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STAGE.6 ロックオンされたみたいです



瀧河恭一郎たきがわ きょういちろう】と名乗ったその少年は、登場時17歳。つまり瑠璃と同い年だ。

現在は7歳……瑠架が知りたがっていた瑠璃と同じ初等科1年にいるかもしれない攻略対象というのが、彼のことだった。

結局、クラス名簿を入手するまでもなく彼の口から瑠璃を見知っていると告げられたため、彼もまた月城学園初等科に通っているのだとわかったのだが、所属クラスは違うらしい。


幼稚園ではランダムに決められるクラスも、初等科以降は成績順で決まる。

学年を通したトータルの成績に素行や教師評価を加減し、AからJまでの10クラスに分けられる。

瑠璃は現在1年B組、恭一郎はA組だという。


(よりにもよって【ドS】担当に逢っちゃったか……ヤンデレとどっちがマシかな)


恭一郎の担当は【ドS】

【鬼畜眼鏡】と言い換えてもいいが、どちらにしても好き嫌いが分かれるタイプだ。

彼はとにかくツンデレ担当やヤンデレ担当をぶっちぎりで抜いて、ヒロインを泣かせるダントツトップなキャラであり、周囲の人間相手にも容赦なくその鬼畜さを発揮する。

彼を攻略する際は、その鬼畜さに負けずに突っかかっていくほどのメンタルの強い選択肢をしなければ、速攻で興味をなくされてしまう。

ワンコのように従順なだけではダメ、ただ泣くだけでもダメ、甘えて取り縋ったりしたら一気に好感度が下がって、それ以降の攻略が難しくなる。


そして、彼にとってのNGワード……絶対に選んではいけない選択肢が、『藤堂姉妹』に関するものだ。


【瀧河家】は【久遠家】の分家にあたる。

【久遠】は元々【九堂】と書いていたらしく、【一宮】【四条】のように数字が入っている名家のひとつだ。

その分家ということで、家柄のランクがつり合う藤堂家に縁組の話が持ち込まれる。

それが、恭一郎が中等科に進学した頃のこと。

当初瑠璃に対し申し込まれた婚約は、しかしちょうど時期的に長女の瑠璃と一宮家の遥斗が婚約を交わした後ということで、縁組の相手は瑠架へと変更される。

つまり、恭一郎にとっても瀧河家にとっても『藤堂瑠架』との婚約は本意なものではなかった、ということだ。


彼自身、ことあるごとにそれをネタにして瑠架を弄り倒しているが、その実かなりプライドの高い彼は姉の瑠璃を得られなかったこと、よりにもよって彼女の婚約相手が一宮家の跡取りであること、自分はその残り物を婚約者にしてしまったことなどをずっと気にしており、その種のことを言われると即座に好感度メーターがマイナスへと振り切れてしまうのだ。

故に、彼との婚約関係を振りかざして高飛車に振舞う瑠架に対しても、彼の好感度は地を這っている。


が、瑠架は恭一郎に一目惚れしてずっと想い続けていたらしい。

ヒロインが瀧河恭一郎ルートに入ると、瑠架は許婚という実に頼りない肩書きを引っさげて、ライバルとしてヒロインの前に立ち塞がってくる。

当初、瑠架を構う素振りを見せていた恭一郎はしかし、本音ではからかい甲斐のある一途なゆりあに惹かれていっていて、瑠架はその嫉妬心をあおるためだけに利用しつくされた挙句、


(うっわー…………思い出したくなかった……)


最後は、どの攻略対象よりも酷い扱いが待っている。

彼とヒロインとのハッピーエンドの裏側では、瑠架は『ないことないこと』でっちあげられた悪事の数々の責任を全て負わされ、全校生徒のみならず教師陣やその保護者にまで白い目で見られた挙句、姉弟揃って学園から永久追放されてしまう。

更に両親の事業にもどこかから圧力がかけられてあっさり倒産、両親は失意のまま無理心中を図ったものの、どうにか生き残った瑠架は路上生活へと身をやつしてフェイドアウト。

ヒロインの目線でゲームをプレイしている中で藤堂瑠架という悪役をどれだけ嫌っていたとしても、思わず「ないわー、これはないわー」と言いたくなるほどの鬼畜仕様な末路となっている。


ヒロインが彼のルートに進むのには「どうぞどうぞ」という気持ちだが、自分としては関わりたくない。

瑠架の現在の内心はそんなところだ。



「ねぇ、だれかといっしょじゃないの?」

「このホテルのオーナーはうちなんだ。だから父もあっちで接待してる」

「このホテルって……ああ、そっか」


(瀧河グループのホテルでエトワール出店かぁ……うちと知り合うきっかけってそれだったんだ)


家柄が合って同じ年代の子供がいるだけなら、他にもたくさん候補はあるはずだ。

そんな中からどうして藤堂家が選ばれたか……そのきっかけにエトワール一号店の出店事情があるのなら。瀧河家から見て藤堂家の成長が期待できそうだったから、業務提携のついでに縁を結んでしまおうと考えてもおかしくはない。


実際、瀧河家から婚約の話が持ち込まれるのはまだ6年ほど先の話だ。

この機に業務提携の話が出たのなら、ちょうどその頃は互いの信頼関係も築かれていることだろう。

ゲームでは小難しいことは語られず事実として婚約話が出てくるくらいだが、現実として考えたらそのくらいの裏話があって当然だ。



(え……あれ?今なんか引っかかったんだけど……)


