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STAGE.4 傷つける者は許しません


『うーん、この子が藤堂社長の娘さんねぇ。なんかイメージじゃないなぁ。もうちょっと活発そうな方がウエイトレスっぽいんじゃないかね?』


CMの打ち合わせ会場にいたスポンサーの一人である『シジョウ・コーポレーション』

そこの広報部付常務という役職にいる男が、瑠璃を一目見た途端にこう言ったのがきっかけだった。


彼は社長であるメイが何も言わないのをいいことにじろじろと頭からつま先まで瑠璃を値踏みするように眺めては唸り、後ろに回りこんで髪を触りながらぶつぶつ言ったりして、どうも納得できないみたいなことを繰り返していた。

だが瑠璃はディレクターイチオシであり、スポンサーその1程度の立場だった彼の反対だけではチェンジでもきず、結局そのまま打ち合わせは終わてしまった。


彼は余程不満だったらしく最後の最後帰り際に


『ま、しょうがないな。君、藤堂社長の娘で良かったねぇ』


という負け惜しみを言って、イメージがわきやすいようにとウエイトレスの格好させられていた瑠璃の髪をぐしゃぐしゃにかき回し、ほんの少し強い力でぽんぽんと叩いて行ったのだそうだ。


瑠璃にしてみれば、知らない人に髪型ぐちゃぐちゃにされた挙句頭を叩かれたのだから、その場で泣き出してもおかしくない状態だったところを、帰りの車まで我慢したらしい。

まだ7歳とはいえ、母や周囲の人の前で泣いたら迷惑になるという認識があったのだろう。


遥斗はそれを一部始終見ていたのだが、何度か助けに入ろうとしては付き添いの父親に遮られてしまったのだという。

だが本人はとても悔しかったようで、泣き出しそうな瑠璃を放ってはおけないからと渋る父を説得し、帰りの車では瑠璃の隣に同乗してこの家までついて来たらしい。

というのが、『ちょっと電話してくるよ』と部屋を出ていた瑠架の伯父にあたる一宮家当主の話だ。


(え、でも遮ってもらって正解だったんじゃないの?)


もし誰も遮らず、遥斗がナイト気取りでその男に食って掛かっていたとしたら、ただでさえ機嫌の悪いスポンサーは更にへそを曲げ、もしかすると今回の計画から下りてしまっていたかもしれない。

そこまではいかずとも、一宮家と藤堂家に対して誹謗中傷嫌がらせくらいは仕掛けたかもしれないのだ。


瑠架個人の意見としては、大事な大事な姉を庇おうとしてくれて感謝したいところなのだが。



「しかし、四条のご当主にも困ったものだ。おおかた、ご令嬢を推薦したかったのだろうが」

「あら兄さん、四条にご令嬢なんていたかしら?」

「いる。……と言っても、公には出せない子供らしいが。まぁ認知はしてると聞いているから、これを機に社交の世界に引っ張り出したかったんじゃないか?それに今回はうちも絡んでる。となれば上手くすれば一宮と縁続きになれるかもしれない、と考えたとしても不思議はないな」

「それはそれは。節操のないこと」


(ちょっと、二人とも。意味わかんないからって子供の前でそういう話はダメでしょ)


生々しいなぁ、と瑠架は見られないようにこっそりちいさく溜息をつく。

だがその生々しい話のお陰で、彼女にも話の裏筋が見えてきた。


四条家というのは、ここにいる大人二人の実家……一宮家と肩を並べるくらいに歴史の古い名家だ。

母曰く『節操のない』ご当主のご令嬢というのが、つまりはこのゲームのヒロインにあたる。

名家の血を引きながら、正妻の子供じゃなかったからと引き取られた後も兄弟達にないがしろにされ、実の父親にも駒のように扱われる。そんな不遇のヒロイン、四条ゆりあ。


つまり、まだ実の母親と一緒に暮らしているヒロインをCMに引っ張り出すことで、周囲に認めさせるのと同時に四条家の駒として使おうという魂胆があったのかもしれない、ということだ。

