STAGE.20 告白は突然に
そんなわけでその日の昼休み
瑠架が生徒会室に顔を出すと、恭一郎と一緒に遥斗と瑠維もそこにいた。
(あれ?四条ゆりあの定期報告ならこの二人がいるのはおかしいんだけどな……)
遥斗は直接被害にあったことがあり、四条ゆりあが危険人物だと言ってしまっても「ああそう。やっぱりね」と受け入れてくれるが、瑠維は人の悪意に敏感であるためこういった集まりには適さない。
なのに彼がいる、ということは恐らく瑠維に関係した話なのだろうと瑠架はある程度の予測をつけて席に着いた。
「ねぇ瑠架、シジョウ・コーポレーションって知ってる?」
「……知ってるも何も、あの四条家が経営してる巨大総合商社のことでしょ。フランスとイタリアに支店を持ってて、確かそのスーパーバイザーにうちの卒業生が関わってるって話なら知ってるけど」
卒業生、と言葉を濁したがその卒業生とはヴィオルのことだ。
彼は瑠架の知っているゲーム上ではこの月城学園を卒業後、敷地内にカフェをオープンさせて学生達のための空間を提供してくれている。
そしてそこに通いつめてきたヒロインに絆され、最終的には他の誰よりもほのぼのとした『二人のお店を持つ』というエンディングを見ることができる。
だがその実、彼は家の方針に逆らって勘当された名家の息子という裏設定があり、一宮遥斗とのトゥルーエンドの時は彼はその実家と和解してシジョウ・コーポレーションのイタリア支店を任されるまでの手腕を発揮することになるのだ。
つまり、今現在の立場は遥斗のトゥルーエンド後の彼の状況と非常によく似通っているということになる。
「そのシジョウ・コーポレーションがどうしたの?」
「あれ、瑠架ちゃんって毎日の株式欄とか見ない人?」
「え、見た方がいいの?社会欄ならちゃんと読んでるんだけど、株の運営は専門家に任せた方が安全だと思って見てないんだけど」
「まぁ、それが一番無難なんだけどね。でも見方は授業で習うから知ってるよね?ほら、これ見て」
と遥斗が差し出してきたのは、毎日の株の上がり下がりが乗っている経済新聞のページだ。
その赤丸がつけられた部分を見て、瑠架は「え!?」と目を大きく見開いて固まった。
(シジョウの株が暴落してる……それにあわせてUSAMIが急上昇、ってなんで?)
【USAMI】はシジョウと同じ総合商社であるが、その規模がまるで違う。
シジョウが未だ支社を出せずにいる大国アメリカにもUSAMI独自のツテを持ち、今や業界のデファクトスタンダードだと言っても決して過言でない。
総合商社といえばUSAMI、と言われるほどであるその会社で瑠架の父は役員として働いている。
そのUSAMIの株が急上昇し、かわりにシジョウの株が大暴落。
この事実に、そしてこのメンバーの顔ぶれに、瑠架はピンときてしまった。
「もしかして、四条のおじさんがまた懲りずにエトワールに手ぇだしてきたってとこ?」
数年前から、シジョウ・コーポレーションがちょくちょく藤堂家母の運営するエトワールに接触を図ってきていたことは、瑠架も聞かされていた。
今後藤堂家の跡取りとしてそういった企業同士の駆け引きなどを学ぶ必要がある瑠維に、遥斗が未来の義兄として、そして同じ立場に立つ者としてあれこれ教えている……そのついでのようなものだったが。
シジョウのエトワールへのちょっかいは徐々に遠慮のないものになり、1年前からは乗っ取りを示唆するような脅しもかけられていたのだという。
瑠架の確信を含んだ問いかけに、頷いたのは遥斗だ。
