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STAGE.24 君と共に歩む決意



助っ人二人が入って以降、エトワールカフェ1号店は店の外まで行列ができていた大盛況ぶりもなんのその。

「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」を何度繰り返したかわからない、だが不思議と混雑も不平不満もなく無事閉店時間を迎えることができた。

それも、イベント期間であった3日間すべてにおいて、だ。


(まさか3日続けてヘルプに入ってくれるなんて……もうそれヘルプじゃないよ)


四条拓人のレジ打ちは『バイト経験などない』というわりには正確で素早く、カフェ部門にひっきりなしに訪れるお客様を淡々とさばいていく姿は、まるで会社の経理部門責任者のごとく。

ヴィオルの接客はただでさえ目立つ容姿ということもあり荒れるかと予想されたものの、にこやかにしながらも余計なおしゃべりはしない彼は、客層を瞬時に判断しては時にはケーキ部門の方を手伝いに入るなど、自分で接客経験が長いと言うだけのことはある、お手本のような客さばきを見せてくれた。


「お二人とも、手伝ってくださってどうもありがとう」


最後の締め日に顔を出したオーナーである藤堂メイも、二人がバイト代はいらないのだと頑なに拒むのを見て「それじゃ好きなものを頼んでくださいね」と、従業員の打ち上げに参加して欲しいと頼み込んだ。

それだけは譲らないとお願いされた二人は、1号店の従業員達に混ざって残り物で作った軽食や切り分けたケーキ、そしてヴィオルがファンだと言ったアールグレイを美味しそうにたいらげ、ぽつぽつと会話にも参加していった。




「さて、と……事情をお話した方がよさそうだね。俺はどこででもいいけど、瀧河くんはいいところ知ってるかな?」

「では部屋を取りましょう。こちらへ」


どうやらお礼されるだけされてはいさよなら、という約束違反なことはしないつもりらしい。

瑠架の中ではますます彼らがどうしてヒロイン、四条ゆりあに簡単に落ちてしまったのか……その疑問が大きくなっていく。



案内されてきたのは、最上階にあるスイートルームだった。

どうやらこの部屋は彼らへのヘルプの礼として既にリザーブしてあったらしく、話が終わったらそのまま泊まっていってください、と恭一郎はさすがに驚きを隠せない彼らに笑いかけた。


「瀧河君には見抜かれてしまったが、一昨日の失礼な学生は四条の分家の子なのだ」

「え?でも彼はあなたの顔を知りませんでしたよ?それが演技だとは思えませんが」

「いかにも。分家の子と言っても、末端だ。夜会には親の自慢大会のような意味合いもあるのでね、さして優秀でもない彼はほぼ捨て置かれていたらしい。私は分家の名簿をほぼ記憶しているのでわかったが、もし間に合わずあれがバカッターを投稿していたらと思うと……恥ずかしくてならない」


(それは四条家の恥ということですね、わかります)


四条を名乗っているのかどうか、それはこの際あまり関係がない。

問題は、彼が四条の分家の一員であると本家の現段階での跡取り息子に知られているということだ。

もしこの先彼が本家跡取りの座から退くとしても、その前にあの男子生徒は業務妨害で補導されたとして一族から出されるに違いない。

愛情よりも体面を重んじる、四条家とはそういった場所だ。



「多分聞きたいのは俺達がどうしてあそこにいたのか、じゃないかな?瀧河くんは気づいてそうだから正直に言うけど…………ゆりあに頼まれたんだよ。エトワールのイベントがどんなのか見てきて、って」

「ヴィオル、オブラートに包みすぎると主軸がブレる。要するに、一度四条が乗っ取りに失敗したエトワールを、ゆりあはまだ諦めていないということだ」

「…………まぁそんなことだろうと思ってましたが」


話が先に進む前に、瑠架は脳細胞をフル回転させて彼らの会話の意味を反芻してみた。


四条家は、エトワールを手に入れようとしてUSAMIの返り討ちにあった。

だがゆりあはまだエトワールを諦めきれず、拓人とヴィオルに「どんなのか見てきて」と偵察を依頼した。

四条家は独自にこのイベントにケチをつけるべく分家の子を送り込んだが、それに気づいた拓人が止めに入ったことで評判を落とそうという小汚い作戦は失敗。

そういう姑息な手段が許せなかった二人は、お詫びにと敵に塩を送るようにヘルプに入ってくれた。


(ってことだけじゃない、気がする)


本当にそれだけだろうか?

それだけなら、母の厚意はともかく恭一郎までホテルに部屋を用意するなど、そんなサービス精神は本来彼のキャラではないはずだ。

協力を申し出てきた獅堂蓮司のことでさえ、信用ならないからと距離を置いていたというのに。



「……四条ゆりあさんは、まだ諦めてない。そう言うってことは、最初の乗っ取り未遂の時も彼女がそう望んだから、ってことですか?」


瑠架の言葉に、男たちは三者三様の表情で彼女に視線を向けた。

拓人は物分りのいい子供を見るように。

ヴィオルは少し申し訳なさそうに。

恭一郎はどこか切なげに。

語らずとも、彼らの表情それぞれが真実だと告げている。


「乗っ取ってくれ、なんて言ったわけじゃない。あの子はただ、父親にこう言ったんだ。『藤堂を潰して。パパにとっても邪魔なんでしょ?』って」

「ひどい……」

「そうだな。無邪気な子供の残酷な言葉、と片付けてしまうには酷すぎる」


愛する娘に『潰して』とおねだりされた父親は、おいそれと手の出せないUSAMIではなくエトワールに目をつけた。

ここを乗っ取ってしまえば、実質経営者は四条に移る。

そうすればエトワールの莫大な利益がシジョウの利益にプラスされ、総合商社としてデファクトスタンダードの位置にいるUSAMIを抜く、更に言えば引き摺り下ろすことも可能になるかもしれない。


