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STAGE.19 ゲーム・スタート!

ここからクライマックス、高等科編です。



「カウントダウンスタート。サン、ニィ、イチ、ゼロ!」


ピピーッという甲高いホイッスルの音が、朝の空に吸い込まれていく。

それと同時に、少し離れた場所からガシャンという格子が閉まる無情な音が響いた。

次いで慌ててブレーキを踏んだようなキキーッという耳障りな音。


(通用門、閉まっちゃいましたね。残念でしたー。滑り込みアウト!って感じ?)


恐らく時間ギリギリということで運転手も急いだのだろうが、セキュリティ機能がついている通用門は、時間が来ると容赦なく鉄格子を閉めてしまう。

そのうち事故が起きるのではと学園内でも問題視されているのだが、さすがにお坊ちゃまお嬢様を乗せている運転手は優秀だと言うべきか、事故になる前に諦めるか、華麗に滑り込むかの二択で難を逃れ続けている。


今のようにギリギリ締め出された車の主は、通用門を通ることを諦めて正門に回るしかない。

時に往生際の悪い編入生などが、入ってしまえば勝ちとばかりに塀をよじ登ろうと試みる、が。


「うぎゃ!」


背中から思いっきり落下したその生徒は、周囲に「だからやめろって言ったのに」と注意されながら、何が起こったのか理解できずに痺れる手を擦った。

そこに駆けつけた救護班という腕章をつけた女生徒が、手早く怪我を確認しながらやんわりと説明したところによると


『ここ、侵入者排除用の微電流が流れてるんですよぉ。さすがお金持ち学校だけありますよねぇ』


だそうで、実際にそれを体感したその無謀な編入生は顔を真っ青にして、ずざっと後ずさって塀から距離をとった。

ちなみに、注意していた他の生徒は殆どが中等科からの持ち上がりで、塀に流れる電流や他の仕掛けについても知っているだけあって、皆平然としている。



「はいはい、それに懲りたらちゃんと並びなさいね。ルールを守れる大人にならないと、後々困りますよー」


先ほどカウントダウンをしていたのは柔らかな黒髪をツインテールにし、陽の光を浴びてキラキラと輝く琥珀の双眸を持ったちょっと小柄な女子生徒……今年高等科1年に進学したばかりの、藤堂瑠架である。


彼女は初等科時代に特待生としてこの学園に入って以降、児童会役員や中等科では生徒会補佐、そして風紀委員の仕事と責任のある役職を歴任し、だが決して偉ぶらないその性格と常にトップを保ち続けている成績、そして愛らしい外見もあいまって学園内での人気が高い。

一部生徒からは嫉妬もあって距離を置かれているが、それでも彼女に嫌がらせをしようという猛者は今のところ存在しない。

そんなことにでもなれば、彼女が動く前にまず彼女の周囲にいる一宮家に瀧河家、彼女を姉と慕う久遠家の令嬢の耳に入り、目的を達成する前に徹底的に潰されてしまうからだ。


勿論、正当な理由があって敵意を示してきた者に関しては、瑠架が真っ向からお相手するようにしているため、『彼女に逆らってはいけない』という独裁政治のような風潮はない。

徹底的な制裁は、あくまで妬み嫉みなどが原因で陥れようと画策する者に対してのみ、ということだ。


そんなこんなで藤堂瑠架16歳は、今日も元気に風紀取締りのお仕事に励んでいる。




(一番風紀の乱れる時間帯って実は朝なんだよねー)


放課後はクラブや生徒会などがあるため、残っている生徒がいてもさほど気になるほどではないのだが、朝はダラダラ締りなく登校する生徒が多いこともあり、定期的にこうやって風紀が見張りに立っているのだ。