「うちや瀧河の方がシジョウにゆるーい揺さぶりをかけてたら、あっという間に不良債権をこしらえたらしくてね。そちらのフォローに回るよりも人気者のエトワールを取り込んでしまえ、って乗っ取りを仕掛けてきたんだよ」
「あ、瑠架は心配いらないよ?動きがあった時点でハル兄さんがお父さんに連絡を入れて、USAMIに動いてもらったから。USAMIにとってもいいお話だから、ってすぐ決まったみたい」
「あー……それでこうなった、ってわけね」
(なるほど。恭一郎君のは大喜びの裏返しだったってことか……わかりにくいったら)
そんなわけで、四条の脅威がひとつ退けられたと同時に、四条家がなんだかやばい状態になったのだと瑠架が知った数日後。
風紀の月締め報告書をもって生徒会室を訪れると、扉に手をかける前に中からそれが開かれた。
「いらっしゃい、藤堂さん」
「あ、佐々木先輩。こんにちは」
「はい、こんにちは。報告書でしょ、どうぞ」
どうぞと身体をずらして道を譲ってくれたのは、生徒会いちの癒し系と人気が高い3年の佐々木。
そしてそのほんわり癒し系笑顔に促され、そっと中を覗いた瑠架の視界に入ったのは佐々木ともう一人。
「よお、藤堂じゃん」
「なんだ、稲葉か。久しぶりー」
「なんだってなんだよ」
と言いながら、稲葉はニカッと子供みたいに笑った。
瑠架と稲葉は、中等科3年の時に同じクラスだった。
瑠架が風紀、稲葉がクラス委員をやっていて、学園祭や体育祭などのクラスのイベント事は大体一緒に計画立てたりしていた。
仲がいいというほどではないにしても、こうして会えばおしゃべりするくらいの関係だ。
「あれ、稲葉も生徒会入ってたっけ?」
「んあ?そうじゃねーよ、お前と一緒。報告書出しに来たらとっ捕まって雑用させられてんの」
「酷い言い草だなぁ。誰も強要はしてないのに」
「いやいや、佐々木センパイ。『やってもらえると助かるなぁ』ってのは殆ど強制っすから」
ああなるほど、と瑠架は苦笑した。
一見すると癒し系そのものな佐々木は、曲者揃いの生徒会に所属しているだけあってかなり強かな一面も持っている。
自分がどれだけ他人に影響力を持っているか、それを自覚した上でのお願い事なのだからほぼ百発百中、意外と黒いのかもと内心瑠架はそっと巻き込まれた稲葉に手を合わせた。
ちょうど休憩するつもりだったんだ、と言いながら佐々木は冷蔵庫からコーヒー缶と白い箱を出してくる。
その箱の特徴のあるロゴは、瑠架にも見覚えがあった。
「それ、もしかして【エトワール】のプリンですか?」
「ご名答。……ってわかって当然か。ここのオーナーさん、藤堂さんちのお母様だもんね」
「ええ。でも家じゃ滅多に食べられないんですけどね」
佐々木が今持ってる箱の中身はケーキショップでも通販でも一番人気の商品、バニラカスタードプリン。
中を開けなくても何が入ってるかわかるように、【エトワール】のロゴとプリンが一緒にデザインされたパッケージになっている。
どうぞと差し出されたそれは、藤堂家でも誰かの誕生日とかじゃなきゃ出されない逸品。
「あの、これ食べちゃったら後で誰か困りませんか?人数分あるんですよね?」
「ああ、それ?大丈夫、瀧河の分だから」
「え、…………?」
瑠架は、スプーンを突っ込む直前にピキッと固まった。
幸いプリンの表面に傷はついておらず、ぷるんと揺れた程度だったが。
(あっぶな!もうちょっとで食べちゃうとこだった……)
彼もこのプリンがお気に入りだ、とはいえ瑠架が食べた程度では怒らないはずだが……念には念を入れて取って置くにこしたことはない。
と、固まったまま動かない彼女のリアクションが余程ツボだったのか、佐々木の肩が震えている。
