ、タップダンスやフラダンス、果ては学生向けのフォークダンスまで、ダンスの名のつくものを幅広く教えているというその教室には、身分や年齢関係なく多くの生徒が集っているらしい。


月城学園でも授業でダンスの時間はあるが、社交界に出て恥をかかない程度の内容だという。

藤堂家も瀧河家もそれなりに名門で、かつ超一流の名家が後ろ盾にいる。

今はまだ幼いが、社交を求められる年齢になってから学んでいては後れを取ってしまう、というわけだ。


瑠架が学ぶのは、スタンダードと呼ばれる社交ダンス。

内容もワルツに始まりタンゴ、スローフォックストロット、ウィンナワルツ、クイックステップと幅広い。



「え、と……どうしてこうなったんだっけ?」

「今更だな」


瑠架と同じ年頃の生徒は恭一郎しかいないため、必然的に毎回ペアは固定される。

小さな子供二人が踊っているのを、教師をはじめ周囲の大人達は微笑ましく見守っているというスタンスのようだ。


「お前が言ったんだろう、スペックを上げなきゃいけないと」

「それはそうだけど」

「ダンスの効果は『芸術』だけじゃない。わかると思うが運動神経も鍛えられるしマナーも問われる。それにここはインターナショナルが売りだから、語学も学べるというわけだ。ゲームのようにボタンを押せば勝手にパラメータが上がるわけじゃないんだぞ?」


ゲームじゃないんだと言われ、瑠架はハッと顔を上げる。

しばらく前からずっと引っかかっていたことの答えが見つかりそうで、だがまだ形にならなくて。

じっと視線を向けていたら、恭一郎の瞳がすぅっと細まった。


「それに、俺と交流する時間もこうして持てるだろう?いいこと尽くしじゃないか」

「…………なんかまた嵌められた気がする」

「気のせいだろ」


しれっと言ってのける7歳の共犯者に、5歳の瑠架は溜息で応えるしかできなかった。




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