「沢木先輩、あと1回で生徒指導室呼び出し食らいますよ。前の罰なんでしたっけ?」

「……野球部連中の洗濯物処理だよっ。くっそ、絶対回避してやる!」

「はいはい。セレブな人が『クソ』とか言わないでくださいねー。行っていいですよ」


今彼女は、正門前にずらっと並んだ生徒達の身分証をチェックしている。

身分証ひとつひとつには個人データの入ったICチップが埋め込まれていて、それを専用の機械で読み取ることで遅刻データとして記録できるシステムになっている。

読み込んだデータはそのまま風紀担当の教師に送られ、遅刻連続10回になると呼び出しを食らって罰を言い渡されるのだ。


今瑠架の前を通過した沢木という2年生は遅刻の常習犯で、前回は野球部の一日洗濯係に任命されて地獄を見たらしい。

彼の母親が大手クリーニング会社の経営者ということもあり、この罰となったようなのだが……それを聞いた時はさすがに親子喧嘩が勃発したとかしないとか。


(次はなんだろ?時期的に男子水泳部だったら悲劇かもね)


瑠架にとっては完全他人事である。



「はい次の人ー」

「あの、藤堂さん」

「あれ、どうしたんですか梨花先輩。なんかトラブルでも?」


2年生の風紀委員、駒澤梨花。彼女は瑠架の隣の列を捌いていたはずなのだが、よくよく見ると全く列が進んでいない。

いつもなら彼女の方が先に終わらせて、瑠架の列を手伝ってくれるほどなのだが。


(もしかして駄々こねてる人がいるとか……先輩、優しいもんなぁ)


言いたいことが顔に出ていたのか、梨花は慌ててふるふると首を横に振った。

え、じゃあなんで?と瑠架が視線で問いかけると、そっと指さされたのはふてぶてしい態度で順番を待っている、いつもならとっくに校舎内にいるはずの男子生徒の姿。


「ああ、そういうことですか」

「そうなの、ごめんね。こっちと替わってもらえる?」

「ええ、いいですよ。仕方ないですもんね」


(まぁこれはしょうがないかぁ……お家の事情ってやつだよね)


瑠架は申し訳なさそうな梨花と場所を代わり、待ちくたびれた風の生徒達を手際よく捌いていった。

途中、駄々こねたり『うちのお父様はねぇ!』と権力を盾にしようとしたりする生徒もいたが、中等科から風紀委員を任されている瑠架は全く動じない。

チェックされたくなきゃ今より5分早く家を出れば間に合うんですよ、などと笑顔であしらう余裕まであるほどだ。



そんなこんなで辿り着いた最後尾。

どうやら今日は車で来た上に間に合わなくて通用門に弾かれてしまったらしいご令息が、イライラとした様子で彼女の前に立った。


(あー、なんかめっずらしー。この人でも遅刻することなんてあるんだ?)


「瀧河先輩、おはようございます。すみませんがこれも規則なので身分証出していただけませんか?」


精一杯愛想よく言って手を差し出すと、渋々といった様子でポンと身分証が放り投げられた。


(おいおいお坊ちゃま、投げるとかお行儀悪いぞー)


艶のある黒髪にオリーブグリーンの双眸、そして外見をインテリっぽく見せているオーバルタイプの眼鏡。高等科3年にして生徒会長の瀧河恭一郎がそこにいた。


駒澤梨花の父の経営する会社はこの瀧河グループの傘下にあるのだという。故に、一人娘はご令息に逆らえないのだ。

家柄だけを見るなら学園内でも中の上クラス。超一流ではないものの上流には余裕で入る程度だ。

が、彼が凄いのはそこではない。

成績は常にトップクラスをキープし、ダンスも運動も礼儀作法に至るまで全て高成績。

同年代の標準身長より高い背はかっちりとした筋肉がつき、すらりとしていながらも華奢な印象は受けない。


つまりはイケメン、もっと言えば美形。加えて生徒会長。

というわけで、彼は非常にモテる。ついでに同性の人望もある。

例え立っていたのが梨花じゃなかったとしても、他の風紀ではチェックせずにそっと彼を通してやりかねない。

ただし藤堂瑠架を除く、とカッコ指定がつくが。



(まぁだって、一応婚約者だもんねぇ。学校じゃ一応礼儀は守ってるけど)