四条家当主にとっては運のいいことに、彼が縁を結びたがっている『一宮家』の令息が一緒なのだから尚更だ。

仲良くなってしまえばこっちのものだと思ったとしても、確かに不思議ではない。


だが結果的に、気に入られたいそのご子息は四条家ご当主の言動にいたく立腹しており、瑠璃側についてしまった。

ゲームでのヒロインを手駒として利用する設定に加え、大事な姉を泣かされたことに対する怒りもあって、瑠架としても『四条、ざまぁ』と内心あさっての方向を指差して高笑いしてやったほどだ。




そしてその日から、遥斗が頻繁に藤堂家に顔を出すようになった。

幼稚園からの帰りに瑠架や瑠維にくっついて一緒に遊びに来ることもあれば、親子揃って休日に訪問してくることもある。

彼はその殆どの時間を瑠璃と一緒に過ごしたがり、たまに傍にいる瑠架や瑠維と会話することはあっても、大半は瑠璃の隣にいるという、瑠架に言わせれば『わかりやすすぎる』アプローチを開始した。

元々従兄弟という近い親戚同士ということもあり、互いの親は微笑ましく見守っているというスタンスのようだ。


(それはいいんだけど……ハル君ってメインヒーローでしょ?複雑だなぁ)


ゲームのメインヒーロー一宮遥斗は、手を携えて紆余曲折を乗り越えたヒロイン四条ゆりあと結ばれる。

将来的にそんなルートが待ち構えているかもしれない相手を、大事な姉に近づけたくないというのが瑠架の本音だ。


ゲームでは、藤堂瑠璃は一宮遥斗ルートでの最大のライバルだった。

小さい頃から互いに惹かれあっていた二人は、しかし時が経つにつれ段々と我侭放題になってきた瑠璃に対し、遥斗の心が徐々に離れていくという流れで進んで行き、そして遥斗は高等科2年の時に運命の相手を見つけてしまう。

それが、四条ゆりあだ。


しかしそんな心変わりを瑠璃が許すはずもなく、遥斗に対して猛アピールをかけると同時に悪辣な手段でゆりあを陥れようとしたことが遥斗にばれ、最終的に完膚なきまでにフられてしまうのだ。

遥斗ルートでのバッドエンドでは、追い詰められた瑠璃が遥斗の目の前で自殺し、そのことにショックを受けた彼が精神的トラウマを抱えてゆりあの元から去ってしまう。

そのシーンを見た瞬間、15歳以上推奨の年齢制限は伊達じゃなかったんだ、と前世の瑠架も大きなショックを受けてしまったほどだ。


今現在、遥斗の興味が瑠璃に向いてきているというのはわかる、瑠璃もまんざらではなさそうだということも。

純粋で真っ直ぐな心根の瑠璃が今後我侭放題のお嬢様として育つのか、仲のよさそうな二人が最悪の結末を迎えてしまうのか、それは彼女にもそして誰にもわからない。


今は、ヒロインが遥斗と瑠維以外のルートを選んでくれることを願うばかりだ。



(確か……このゲームって逆ハールートが設定されてなかったはずだよね)


攻略対象それぞれのルートではエンディングが近づくに従ってかなり甘いシナリオが用意されていたが、全員股がけ逆ハーエンドというある種乙女の夢のようなシナリオはなかった。

全員攻略したご褒美としてのおまけ後日談シナリオでは、ヒロインを挟んで火花を散らしあう『え、逆ハー?』と思えるシーンは用意されていたものの、あくまでおまけとしての扱いからか内容はそこまで甘くはない。


それぞれのキャラを攻略する途中経過でVSシーンや三角関係フラグが立つことはある、だがそこで発生する選択肢でどちらかを選ばなくてはならず、もしどちらにもつかない選択肢を選び続けた場合はノーマルエンド……つまり誰とも結ばれないままに卒業式を迎えるという、恋愛ゲームとしては寂しいエンディングにたどり着いてしまうのだ。


ちなみに、攻略されなかった攻略対象者はどうなるのか?

