STAGE.7 協力者ができました
藤堂瑠架は現在5歳。
一般の幼稚園とは一線を画す特殊な教育の関係上、3歳が年少、4歳が年中、そして5,6歳が年長と分けられた附属幼稚園において年長クラスに所属する、今のところごくごく普通のスペックを持つ幼稚園児だ。
この時点で彼女が接近遭遇した攻略対象は、藤堂瑠維、ヴィオル・アルビオレ、一宮遥斗、瀧河恭一郎の4人。
残る攻略対象は2人、どちらも四条家に縁の深い人物だ。
現時点でまだ全員子供であり、一番年上のヴィオルでさえも高校1年生なのだから、攻略云々は考えず過ごしても恐らく問題はない。
関わりのできてしまった一宮遥斗に関してはひとまず瑠璃との関係を見守っていく、そして家族愛で苦しむ瑠維には恋愛の兆候が見られるまでは普段通り接する。
彼女はそう心に決め、ただひとつ
(瀧河恭一郎にはできる限り関わらない!)
そう決意を固めた。
のだが。
(うわ、また来た!)
彼女が前世から知っている、この世界でも有名なジャパニーズホラー映画のテーマソングが『キッズか』と誰かさんにバカにされた携帯から流れる。
この携帯に入っている連絡先は両親と瑠維、世話役達と念のために設定された警察本部直通の電話、そして無理やり入れられた瀧河恭一郎のもの、それだけだ。
『家族』『警察』とそれぞれカテゴリ別に着信音を変えている瑠架が恭一郎専用に設定したのがこれ、『きっと来る』と延々繰り返すこのテーマソングだった。
思わず「また来た」と言いたくなるほど、彼からの連絡は多い。
とはいえあのパーティ以来突っ込んだ話をするでもなく、同じ学年にいる瑠璃の話をしたり授業が単調すぎてつまらないという愚痴を言ったり、そうやってまったりとした会話に満足すると通話が切れる。
すぐにでもこの世界についての話を分かち合いたかった瑠架としては、拍子抜けもいいところだ。
この日もありきたりの会話を続け、じゃあなといつものように通話が切られそうになった時
瑠架はたまらず、「ねぇ」と声を上げた。
「この前のこと話したいんだけど……逢う時間、とれない?」
「…………随分遅かったな」
「え?」
ここで彼女は気づいた。
彼がずっと、その言葉を待っていたということに。
(は、嵌められた……っ)
「何も関係のない相手なら、転生者ですか、僕もなんです!で終わらせても良かったんだけどな」
「ソレモソウデスネ」
力一杯関係者だもんね、と瑠架は自室のソファに体を沈ませながらがっくりと項垂れた。
『学校じゃゆっくり話もできないだろ?だから用事を作ってそっちに行く』
と宣言した恭一郎が藤堂家を訪れたのが、その週末のこと。
開店以来長蛇の列ができるほどになったエトワールカフェ一号店、とはいえ場所がホテルの中ということで列ができては他の客に影響があるだろう、ということでその対策を練るためにオーナー自ら休み返上で相談に来た、というのが恭一郎の言う『用事』であるらしい。
といっても、まだ7歳である彼が直接父に進言したわけでは勿論ない。
彼はただ、評判のカフェを見に行きたいとおねだりして父に長蛇の列を見せただけだ。
そして、問題点に気づいて藤堂家に行くと告げた父に、「ぼく、パーティで会ったあの子とお話したいな」とお願いしただけだ。
(ああ、だからかー。あのなまあったかい空気)
家族同士の挨拶もそこそこに、大人達は打ち合わせの席に移動した。
普段誰かが家族で遊びに来た時は、瑠璃や瑠維も一緒に『子供達だけで』と大部屋に入れられるのが普通だが、この日は何故か瑠架と恭一郎だけで自室に追いやられてしまった。
そのシチュエーションはまるで、あのCM製作打ち合わせの日に四条家当主が『家柄もつり合うし、あわよくば』と企んだこととほぼ同じ。
「これって強制お見合いって言わない?」
「だがその気遣いのお陰で、こうして邪魔されずに話ができるんだぞ」
ということで、話は「何の関係もない相手なら」に戻る。
諦めて事情を聞くと、瀧河恭一郎は変わった子供だったようだ。
赤ん坊の頃は普通の子と同様によく泣き、ぱたぱたと手足を動かしたりぐずったりと、なんら目立ったことのない様子を見せていた彼は、しかし2歳を過ぎた頃から途端に大人びた。
「ぱー、まー」と呼んでいた両親のことを「おとうさま、おかあさま」と呼び、好き嫌いをしなくなり、付き合いのある家の子供達とも遊ばなくなった。
周囲の人々と適当に距離を置き、口数も少なくなり、外出が減ったかわりに家にあった大量の蔵書を読み漁り、時折何かを考えるように遠い目をしたりする。
そんな息子を、両親はすっかり扱いあぐねてしまった。
だがいくら扱い難くても彼はこの家を継ぐべき跡取りだ。
教育を放棄することもできず、むしろ早々に才能を開花させた天才児だと考え直した彼らは、恭一郎の望むままに最高の教育を受けさせることにしたのである。
本が欲しいと聞けば買い与え、習い事がしたいと聞けば教師を派遣し、身体を動かしたいと聞けばスポーツクラブを貸し切った。
傍から見れば親ばかでしかない行動だが、それでも恭一郎にとってはありがたかった。
彼は知りたいと願ったことを知る権利が与えられ、今では7歳にして家の使用人をある程度動かせるまでになったのだから、普通の子供であれば異常な成長速度だと言ってもいい。
幸い、彼は『普通の子供』ではなかったが。
「じゃあ、2歳の時に記憶が戻ったってこと?」
「ああ。母がやってた乙女ゲームを見せられた時にな」
「……おば様、乙女ゲームなんてやるんだ……」
しかも子供の前でプレイするというのだから、余程好きなのかそれとも子供だからわからないと思ったのか。
瑠架の場合は、月城学園のパンフレットを見た瞬間だったのだから、何がきっかけになるのかわからないものだ。
(本当、まさか私以外にも転生者がいたなんて。でもこれで婚約云々は解決かな?)