恭一郎が中等科に進学して間もない頃に執り行われた、一宮家・瀧河家・藤堂家三家合同の婚約披露式。

その時に婚約関係を宣言したのは、瑠架の従兄である一宮遥斗と姉の藤堂瑠璃、そして瑠架と恭一郎の二組だ。

その式に出席していたある程度上の階級にいる家の子供であれば二人の関係性を知っているが、それ以外の生徒を不用意に刺激しないようにと学校内では特に婚約者だと宣言はしていない。

瑠架は先輩に対するように、恭一郎も仲のいい後輩に接するように……と言っていいかどうかはわからないが、婚約者だとは公言せずにいる。



(【瀧河恭一郎】……っと。よしよし、本物か)


投げられた身分証をちゃんと本人のものだと確認してから、専用の機械にかざす。

たまに、己の護衛の身分証を使って減点を免れようとする生徒がいる。いくらその生徒にとっては『部下』であっても学園にとってはどうでもいいことなので、瑠架達風紀委員は毎回必ず写真と名前をチェックしてから機械に通すようにしている。


「はい先輩。ありがとうございました。お節介なようですけど、内申に響きますから気をつけてくださいね」

「ふん」


(あらら、不機嫌。昨日なんか目新しい報告でもあったのかな?)


瑠架が高等科に進学した今年

とうとう恐れていたゲームスタートの時期がやってきた。


婚約披露式以降も定期的に探らせてあったヒロインの動向は、表面上はおとなしいものだったがその実四条拓人を落としたりヴィオル・アルビオレを落としたりと、結構派手な動きを見せている。

そして去年、彼女の母が病死したことで正式に父方に引き取られたことで『四条ゆりあ』となった彼女は、溺愛する拓人とヴィオルの間でウハウハしつつも獅堂蓮司を気に掛けていたり、月城学園高等科のことを調べていたりと不穏な動きも見せているらしい。


『拓人さんやヴィオルさんに関しては、ちょっとこっちで仕組みたいこともあるんで任せてもらえませんか?』


実は転生者であるとわかった蓮司のその提案に乗った恭一郎はしかし、彼のことも信頼せずに彼を含めた他の面々の調査に日々忙しく動き回っている。




どうぞ、と返された身分証をポケットにしまいこみながら、恭一郎は先に進みかけて


「藤堂」


と肩越しに彼女を振り返った。


「なんですか?」

「昨日の報告について聞きたいことがある。昼休みに来られるか?」

「わかりました。生徒会室でいいですか?」

「ああ。忘れるなよ」


(やっぱりなんか動きがあったってことか。そりゃそうだよね、ゲームならプロローグが終わった時期なんだし)


あのゲーム脳な四条ゆりあが、四条拓人とヴィオル・アルビオレという二人を落としたくらいで満足するはずがない。

高等科の試験を懲りずに受けた彼女が去年、とんでもない過去最低レベルの成績で不合格になっていたという情報を貰った時は、途中参加の蓮司でさえ『彼女、もしかしてボタンひとつでパラメータ上げできるとか本気で思ってるとかですか』と呆れ返ったほどだ。

そんな彼女が、学園に入れなかったくらいのことで他の攻略対象を……もっと言えば、彼女が前から狙っていた一宮遥斗を諦めるとは思えない。


「昼にお呼び出しなんて大変ね。私だったらご飯食べた気しないかも」

「あ、あはははは…………はぁ。まぁ、慣れてますし大丈夫ですよ」


とことん恭一郎が苦手であるらしい梨花に「頑張ってね」と励まされ、瑠架は憂鬱な報告を受けなければならない昼休みを思って大きくため息をついた。





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