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STAGE.5 小さなナイトとゴージャス美人


瑠架一人が『行きたくないなぁ、当日病気になんないかなぁ』と無駄な足掻きをしながら日にちは過ぎ、

例のCMのお披露目式当日。


まずエトワールカフェのオープン第一号店前で開店記念セレモニーを行い、その後場所を移動しての披露式となる。

披露式の会場は、第一号店が入ってる一流ホテルの宴会場。

この日ばかりは非番早番社員バイト関係なくスタッフ総動員で準備にあたる。

もちろん、CMのイメージキャラクターとして採用された瑠璃も参加するのだが、その場に当然呼ばれているだろう『四条家当主』がまたちょっかいをかけてこないとも限らない。

瑠璃もそれはわかっているのか、車を待っているその横顔は少し硬い。


「ルリねぇ、だいじょぶ?かおいろわるいよ?」

「ん、へいき。ハルくんもいっしょだし」

「だいじょうぶ。ボクがずっといるからね」

「うん」


瑠架が心配して声をかけても、瑠璃は隣に頼もしいナイトがいるというだけで勇気付けられているらしく、遥斗も全面的に頼られてまんざらでもなさそうに笑っている。


(あらら、ノロケられちゃった。そうですか、弟妹より従弟ですか。ふーん)


と瑠架が内心やさぐれていたら、後ろからとことこ歩いてきたスーツ姿の瑠維が右手をきゅっと握ってきた。


「おねーちゃん、いこ?」

「…………そうだね。いこっか、ルイ」

「うんっ」


(やだもう、瑠維大好きっ)


こっちはこっちで楽しそうだからまぁいいか、といざという時のフォロー要員として控えていた運転手の田中氏は、後部座席でそれぞれ手をぎゅっと握り合っている二組の少年少女をまるで孫を愛でるように微笑ましく見やった。




子供達が会場についた頃には、既に集まっていた大人達が挨拶合戦を繰り広げていた。

互いに名刺を差し出し、頭を下げながら自己紹介。

社交辞令を交わしている者もいれば、自社製品のアピール大会になっている輪もあるようだ。

先に着いていた姉弟の母もその輪の中にいて、父は父で別の輪に加わっている。

会場内にはところどころに子供の姿もあるのだが、基本的に親に連れられて回っているらしい。


瑠璃と遥斗は準備があるということで早々にスタッフに連れて行かれてしまい、瑠架と瑠維は手を繋いだままぼんやりと大人達の輪を眺めていた。


「なんだかいそがしそうだね、おかあさんたち」

「うん。じゃましちゃダメだよね。ここでまってよっか」


大人達が何を話しているかわからなくても、自分達が混ざっていい場所じゃない。

子供とはいえその辺りの分別はつけられるよう教育されていたし、瑠架はなんとなくだがどんな話をされているのか理解できていたため、瑠維と一緒に壁際に下がって人物ウォッチングをして暇を潰すことにした。



「なぁ、君らってエトワールの社長さんの子供だろ?」

「え?」

「え、うん」

「こんなとこでどうしたんだ?ママ達においてかれちゃったのか?」


いい加減暇だなぁと思い始めた頃、近寄ってきたのは小学校高学年くらいの年頃の少年だった。

瑠架は一瞬同じような年頃の攻略対象『四条拓人しじょうたくと』かと身を硬くしたが、設定上子供の頃からカリスマを感じさせるイケメンだという拓人とは違い、目の前にいるのはごくごく普通……よく日に焼けたどこにでもいそうなガキ大将といったルックスの子供。


(あ、良かった。ここで四条の息子に逢っちゃったら最悪だもん)


四条のご令息ではなかった、とはいえ誰とは知れぬ相手に絡まれているのは事実だ。

どうしたものかと警戒を解かない瑠架を無遠慮に見下ろし、その少年はふっと笑った。

本人は見下した笑い方をしたつもりのようだが、瑠架から見ると時代劇の悪役(小物)か長寿アニメでガキ大将の子分をやっているキャラという程度でしかない。


「おいてかれたんじゃないよ。まってるだけ」

「ふぅん。ま、こんなちっさい子二人も連れてたら挨拶回りも大変だろうし。それ以上邪魔にならないようにじっとしてなきゃだめだぞ?ああ、でもママのおっぱいが恋しいんならママーって呼んでみろよ。こっち来てくれるかもしれないぜ」


と、この言い方にはさすがにムッとしたものの、瑠架はかろうじて食って掛かるのは堪えた。


(やーなかんじー。まるで私と瑠維がお父さんやお母さんから邪魔にされてるみたいじゃない)



「そうよね。暇をもてあまして、自分より小さな子相手に偉ぶってみせるようなこと、しちゃだめよね。大人には大人の仕事、子供には子供の仕事があるんだもの。大人しく待ってるのも大事なお仕事のひとつよ」

「な、なんだよおま……っ!!」


突然割って入ってきた女性の声に、よく確かめもせず勢いのまま食ってかかろうとした少年は、肩越しに振り向いてそのまま固まった。

何しろ彼の真後ろに立っていたのは、スーパーモデル並に背が高くスタイル抜群の金髪美女だったのだから。


品のいいエナメルのピンヒールの色は赤、きゅっと締まった長い足から辿って視線を上げていくと、ヒールと同じく赤のドレスに身を包んだ年齢不詳の美女がにっこりと笑みを浮かべている。