このままいけば瑠璃と遥斗が近い将来婚約するのは恐らく間違いない。
問題は、そこに瀧河家の横槍が入ること、そして瑠璃の婚約を知った瀧河サイドがターゲットを瑠架にチェンジすること。
これがなくなれば、瀧河恭一郎に限って言うならシナリオががらりと変わる。
なにしろ噛ませ犬の存在がいなくなるのだ、それは即ち恋の盛り上げ役が不在であることを意味する。
「恋なんて、所詮は脳内物質のもたらす錯覚だ。それを覆したいんなら本気で俺を惚れさせてもらわないとな」
「……あ、その台詞って瀧河ルートに入る前の分岐のやつだよね?」
「ああ。皮肉にも、全部覚えているからな。それに対するヒロインの受け答えも、分岐後の細かいイベントも、全部」
「うわぁ。中の人も大変なんだねぇ」
「中の人って言うな。着ぐるみ着せられてる気分になる」
その言葉に、瑠架の脳内で『ゲームの瀧河恭一郎の着ぐるみを着た青年がポーズを取るシーン』が再生され、思わず紅茶を噴き出しそうになる。
(アニメのミュージカルとかでそういうのあるよね!そっか、声優さんってそういうイベントの声も録音しないといけないんだっけ)
前世の彼は『中の人』……つまり、乙女ゲーム【キミボク】で瀧河恭一郎の声をあてていた声優だった。
どうやらかなり入れ込んでいた作品であったらしく、恭一郎が絡む全てのイベントの台詞を覚え、それによって周囲の台詞がどう返るとか、シーンがどう切り替わるとか、そういったことまで記憶していたようだ。
2歳でそのことを思い出した彼は、自分がこの世界にいる意味を考えると恐ろしくなり、必死に世界についての情報を得ようと本を読み漁った、ということだ。
「ゲームじゃ、婚約の申し込みをするのは俺が中等科に入ってからだったな?姉貴の婚約時期はどうなんだ?」
「ん、っと……確か瀧河家の申し込みの少し前だったはず。元々惹かれ合ってた二人だから周囲の抵抗もなかったって設定だったと思う。ただ、それを境にして藤堂瑠璃の独占欲が爆発しちゃうんだけど」
「なるほど。で、それを知らずに申し込みをして断られた瀧河家が、瑠架に指名を変更するってわけか」
「そうそう。そのことがあったから、最後まで『おさがり』って嫌味言われ続けるんだよねー」
だが瑠架は思う。
姉に与えられるはずだった婚約者、それが妹に回ってきたのだから本当の意味での『おさがり』は瀧河ではないのか、と。
彼はそれがわかっていて、だからこそそれを認めたくなくて瑠架を皮肉ったのではないのかと。
(プライド高そうだったし、認めたくなかったのかもしれない。だから彼は、瑠架を拒んだんだね)
瑠架に惹かれていたのかどうか、それはゲーム上では明かされない。
だがもしかすると、『おさがり』であると認めたくないが故に彼女の想いを受け入れられなかったのではないだろうか。
彼女を見下し、拒絶することで、『おさがり』としてじゃない自分を保っていたのかもしれない。
「まぁ現段階、俺はお前の姉と一宮遥斗の仲の良さを知ってるからな。わざわざゲーム通りに婚約申し込みを進めたりはしないさ。そうすれば『おさがり』問題も解決だろ?」
「うん、そうだね。じゃあ現段階で危うい要素は瑠維くらいかな。瑠璃ねぇの場合、ハル君を独占したいとか言い出さなきゃいいわけだし」
瑠維は純粋すぎるほど純粋培養されて育っている所為か、今のところ家族や周囲との関係に翳りは全くない。
このまま育てばゲーム通りの『癒し系』になるだろうし、家族仲も良好なのだからさほど心配する必要もない、のだが。
ゲームでのキャラ設定通りだからこそ、ヒロインに出会って瞬く間に攻略されてしまわないか……双子の姉として瑠架にはその点だけが心配で仕方がなかった。
瑠璃に関しては、遥斗と上手く行っていれば恐らく大きな問題は起こらないはずだ。
あとは彼女が妙な独占欲を剥き出しにさえしなければ、遥斗の心が彼女から離れていってしまうこともないだろう。
「あとは、私が高飛車お嬢様になんなきゃいいわけだけど……」
「お前の場合は心配ないだろ。だってほぼ別人のようなものなんだし」
「それはそうだけど」
俯き気味に視線をそらした瑠架。
その艶やかな黒髪に恭一郎の手が伸びたところで、遠くから「帰るわよー」という母の声が聞こえ、彼は何事もなかったかのように手を引いた。
(これは同情か?それとも憐憫か?それとも…………いや)
まだ、答えを出す時期じゃないだろう、と彼は思考を打ち切った。