STAGE.3 攻略対象をおさらいします
攻略対象その1、藤堂瑠維。ゲーム登場時の年齢、15歳。
私立月城学園高等科1年A組所属。担当は『癒し』
『担当』というのは、個性派揃いの攻略対象達の中でどういうイメージかという簡単なジャンル分けだ。
瑠維の『癒し』はその言葉のまま、癒し系という意味になる。
そんな彼を攻略するには、とにかく否定しないこと、そして悪意を見せないことだ。
乙女ゲームのヒロインとして、悪意を見せる場面などないと侮るとこのゲームはバッドエンドへ一直線に進んでいく。
それは、恐らく製作者側がわざと難易度を上げた所為なのだろう。
瑠維を攻略する時には、彼の友人や家族などに対してどう思ったかという選択肢が何度か出てくるのだが、その中には「ちょっと合わないなぁ」という控えめなものから「あたし、あの人のこと嫌いかも」という過激なものまでいくつか地雷が混ぜられている。
万が一それを選んでしまうと、瑠維は攻略できなくなってしまうシステムなのだ。
たとえ直接瑠維の前で言っていなくても、そんな思考を選んだだけで即アウトになる。
そしてその2、ヴィオル・アルビオレ。ゲーム登場時の年齢はヒロインの10歳上で26歳。
彼は高等科に併設されたカフェの店長を務めており、最初の頃は攻略対象というよりモブ扱いになっている。
ヒロインがフリーの行動時間を使ってカフェのメニューを飲食し、それによって体調が変わったりパラメータが上下したりするのだ。
そんな彼は、所謂『隠れていない隠しキャラ』である。
彼を攻略するためにはひたすらカフェに通い詰め、常連専用の隠しメニューまで全て網羅して初めて会話イベントが始まり、そうして地道にイベントを起こすうちに攻略対象としてのパラメータが動き出す、という仕組みだ。
彼を攻略するためには自由時間の殆どを使わなければならない上に、最後まで登下校時の誘いや休日デートの誘いなどできないため、攻略するなら他のキャラは放置しなければならない。
すぐに見つけられるわりには攻略が地味にハード、という曲者である。
そんな彼の担当は、『熱血系』だ。
惚れ込んだら一直線、とにかく真っ直ぐ直情系でありながらそれを隠したがる斜に構えた部分もあり。
ヒロインと年齢差があるからと、熱血漢である素をぎりぎりまで隠そうとする。
彼の場合、地雷もわかりやすい。
何かに対して真剣に取り組もうとしない、もっと言えばサボったりドタキャンしたり約束を破ったり、そんな態度を見せたら即アウトだ。
逆に言うと、真面目に普通に学生生活を送っていれば問題なくクリアできるのだが。
(まさかカフェのマスターさんに会っちゃうとはねー。心臓に悪いよ)
逢ったとは言ってもたった一日の体験実習のこと、もともと実習に入ったのは瑠架達とは別のクラスだった所為か、結局帰りまで瑠架も瑠維も全く彼に接触はしなかった。
クラスでも終始女の子達が取り巻いてたらしく、彼ら実習生が帰る時に全員でお見送りした程度だ。
瑠維以外の攻略対象とのファーストコンタクトは、『コンタクト未満』でノーカウントと言ってもいいだろう。
瑠架は、二度とこんなことがないように「次にどんなイベントあるのかな?」といういかにもな子供の好奇心を装って、母親から幼稚園のイベントスケジュールを手に入れようと決意した。
それが成功するかどうかは、また別の話。
そんなこんなでまた平穏な日々が戻ってきた、ある日。
「ふっ、ぐすっ、……ぇっ」
その日は休日。
瑠架が友達の家に遊びに行って帰ってくると、リビングで瑠璃が泣いていた。
その隣には、知らない男の子が座っている。
私服であるため年齢はよくわからないが、瑠璃にこれまで紹介されたお友達の中にはなかった顔のため、初等科の知り合いではないのか、それとも最近知り合ったばかりなのか。
その子が、ごく自然に当然のように瑠璃の隣に座り、心配そうに顔を覗き込んだり時々おろおろと周囲を見回したりしている。
その視線が、呆気に取られて突っ立ってた瑠架に固定され。
びっくりしたように、大きく見開かれた。
「あのっ!」
「え、と……なんで、ないてるの?」
「その、それは、ボクが……」
「なかせたの!?」
(にゃろう、だったら許さないんだから!!)
