STAGE.17 攻略対象、揃い踏み
「四条の娘と接触したんだな。どうだった?」
「どうもこうも……例の百合の香り、彼女のオリジナルだってさ。それを『気に入ってくれました?』なんて嬉しそうに話すあたり、なんかもうあれこれ言う気が起きないっていうかね」
「ああ……天然だろ」
「そうだね、同意するよ」
かたや13歳、かたや12歳。
まだまだ世間的にはお子様と称される年齢の少年二人が、頬を寄せ合うようにして密談している。
片方は切れ長の目にブランド物の眼鏡をかけたインテリ風、片方は穏やかで優しげな微笑が似合う王子様風、共通するのはどちらも子供ながらに見目麗しいということ。
そんな二人が寄り添い合っている光景は、前世の記憶持ちである瑠架でさえも見惚れてしまうほどだ。
当然、他のご令嬢・淑女の皆様も目の保養とばかりに彼らに釘付けだ。
(大野ゆりあも見てる。……っていうか、ガン見してる……)
直接視線を向けないようにしながらチラチラと様子を窺っても、先ほど呆気に取られた顔でぽかんとしていた少女が、今は頭上のティアラに負けないほどに瞳をキラキラと輝かせてあらゆる意味で将来有望な男子二人を食い入るように見つめているのがわかる。
彼女がそこまで欲求剥き出しな視線を向けているのには、ちょっとしたからくりがある。
まず、遥斗と恭一郎が寄り添った傍には瑠璃も瑠架も瑠維さえも近づいていないということ。
傍に『女』の姿があればいくら能天気なゆりあといえどいい気分はしないだろうし、むしろ憎らしいという感情を募らせかねない。
そして仮にも『攻略対象』である瑠維もそこから排除しているのは、どうやら彼女の現時点での興味が遥斗や恭一郎といった同年代以上に向いているらしいと推測できるからだ。
瑠維は年齢がゆりあのひとつ年下、しかもゲームの設定でもそうだったが二卵性の双子であるはずの瑠架に外見上はそっくりなのだ。はっきりと違いの分かれる年齢に達しているならともかく、今現在は身体的特徴にもそれほど差はない。
そういった考えからこの計画は恭一郎が他の4人に話し、このタイミングなら最良だろうと判断した遥斗が恭一郎に合図を送り、そして今に至っている。
計画の意味合いとしてはずばり
『勘違い令嬢の目がどこに向いているのか確かめよう』というもの。
そこに『大野ゆりあ』という個人を特定できていたのは事情を知る恭一郎と瑠架の二人で、残る3人はいざという時のためにと計画を聞かされていただけだ。
計画通り、ゆりあの視線は美形予備軍二人に釘付けだ。
頬は紅潮して唇は半開き、手を胸の前で組んで微妙な上目遣い。漫画ならば背景にハートが乱れ飛んでいそうなほどの乙女モード全開である。
視線を向けている男子二人がつい先ほどまで隣にパートナーを伴い、『僕達はこれから共に歩んでいくことを決めました』と宣言していたことなど、すっかり忘却の彼方にあるようだ。
そしてここからが計画の第二段階。
今遥斗と恭一郎に熱い視線を向けてきていない令嬢・淑女は、彼らのことが好みではないか揺ぎ無い想いを抱いた相手が既にいると考えていい。
そこで今度は、彼女らが興味を向けそうな相手……恭一郎と瑠架、そしてゆりあにだけわかる限定の言い方をするなら『攻略対象者』にその目を向けさせる。
そこでどんな反応を示すか、だ。
(あれ、でもここに来てる他の対象者って瑠維と四条拓人だけ…………じゃなかった、みたい)
瑠維はすぐ近くにいるため、瑠架はそっと気づかれないように窓際にいる四条拓人に視線を向けてみたのだが、彼が先ほどから談笑している相手……その目立たないことが不思議なほど派手な髪色は、見覚えがあった。
「瑠維君、君もおいで。挨拶に行って来よう」
「え、僕も?なんで?」
「君だってあと数年もしたらこうして挨拶回りをしなきゃいけなくなるだろう?だったら今のうちに慣れておいた方がいいんじゃないかな、と思ってね」