それについての答えは簡単だ、それぞれ個々のルートに出てくるライバルキャラと仲睦まじく……キャラによっては不本意そうに、ヒロインが来る前歩むはずだったレールの通りに進むことになる。

一宮遥斗の場合も、政略的意味合いの強い婚約者である藤堂瑠璃の我侭に日々翻弄されつつ、一宮家の当主となるべく海外の大学へと留学する。

という補足のシナリオについては、ゲーム本編で語られることはない。

前世の瑠架がそれを知ったのも、ファンブック内にあった『攻略されなかった対象者のその後』と称したショートストーリーを読んだからだ。


(瑠架の場合はどうだっけ……確か、婚約者に弄り倒されるとかそんなだった気がする)


藤堂瑠架がライバル指定されるルートはふたつ。そのうちのひとつが弟である瑠維のルート、そしてもうひとつが瑠璃と同様に政略的意味合いの強い婚約者のルート。

この婚約者というのが、ドのつくSキャラなのだ。ゲーム中でも、瑠架はこの婚約者に散々弄られ、泣かされ、それでも彼が好きなのだと付き纏っていた。

現在の瑠架に言わせれば、どんだけドMなのかとドン引きするほどだ。



とにもかくにもゲーム上には逆ハールートが存在しない。

ということは、途中あれこれつまみ食いしつつもヒロインは最終的に一人に狙いを定めてそのルートに入ることになる。

ルート分岐は様々なイベントが用意されている夏休みの後半部分。

休み前半部分で選択肢による最終的な意思確認がされ、好感度とフラグ回収率が足りていれば後半に入った頃にそのお目当てキャラから誘いを受ける。これでルート確定だ。


(ヒロインが上手い具合に瑠架の婚約者ルートに入ってくれれば楽なんだけど……今は考えてても仕方ないよね)


現在、瑠架にできることは精々で『四条』についての情報をメディアから得ること、そして既に接触済みの攻略対象からの印象を悪くしないこと、接触していない対象者とは会わないように努めること、この程度だ。




「え、CMのおひろめしきなんてやるの?すごいねー」

「ええ。それでモデルの瑠璃とハル君が招かれてるの」


そんなある日、瑠璃が泣かされるきっかけとなったCMの完成披露式が行われるという話が、夕食時に飛び出した。

主催は『エトワール』ということなので、当然社長である母は出席。

CM製作会社は勿論のこと、協賛しているスポンサーのひとつである『USAMI』は父の勤める会社であるため、父も列席決定。

モデルとなった瑠璃と遥斗もゲストとして招かれており、この中で関係者ではない瑠架と瑠維は必然的にお留守番、ということになるのだが。


「いいなぁ、そのCMみてみたいなぁ。ねぇおかあさん、テレビでちゅうけいしないの?」

「うーん、さすがに中継は入らないわね。そうだ、そんなに見たいなら瑠維も一緒に来る?」

「え、いいの!?うわぁい、やったー!いっしょにいっていいんだって、たのしみだねーおねーちゃん」

「……え、わたしもいくの?」


『行ってらっしゃい、お土産よろしくねー』くらいの気持ちでいた瑠架は、いきなり話題を振られてきょとんとしたまま固まった。


(えー、やだなぁ。そういう公式の場って攻略対象に逢いそうだし)


「えー、いかないのー?」


行こうよ行こうよ!と見えない尻尾を振りたくっている弟の顔を見てしまうと、とても『行きたくない』とは言えない。


「いいじゃないの。一人でお留守番してるより楽しいわよ?」

「うーん、それじゃいくね」


と、この時母の言葉に何故頷いてしまったのか。

瑠架は後になってこのことを心底悔やむことになるのだが、それはまた後日の話。




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