ゴージャス、という言葉がこれほど相応しい相手もいないだろう。

ここにいたのがある程度『性』を知った男性なら、思わず唾を飲み込んでしまうだろうほどその女性は魅惑的だ。

ただ残念なことに、ここにいたのは第二次性徴を迎える前の少年少女だけだったが。


「あ、キャシーねえさま!」

「久しぶり!ルカもルイも随分大きくなったわね」


そしてその美女を、瑠架も瑠維も知っていた。

何しろ彼女は、母の父方の実家であるシュナイダー家の手がける事業、その半分を取り仕切る若き才媛なのだ。

名前は、キャサリン・シュナイダー。

藤堂家の姉弟とは遠縁の親戚になるのだが、母に連れられて年に1回イギリス旅行に行く際は必ずシュナイダー家に立ち寄ることになっており、キャサリンとはそこで親交を深めた仲だ。



《キャシー姉様もこのCMの関係者なんですか?》

《あらやだ、聞いてなかったの?瑠璃ちゃんをモデルに推薦したディレクター、うちの日本支社の社員よ》

《ああ……ってことは姉を推薦したのってシュナイダー家だったんですね》

《そういうこと。スポンサーの一人から反対食らったって聞いた時は、潰してやろうかと……あら、失礼。ちょっと過激だったかしら》


瑠架が会話をクイーンズイングリッシュに切り替えると、キャサリンも心得たとばかりに母国語に切り替えて返事してきた。

内容からしてわざわざ英語にする必要もなかったのだが、瑠架の中で先ほどバカにされた仕返しをしたいという些か子供っぽい部分が疼いたからだ。

幸い、瑠架ほどではないが瑠維もイギリスで生の英語を聞いているため、ヒアリングは完璧だ。

つまり、この場で会話の意味がわからないのは少年だけ、ということになる。


「おい、お前の妹さっきからなに話してるんだ?」

「え?いもうとじゃないよ。ルカはおねえちゃんだよ」

「そういうこと言ってるんじゃないんだよ!」

「わ、おおごえださないでよ。こわいなぁ」

「おまっ、バカにしてんのか!うちのパパはなぁ、四条のおじさまと仲いいんだぞ!お前らなんておじさまに言いつけて叱ってもらうんだからなっ」


完全に癇癪を起こしてしまった少年に向ける女性陣の視線は限りなく冷たい。

瑠維は「なにおこってんの?」ときょとんとしている。


《うっわ、さいてー》

《本当よね。あれぞドラ息子って感じだわ》

「なんか言っただろ!今、おれのことバカにしただろ!わかるんだぞ!」

「ねぇ、おおごえだしたらめいわくになるよ?」

「うるさい!おれに命令するな!」


(あ、完全にキレた。まったく、どっちが子供なんだか)


妙に冷静にそう考える彼女の目の前に平手が振ってくるのと、


「あ、ごめん」


横合いから水がかけられるのと、どっちが早かったか。



パシャン、と少年の髪と少女の頬を少しだけ濡らした水が、床に滴り落ちる。

瑠架がその軌跡を呆然と眺めてると、今更ながら事態に気づいたホテルの人が慌てたように早足で寄ってきた。


「ぬれてる」

「……え?」

「かけるつもりはなかった。ごめん」


空になったグラスをテーブルに置いて、割って入ってきた勇敢なナイトは小さく詫びの言葉を口にした。

彼はポケットからプレスのきいたブルーのハンカチを出し、ほんの僅か水が跳ねた頬を優しく拭う。


「なんであやまるの?」

「え、だって」

「とめてくれてありがとう」


彼が止めてくれたお陰で、瑠架は殴られなくて済んだ。

例えホテル側の誰かが気づいていたとしても、あのタイミングでは誰も止めることなどできなかったはずだ。


彼女が小さく微笑んで礼を言うと、彼はちょっと照れたようにそのアーモンド型の瞳を細めて笑った。

間に合ってよかった、と。



「Good boy,いい判断だったわ。こっちの坊やはちょっと頭に血が上りすぎてたみたいだから、水で冷やしてあげて正解よ。お姫様にもかけちゃったのはマイナスかしら?でもハンカチで拭いてあげたから好印象。君は小さくても紳士ナイトなのね」

「な、な、な、」

「さて、こっちの坊やにはお仕置きが必要かしら?いくらカッとなったからって女の子に手を上げようとするなんて、男として最低よ。叱ってもらうのはパパがいいかしら。それともおじさまかしら?」

「ひっ!や、やめ」

「やめないわよー?それじゃルカにルイ、それと小さな紳士君もまたね」


嫌がる少年の襟首をまるで猫にするように引っ掴んだまま、キャサリンはマーメイドドレスの裾を色っぽく靡かせながら颯爽と大人達の輪へ突っ込んで行った。

しばらくすると野太い男性の声でひたすら平謝りする声が聞こえてきたため、どうやら少年の『パパ』に突撃をかましたらしいとわかる。


「キャシーねえさま、かっこいいねぇ」

「うん、あこがれるよねぇ」

「さすがはシュナイダーの才女だな。すきがなさすぎる」


どうやら助けに入った少年の目には、キャサリンが『ビジネスの交渉相手』に見えるらしい。



(大人びた子だな……こんな子、さっきからいたっけ?)


先ほど周囲を見渡した時は、これほど目立つ子供はいなかったはずだ。

会場内にいたのは誰も彼も似たり寄ったり……先ほどの少年のようなありふれた容姿の子ばかりだった。

だがこの少年は、今の発言といい瑠架を助けた時の行動といい、どこかが違う。


あれ、と瑠架はここまで考えてから思考を巻き戻した。

さっきの少年に声をかけられた時は、四条拓人じゃないかと一瞬疑った。

ゲーム通りなら彼は現在11歳。この少年はだいたい瑠璃と同じくらいか少し上か。


(この子は、四条拓人じゃない。けど、確かこんな顔立ちのキャラが一人いたような)


「あ、」

「え?」

「どうしたの?」

「な、なんでもないっ」


思い出した。

思い出さなければ良かった。


(この子、藤堂瑠架の婚約者だ……!うわあ、どうしよう!)




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