STAGE.23 その刺客、失格です
エトワール全店で行う今回のイベントは、そのコンセプトに『お客様への小さな恩返し』を掲げており、例えばレストランではサラダかスープの無料サービスがつき、カフェではケーキセット注文ですぐに使えるドリンクサービス券の配布。
ケーキのテイクアウトの場合、このイベントのために製作された『スペシャル・ストロベリー・ショート(SSS)』ひとつにつき、プチケーキ数種類の中からひとつ選んでおまけにつけられる。
大々的に広報活動をしたわけでもないのだが、ブログやホームページなどでイベントのお知らせをしただけで、当日はどの店も大賑わいだった。
特に瑠架達が手伝いに入ったカフェ1号店は、駅前のホテル内という立地条件もあって開店前から行列ができるほどの盛況ぶりだ。
「いらしゃいませ、エトワールカフェ1号店へようこそ。ご注文はお決まりですか?」
その日数十回目になる台詞と貼り付けた愛想笑い。
フロア客のオーダーをピピピと端末に打ち込んで、瑠架は「かしこまりました」とぴょこんと頭を下げる。
端末から送信されたオーダーは、裏にいるスタッフの手元にある端末で確認できる。
恭一郎がそれを確認し、スタッフにオーダーを告げて皿やコップなどをセッテイング。
佐々木が持ってきたケーキとスタッフが用意した飲み物をトレイに乗せ終わると、それを瑠架が持っていくという分担だ。
佐々木は常にケーキのショーケースの傍に立ち、テイクアウトの客やイートインで食べた後でついでに買っていく客の対応に忙しい。
「お待たせ致しました。スペシャル・ストロベリー・ショート3つに、プチショコラ3つでございます。お気をつけてお持ち帰りくださいませ。ありがとうございました」
「あなたまだ若いのに随分と丁寧ねぇ」
「恐れいります。……次にお待ちのお客様、大変お待たせいたしました」
(うわ、佐々木先輩のスルースキルってここでも健在。マジ接客向いてるんじゃないの?)
アクの強い恭一郎と並ぶと平凡という印象になってしまう佐々木だが、その柔らかな物腰や穏やかな笑みは接客や営業でプラスになってくれそうだ。
むしろ本人も言っていたように、恭一郎などは下手に騒がれたりする分フロア内の仕事は向いていない。
カフェならば店長、会社であれば役員、と背後にデンと構えて指示を出している方が余程似合っている。
適材適所というところだろうか。
そんなことを考えていたら、不意に横合いから「ちょっと」と声がかかった。
見ると、月城学園から電車の駅ひとつ向こうにある公立高校の制服を着た男子生徒が、「これ」とドリンクサービス券を差し出している。
「ありがとうございます。今回ご利用ですか?」
「そう。タダにしてくれんでしょ?」
(サービス券の配布は今日だけのはず。ってことは誰かから貰ったってことか)
ケーキセットを頼んだ場合、その日の会計から使えるチケットが商品と一緒に渡される。
この生徒がそれを持っているということは、家族か友人に貰ったということだろう。
勿論ドリンクだけ注文して飲んで帰るだけでもいいのだが、こういった場合の常識で考えると他の商品も注文するのがマナーというものだろう。
とはいえ、客に対しそんな説教もできない瑠架は多少引きつった笑顔を向け、
「はい。なにになさいますか?」
と問いかけた。
男子生徒は少し考え、ニヤリと意味ありげに笑う。
「どうせタダなら高いもの注文しなきゃ損だよな。これ、制限ないんだろ?」
「はい」
「ならそうだなぁ……いっちばん高いドリンクちょーだい」
「……かしこまりました」
言われると思ったよ、と瑠架は内心のニヤニヤを隠しながら殊勝に頷いた。
(ちゃんとメニューを確認しないのが悪いんだからね?)
このエトワールカフェでダントツに高いのは『アールグレイ・クラシック』という紅茶である。
アールグレイは香りが強いためアイスで楽しむのが一般的なのだが、ホットの場合香りがキツくなりすぎないように他の茶葉もブレンドし、更に専門のスタッフがテーブルまで出向いて淹れてくれるため、サービス料込みでお高くなってしまっているのだ。
オーダーを受けたスタッフが裏から出てくるまでほんの数分。
慇懃な態度でテーブル横につき、カミワザにも思える正確さで高く掲げたティーポットから手にしたカップへ注ぐパフォーマンスを、男子生徒は目を丸くして観ている。
次いで、優越感に満ちた表情で軽く胸を反らすのを見て、瑠架は単純だなぁと笑いを堪えきれない。
(どうよ?俺、凄いの頼んだんだぜ?みたいな?)