それが何だったのか、具体的に考えてみようとしても思い浮かんでこない。


そのまま考え込みながら過ごすことしばし、準備ができたらしいステージ上がパッと明るくなった。

司会らしき人物が中央に出てきて、次々と関係者が壇上に呼ばれていく。

ステージの端から、衣装を身に纏った瑠璃と遥斗も登場して場が益々盛り上がる。


きっと今頃、例の四条家の当主のように『一宮の令息にエスコートされる藤堂の令嬢』という構図を面白くないと感じている輩は大勢いるだろう。



「あ、ルリねぇがふたりいるよ?」

「うん?」


無邪気な瑠維の言葉に瑠架が視線をステージに戻すと、並んで立つ瑠璃と遥斗のそれぞれ反対隣には同じ衣装を着た、10代半ばほどの『瑠璃』と『遥斗』が立っていた。

CG技術で作成されたヴァーチャルキャラクターをどういう仕掛けか舞台上に投影しているらしい。


「すっごーい……いきてるみたい」

「…………」

「…………なに?」

「……生きてるみたい、か。でもあれはプログラムだ。意思を持たず、シナリオによって動いてる」

「それは……わかってるけど」


(なにもそんな言い方しなくったっていいのに。変なスイッチ入っちゃったのかな?)


さっきまで瑠架に向いていた視線は、今は舞台の上のバーチャルキャラに向けられている。

そんなに気に入らないなら見なけりゃいいのに、と内心悪態をつきながらも瑠架は彼の言葉が耳に残って離れない。


『意思を持たず、シナリオによって動いてる』


彼はあのヴァーチャルキャラに何を重ねたのだろうか?

生きてはいない、プログラムに過ぎないんだと、何に対してそう言いたいのだろう?



「…………あ、」

「なになに?どーしたの、おねーちゃん」

「……なんでもない。ねぇルイ、あっちのテーブルにあるケーキってルイのだいすきなモンブランじゃない?」

「あ、ほんとだ。ちょっとまってて。たべてくる!」


取ってくる、じゃないところが瑠維らしい。

藤堂瑠維が無類のケーキ好きなのはゲーム内でも語られていたが、その中でもモンブランが好きだというエピソードはなかった。

これもゲームと現実の差異というものだろうか。


とそこまで考えて、そこでやっと彼女は自分自身の矛盾点に気づいた。

散々『ゲームの世界だから』というのを前提に考えておいて、だがゲーム上で存在しなかった現在の時間軸のことは『現実』として受け止めていた、その矛盾に。


(ここって、ゲームの世界のはず。だけど、ゲーム上には幼少時のエピソードなんてなかった)


どうして、ゲーム上存在しないはずのシナリオが進行しているのか?

ヒロイン中心に構成されるはずの世界が、一部ヒロイン不在でも変わらず動いているのは何故か?


「キャラクターはシナリオをもとにしてうごく。シナリオをもとに、プログラムがくまれる。そのシナリオがないのにキャラクターがうごくなんてこと、あるのかな?」

「キャラクターを動かしてるのはプログラムだ。ベースとなるシナリオがなくても、プログラムを組む人間が勝手に流れを作ってしまえば動かせる」

「……それじゃ……これはバグ、なのかな。それともかくしシナリオ?」

「さあな」


わからない、と恭一郎は舞台の方を見たままそう答えた。

瑠架の発した、普通なら意味の通じない言葉を正確に理解しているかのように、間を置かず淡々とした口調で。



「ただ、わかることもある」

「なに?」

「お前…………転生者だな」


『君は女の子だね』と断定するくらいの強さで、そして気軽さで。

彼が投下した爆弾に、瑠架は目を見開いて絶句した。

同時に、感じていた違和感はこれだったのかと彼女もようやくそこで気づくことができた。


「…………貴方も、転生者だね」

「ああ」


そうだったのか、となにかが彼女の中ですとんと落ちて収まるべきところへ収まった。

彼がなぜ命を持たないヴァーチャルキャラをあれほど睨みつけていたのか。

所詮はプログラムだと、シナリオによって動くだけのものなんだと、皮肉っていたのか。

それは即ち、この世界が乙女ゲームだと知っているからに他ならない。

自分が、作られし存在だと認めたくないからかもしれない。



じっと、オリーブグリーンの双眸を食い入るように見つめる瑠架。

その視線から逃れようとするかのように、彼は小さく苦笑して駆け戻ってくる瑠維の方へと視線を移した。


「日を改めよう。ここじゃギャラリーが多すぎる」

「でも、会う機会なんてないでしょ?」

「そうでもないだろ。建物は違うが同じ学校に通ってるんだ、このパーティで意気投合したことにして逢う機会を作れないこともない」

「えー?なんか目立ちそうでやだなぁ」

「文句言うな」


携帯寄越せと手を差し出され、瑠架は仕方なくワンピースのポケットに仕舞ってあった携帯を取り出した。

それを見た途端、恭一郎が小さく舌打ちする。


「……キッズケータイとか……ガキか」

「いいでしょ。まだ5歳だもん」

「わかった、もういい。とにかく近いうちに電話する」


じゃあな、と恭一郎がその場を離れると、入れ替わりに両手にケーキをたくさん載せた皿を持った瑠維が危なっかしい足取りで戻ってきた。


「あれ?さっきのおにーちゃんは?」

「しらない。なんかあっちいっちゃった」

「ふーん。それじゃおねえちゃん、これたべよ!」

「うんっ」


(関わりたくない人と関わっちゃったなぁ。前途多難だよ)


無邪気な子供の顔の下で、瑠架はこれから否応なしに巻き込まれていきそうな【瀧河恭一郎】という名の台風について、どう対策をとればいいのか頭を抱えたい気分だった。




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