夢を見たのだ。とても儚い夢を。

そして、夢は夢のままついえた。今の四条に、それを挽回するだけの力はもうない。




瑠架達が帰ろうと席を立ったその時、「少し時間をくれないか」とヴィオルがぽつりと呟いた。


「俺達がこれからやろうとしていることは、俺達だけで成し遂げられることじゃない。近いうちに決着をつけるつもりだが、少し準備に時間がかかってしまいそうなんだ。だから、今すぐに説明してあげたいところだけど、時間をくれないか?」

「ずうずうしい話だが、良ければ連絡先を教えてもらえないだろうか?時が来たら、連絡すると四条拓人の名において約束しよう」




「…………どういう、ことなのかな」


帰り道。

頭を冷やしたいからと少し歩きたいと言い出した瑠架に、恭一郎も付き合おうと同意を示した。

そして二人並んで、駅に向かう道をゆっくりと歩いている。


「四条ゆりあは、藤堂家を潰したがってる。それは多分、うちが遥斗君や恭…………瀧河先輩と縁があるからだと思う。それはわかる、だけど……」

「お前、指摘しない限りずっとその先輩呼びを続ける気か?いい加減うっとうしいんだが」

「え、あ、……ごめん」

「なんだ、今度はやけにしおらしいな」

「だって、あの子もそう呼んでたから。一緒なんて、嫌だったし」


『恭一郎君』とゆりあは彼をそう呼んでいた。

名前呼びに至った経緯については、彼から聞いた。ゆりあを油断させるためだった、だから本意ではないのだと。

それがわかっているのに、どうしてもあの時聞いた甘えたようなあの声が思い出されて呼ぼうとしてもそう呼べない。

自分がそうなってしまう理由については、もう気づいている。

気づいているから、尚更呼べずにいた。



瑠架の可愛らしい拗ねた声を聞いた恭一郎は、ぐっと自身を自制してひとまず堪えた。

何を堪えたのかは察していただきたい。

そして、せめてこのくらいはと手を伸ばし、小さなその手に指を絡めた。


「恭」

「え?」

「そう呼んでいい。むしろ、お前だけにしか呼ばせない。……それでいいだろ」

「…………恭、くん」

「くん付けか。まぁいいが」


苦笑して、ぎゅっと指に力をこめる。

弱弱しくだが握り返されたことに、彼は口の端を緩めた。



「話を戻すが、お前の言いたいことはなんとなくわかる。四条ゆりあはなんで藤堂家を潰したいか、だろ?そりゃそうだな、藤堂を今潰しにかかればもれなく一宮や瀧河も動く。藤堂単体なら四条に敵わなくても、他の支援者が動けば四条といってもひとたまりもない。ってのは、もうわかったな?」

「うん。実際、シジョウの株は暴落して不良債権こしらえたわけだし、拓人さんだってもう四条にはそれほど力がないって言ってたから」

「そう。だが相変わらずこの世界のお姫様はエトワールを狙ってるってわけだ。それはどうしてだ?そしてどうしてそれをあいつらが忠告してくる?」


四条ゆりあは藤堂家が嫌い。そして恐らくエトワールのことには異常に執着している。

きっかけはヴィオルのように何かのファンになったのか、それとも例のCMで遥斗の相手役になれなかった逆恨みか。

そんな彼女に指示されて偵察に来た彼らは、四条ゆりあに対する好感度はMAXであるはず。

それなのにどうして、適当にお茶を濁せば済んだ今回の騒動に首どころか身体全体を突っ込み、愛するゆりあの意図まで明かしてしまうのか。


「……ねぇ、恭くんはどこまで見抜いてるの?」

「あいつら二人が、ただの厚意でヘルプに入ったんじゃないってことはすぐに気づいた。そして、俺達に何か話したがってるってことも。後のことは、さすがにわからない」



(本当かなぁ。もっとなにか深いとこまで気づいてそうだったけど)


疑うように視線を向ければ、交わった視線で信じろよと返された。

そういった以心伝心も久しぶりだ。


照れて視線を道の先に戻すと、駅はもう目の前。

そろそろ迎えを頼む連絡をしなければ、というところで恭一郎は不意に立ち止まった。


「なぁ、覚えてるか?婚約披露の時、みんなの前で宣誓した言葉」


『僕達は、互いを尊重しあえるパートナーとして将来を共に歩んでいく決意を致しました』


「覚えてるよ。忘れるわけないじゃない」

「俺はとっくに、あの宣誓に恥じない決意を固めてるんだがな」

「…………そういう言い方、なんかずるい」


瑠架は決して、鈍感な性質ではない。

自分が彼に対してどんな気持ちなのか、彼が自分に対してどんな気持ちを向けているのか。

時々言葉に出されなさすぎて不安になってしまうけれど、それでも気づいた想いを否定するようなことはしない。

そういったことにだけ鈍感になって、極端に耳が遠くなるのは物語の典型的なヒロインだけで充分だ。


(私はヒロインじゃない。悪役でもない。私は……)



見上げると熱っぽい視線が見下ろしている。


「……このまま帰したくないな」

「だが断る」

「お前…………空気読めないのは母親譲りか」


そこは「私も」とか照れる場面だろ、と珍しく項垂れてみせる婚約者に、瑠架は珍しいねと素直に口に出して笑った。


「ヴィオルさん、言ってたでしょ。決着をつけるって。拓人さんも連絡をくれるって約束してくれた。だからね、お願い。その時までちょっと待って」




ちょっとは甘く、なったかなぁ?

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