どうせなら笑い飛ばしてくれた方がいいのに、と瑠架は思っても口には出さない。
「で、それ食わねーの?」
ちゃっかり自分の分は食べ終わった稲葉が、空気も読まずにスプーンを伸ばしてきた。
触れる寸前、瑠架は慌てて掴んだままだったプリンをひょいと持ち上げ、彼の魔の手から死守する。
「ちょっと稲葉。これ生徒会長の分なんだって。だから食べちゃダメだよ」
「なんで?だって今日は会長いねーじゃん。賞味期限とか勿体ねーし、お前が食べねーんなら俺が食う」
「いない?え、いないの?」
改めて生徒会長用のデスクを見た瑠架は、そこが綺麗に片付いていることに漸く気付いた。
書類どころか、ペン一本すら置いてない。
(ってことは、ちょっと席外してるわけじゃなくて今日は帰ったってことか。なあんだ)
それじゃいいのかな、と彼女はもう一度佐々木に期待の篭った眼差しを向けた。
まだしつこく笑いを顔に貼り付けたまま、佐々木も「言わないからどうぞ」と頷く。
今度こそ遠慮なく、瑠架はプリンの表面にスプーンを入れた。
(うーん、これこれ。この味だよねー)
このプリンは、彼女にとって紛れもなく『母の味』だ。
とろとろのふわふわ、濃厚なのにあっさりした後味が人気のこのプリンは、意外にも男性顧客に大人気であるらしい。
食べ損ねてしまった恭一郎には今度作りたてをごちそうしてあげよう、密かにそう考えながら瑠架は久しぶりに味わう『母の味』を堪能した。
「……あのね、あたし……知ってるよ?あなたが本当は誰も愛してないんだって」
思いがけず美味しいデザートをいただいた帰り道、家に帰ろうと薔薇園の前を通りがかった瑠架は、高い柵の向こう側から聞こえた声に、ふと足を止めた。
(え、これって……この声、もし聞き間違いじゃなかったら……)
「ずっと、堪えてたのね。本当は愛して欲しいのに、そう言えなくて。心を許せる人がいないせいで、誰も愛せなくて。でも、もう大丈夫だよ?あたしが……傍にいるから」
「何を言ってるんだ。俺のことを知ったような顔をして、お前になにがわかる?……そんなに、酷くされたいのか」
「そんな……あなたは本当はそんなこと望んでないはずだよ?恭一郎君」
(そうだ、この会話って瀧河ルートに入る前の好感度チェックと同じだよ)
聞こえてきた声の主は、本来そこにいるはずのない四条ゆりあのもの。
そして彼女の『シナリオ通り』の言葉に対して同じく『シナリオ通り』に返しているのが瀧河恭一郎だ。
ゲーム上の恭一郎はまるで自分を見透かしているようなヒロインの言動に振り回されながらも、決して自分の弱みを明かそうとはしない。
もし好感度がこの時点で高いなら、彼は堪え切れないというようにヒロインを抱き寄せ、それでも何かに抵抗するように「うるさい、黙れ」と囁くように告げる。
だが好感度が低かった場合、彼は冷ややかにヒロインを見下して「うるさい、黙れ」と同じ台詞を嘲るように告げるのだ。
この後どんな風にこの言葉を告げるのか、それより何よりどうしてゲーム上の台詞をなぞっているのか、瑠架は知りたくて堪らなかった。
(どうして?……何を考えてるの?なんでヒロインが、ここでそんなこと言ってるの?)
恭一郎がゆりあに接触したという話は聞かない。だがこのヒロインの台詞は初対面のものでは勿論ありえないのだ。
導き出せる結論は、彼が既にゆりあと何度か接触済みであるという彼女にとっては最悪のもの。
(嫌だ。聞きたくない!)
彼女は、逃げ出した。
一番信頼していたはずの彼が……幼い頃から共犯者であり続けた彼を、どうしても信じきることができずに。
ツキンと刺した胸の痛みから目をそらして。