父親譲りのサラサラの黒髪ストレート、母親譲りの整った顔立ちと色素の薄い瞳。
ちょっとつり気味の目が彼女を気の強い性格に見せているが、本来の彼女は弟妹を何より大事にする心優しくてちょっと泣き虫な普通の女の子だ。
ゲームで瑠璃の過去については少しだけ触れられていたが、とにかく小さい頃から我侭放題だったらしい。
両親が共に忙しく構ってもらえない鬱憤を弟妹にあたることで晴らし、ある程度成長すると今度はクラスメイトや家関係で近づいてきた友人達を下僕のように扱い、自分が女王様だという振る舞いを続けてきた。
その所為で密かに心を寄せていた婚約者にも愛想をつかされ、ついには婚約破棄を言い渡されてしまう。
……のは、あくまでゲームシナリオ内で語られた話。
学校内での評判までは瑠架にはわからないが、彼女や瑠維に接してくれる時の瑠璃は『しっかり者のお姉ちゃん』でしかない。
特に酷い我侭を言ったこともなく、勿論あたりちらされたこともない。
その辺の差異は、瑠架が前世持ちだったことでどこか歯車が狂ったのかもしれない、と瑠架も現在のところはそんな仮説をたてている。
ギッと瑠架が精一杯睨み付けたことで、少年はぶんぶんと勢い良く首を横に振る。
「あら瑠架、おかえりなさい」
「あ、おかあさん。ただいま」
意思疎通のできない不毛なやりとりをしてる間に、母親が入ってきた。
手には二人分のケーキと三人分の紅茶が載ったお盆を持っている。
とにかく座りなさいって勧められた瑠架は、少し考えてから母の隣にちょこんと座った。
この中で唯一事情を説明できる母が順序だてて説明したところによると、こうだ。
この日は、母の会社が経営する店『エトワール』のCMを作るということで、瑠璃は母と共に打ち合わせへと出向いた。
なんでもディレクターが、どうしても瑠璃のイメージでと食い下がってきたらしい。
これまでの『エトワール』はフランス料理店だけだったのだが、今度カフェの一号店を有名ホテル内に作るとあって、そのホテルとタイアップしたイベントを企画しているとのことだ。
そのキャンペーンキャラクターというのがCGで作ったバーチャルアイドルならぬバーチャルウエイトレス。
イメージはもう少し育った感じの……10代半ばほどの瑠璃であるらしい。
瑠架も一度だけそのラフ画を見せてもらったが、物語などに出てきそうな典型的なお嬢様というイメージだったと記憶している。
お嬢様といっても意地悪な悪役の方ではなく、礼儀正しく大人しいヤマトナデシコ風という注釈がつくが。
『エトワールカフェ』はフランス料理よりはとっつきやすくて親しみやすい半面、上品でほんのり高級感漂っているという相反するイメージを持っているお店というのがコンセプトだ。
故にバーチャルウエイトレスという親しみやすさと、瑠璃のイメージというお嬢様感が必要だったのだそうだ。
(瑠璃ねぇ、そこまでお嬢様お嬢様してないんだけど……)
もしかすると、社長である彼女の母への点数稼ぎのような面もあるのかもしれない、とそこまで邪推してから瑠架は視線を見知らぬ男の子に戻す。
そのCMコンセプトではお嬢様イメージのバーチャルウエイトレスと、王子様イメージのバーチャルウエイターをセットで出すらしいのだが、その王子様イメージで連れてこられたのが彼だった。
「おかあさんのしってる子?」
「ああ、そうね。瑠架はあの時熱出して寝てたから会ってないのね。従兄のハル君よ」
「いとこ?」
(え?従兄ってことは多分お母さんの実家の方で……あ、そっか)
藤堂家の設定を思い出してみて、彼女はそうかと思い当たった。
彼女達の母【藤堂メイ】の実家は、政財界でもかなりの発言力と権力を持っている名家、一宮家だ。
一宮の前当主がイギリスの名家であるシュナイダー家の娘と結婚し、生まれたのがメイと一宮の現当主。
その現当主には息子が一人いる。
そして、その一人息子もまたヒロインの攻略対象なのだ。
名前は【一宮遥斗】
瑠璃よりひとつ年下の彼は、今は附属幼稚園の年長クラスに所属している6歳。
ゲーム登場時の年齢は16歳、高等科2年生。
担当は『王道』……つまり彼は、ヒロインにとってのメインヒーローなのだ。
彼を攻略するには、彼を深く理解しなくてはならない。
表面上の慰めや励ましに彼はとても敏感で、もし上滑りするような返事をしてしまったら途端に好感度がガタンと駄々下がりしてしまう。
良好な選択肢を選んで好感度がピロリンと上がった途端、次の選択肢で間違えてしまうと一気に下がる。
しかも調子に乗って適当に日常会話をスキップしていたりすると、ランダム制のある会話の端々についての選択肢が突然出てくることもあり、しかも何故か回答に時間制限がかけられているものまであったのだから、さすが『王道』というべきか。
そうして苦労して攻略した分、もし完全攻略を成し遂げた場合は彼との幸せ一杯ラブラブなエンディングが待っている。
生粋の名家生まれの御曹司、成績も素行も愛想も良くて加えて優しい、正に理想の王子様そのもの。
そんな彼が心の片隅に持ってた孤独感と、ヒロインの持ってる寂しさが共鳴し合って惹かれあっていく、そしてお家事情やらなにやらを乗り越えてハッピーエンドを迎える。
はず、なのだ。
あくまでゲームの世界では。
「ルリちゃん、ごめんね。まもれなくてごめんね」
「ううん。ハルくんはわるくないでしょ?たすけにはいろうとしてくれてありがとう」
「そんな……つぎはちゃんとまもるからね」
しっかり見詰め合って、すっかり二人だけの世界になってしまっている。
ハルくんこと一宮遥斗は、頑張って泣き止もうとしてる瑠璃の手をぎゅっと握ってナイト宣言をし。
瑠璃もまんざらじゃない様子で、まだ涙の残る頬をぐいっと拭って照れたように微笑んでいる。
「あらあら、随分仲良くなったのねぇ」
そして経緯を知っている母は、微笑ましそうにそんな二人を見守っていて。
(あらあら随分仲良くなったのねー。はいはい、ごちそうさま。もう部屋帰っていい?)
すっかり空気化してしまった瑠架が拗ねてしまうのも、無理はなかった。