それは全部飲んでからにしろ、というツッコミは心の中だけにして、そのまま様子を観ていると。
「なっ、なんだこれ!?こんなん飲めるか!」
大方の予想通り、格好つけて一口飲んだ男子生徒はぶはっと吐き出さんばかりの勢いで前のめりになり、噛み付くように怒鳴った。
周囲は唖然、スタッフサイドはやっぱりねと苦笑いだ。
とはいえ笑っている場合でもないので、フロア担当である瑠架が近寄って「どうかなさいましたか?」と白々しく問いかけた。
「これ!これのどこが一番高いドリンクなんだよ!?ただくそまっずいだけじゃねーか!」
「お客様、そちらは『アールグレイ・クラシック』というメニューでございます。元々癖の強いアールグレイにセイロン茶葉を加えてまろやかさを出し、それを紅茶アドバイザーという専門資格を有したスタッフが淹れるということで、当店内で最も高価な品となっております。お客様は先ほど『一番高いドリンク』とご注文されましたよね?ですからお持ちしたのですが、なにか不都合でも?」
立て板に水という調子でさらりと説明を加える瑠架。
説明に関しては文句なく100点とオーナーであればそう言うのだろうが、残念なことに説明をした相手が悪かった。
普通の精神状態なら「ああ、そうなんだー」と軽く聞ける説明も、興奮した状態では益々火に油を注ぐ結果になりかねない。
実際、男子生徒は顔を真赤にして歯ぎしりし、今にも掴みかからんばかりの勢いで瑠架を睨みつけている。
マズい、と瑠架が遅ればせながら危機感を覚えたのと
男子生徒が立ち上がったのがほぼ同時。
「ガキのくせにナマ言ってんじゃねぇよ!こんなマズいもん出す店、ツイッターに投稿してさらしもんにしてやらあ」
「おっと、それはマナー違反だな。知ってるかい?冷蔵庫で寝転んだり食洗機に入り込んだり、そんなバカ丸出しの行動をツイートする連中のことを、バカッターと呼ぶらしい。君の家では他所に行ったらいちゃもんをつけなさい、とでも教わるのか?全く、嘆かわしい」
「なんだてめぇ!?っくしょ、手ぇ放しやがれ!」
「いやだね。放したら君、この子のこと殴るだろう?男はね、女の子には優しくしなきゃいけないんだよ」
(え?…………なに、この瞬間的逆ハー現象)
いちゃもんをつけていた男子学生の前に立ってやれやれと言いたげな顔をしているのが、四条拓人。
男子学生の背後から彼の振り上げられた腕をつかんでいるのが、ヴィオル・アルビオレ。
報告書にあった、四条ゆりあに落とされてしまっている攻略対象者二人が顔を揃え、何故だかどちらもいい笑顔で瑠架を庇ってくれている。
どういう状況だ、とぽかんとする瑠架を他所に、駆けつけてきた警備員に向かってにこりと微笑み、「これ、業務妨害の現行犯です」と男子生徒の脛をトンと軽く蹴ってつんのめらせた。
つんのめった彼は、そのまま警備員の懐に飛び込んで御用とばかりに連行されていく。
「あの、助けに入っていただいてありがとうございました」
我に返った瑠架が丁寧に頭を下げると、拓人が目元を緩ませた。
「私達が誰だかわかっていてその態度はとても潔いな。だが礼を述べるのもいいが、他の顧客が待たされすぎてはいないか?良ければ手伝おう」
「いっ、いいえ!お客様に助けていただいた上、手伝っていただくなんてできません」
「いいっていいって。俺、ここのアールグレイのファンでね。さすがに黙ってられなかったのさ。拓人の言うようにかなり混んできたし、接客経験は長いから役に立てると思うよ?」
「いえその、でも」
(四条拓人にヴィオル……二人とも、ここ偵察に来たんじゃないの?)
四条家が藤堂家の所有するエトワールに手を出して手痛い損害を被った、という話は恭一郎から聞いている。
だとするなら、四条本家長男とそのビジネスパートナーがエトワールを訪れる理由などそう多くはない。
偵察か、それともさっきの男子生徒とは違う意味での刺客か。
なんにせよ、オーナーである母から店の采配を任されている以上、はいそうですかと差し伸べられた手を受けることはできない。
「申し訳ありませんが、そのお申し出は」
「瑠架、ちょっと待て」
「…………え、なに?」
受けられませんと続けようとしたところへ、背後から肩に手を置かれる。
いつから見ていたのか、恭一郎がバックヤードから出てきていた。
いつもなら肩に触れられていることを意識してしまうのだが、今は場合が場合だ。
瑠架の意識も拓人とヴィオルに向いており、息のかかる位置に立っている恭一郎に鼓動が跳ねる余裕もない。
「四条様、ご来店誠にありがとうございます。……それはそうと、先ほどのお客様とはどうやらお知り合いであるご様子。今のお申し出はそのつぐないの意味も含む、と解釈してもよろしいですか?」
(……知り合い?そんなこと言ってたっけ?)
思い返してみるが、特に心当たりはない。
だがその場にいなかった恭一郎が気づいたということは、何か言っていたのだろう。
現に、拓人は言い当てられたかと苦笑し、ヴィオルも拓人を見て肩を竦めている。
「説明は後にしよう。とにかく、申し出を受けてもらえるということだな?」
「ええ。ご友人はこちらへ。四条様はいかがなさいますか?」
「そういう薄ら寒い敬語はやめてくれないか。……私はレジに回ろう。ヴィオルもいいな?」
「もとからそのつもりだ。さてお嬢さん、いろいろ聞きたいこともあるだろうが、しばらくよろしく頼むよ」
信用はできない。店の一端を任せるなんて言語道断だ。
だけど、と瑠架はゲーム本編を思い出した。
月城学園の敷地内にあるカフェにおいて、ヴィオルは本当に楽しそうに給仕をしていた。
人に喜んでもらうことが好きなんだ、そう言って笑っていた。
それなら、そんな彼ならちょっとの間だけ信じてみてもいいかもしれない。
甘いと言われるかもしれないが、それでも。
ちらりと向けた視線の先、恭一郎も「それでいいんじゃないか」と言う様に頷いてくれたことが、瑠架には何より頼もしく思えた。
 