「うーん……ハル兄さんがそう言うなら。っと……ごめんね、彩菜ちゃん。ちょっとここにいてくれる?」
「はい」
会場内の女性の視線を引き連れたまま、遥斗と恭一郎は瑠維を伴って談笑しながら移動していく。
これも打ち合わせが済んでいたのか、向かう先は四条拓人のところだ。
瑠維に『彩菜ちゃん』と呼ばれた少女は、彼らの背中をある程度見送ってからふぅっと大きく息を吐き出した。
「こういうパーティは初めてなんだっけ?」
「ええ、そうなんです。ずっと病気で家に引きこもってたので、すごく緊張しちゃってて。なんだか場違いだなぁってさっきから気が気じゃなかったんです」
瑠維と強制見合いのような形で引き合わされた少女の名は『久遠 彩菜』
今年10歳になる、華奢で可愛らしい印象の子だ。
大野ゆりあの可愛さを外面的なものだとするなら、彩菜の可愛さは内面から滲み出るものだろう。
話していてもとにかく遠慮深くて謙虚、そして純粋でいじらしい。
守ってあげたくなるような子、というのはこういうタイプを言うのかもしれない。
彼女は、生まれつき心臓に持病を持っていた所為でこれまで学校に通ったことがなかったのだという。
勉強はすべて家庭教師、運動はできず、5歳年上の兄と一緒の食事を食べることさえできない。
そんな彼女が海外で心臓病の手術を受けたのが1年前のこと。
最近ようやくリハビリの甲斐もあって外出できるほど体力がつき、これから徐々に外に出るようにして慣れていくのだと、本当に嬉しそうにそう語っていた。
『学校、今からじゃ間に合わないので中等科から通えるように勉強中なんです』
と彼女自身が言うように、13歳になる年になったら月城学園中等科の編入試験を受けるつもりであるらしい。
そのいじらしい様子に心を打たれたのは瑠維だけではなく、瑠璃も瑠架も遥斗も恭一郎でさえも全面的に協力する気満々である。
瑠架は自信なさげな彩菜を安心させるように微笑みながら、内心では『こっちの方がよっぽどヒロインらしいよなぁ』と苦笑する。
「大丈夫。彩菜ちゃんは上手くやれてると思うよ。それにおうちは久遠家でしょ?これからもっとこういった場が多くなるんじゃないかな?」
「ですよねぇ…………今までは兄が全部引き受けてくれてたんですけど、これからはそうもいきませんよね」
「そういえば今日はそのお兄さんは?」
「今日は父の『会社』で家族親睦会があるそうなんです。兄もそちらに」
「へぇ……」
普段はそういったこともないのだが、不特定多数の人が集まるこういった場ではどうやら警察関係者のことを『会社員』として、警察組織のことを『会社』として話すのが警察のマナーであるらしい。
警察組織の関係者とわかると不都合がある相手がいるかもしれないし、逆に警察組織と繋がりがあるからとよからぬことをたくらむ輩がいないとは言い切れないためであるようだ。
久遠家は官僚一家だというのは知られているが、それでもおおっぴらに言いふらすのは危険が伴う。
そう判断できるあたり、やはりどこぞのご令嬢とは品格も知性も格が違うようだ。
という話をしている間に、遥斗達は無事四条拓人とその連れらしい派手な髪の男に接触できたらしい。
最近は交流がないとはいえ、初等科にいた頃は児童会で世話をしたりされたりという関係だったこともあり、笑顔で談笑する余裕はあるようだ。
どうやら恭一郎が連れの男……ストロベリーブロンドのヴィオル・アルビオレについて話題を振ったらしく、今度はヴィオルが困ったような顔をしながら口を開く。
(なるほどねー。給仕のバイトならここにいてもおかしくないってわけか)
ホテルに雇われた臨時の給仕バイト、ということは恐らく恭一郎もそのことは知っていたはずだ。
その上でこの計画を立てたのだから、彼はどこまで見抜いているのやら……と瑠架は思わずぶるりと身を震わせる。
「どうしたの、瑠架。寒い?」
「うん、ちょっと…………お手洗い行ってくるね」
「あ、それじゃ誰か一緒に」
「いいよ。ついてきてもらっても困るし。それに、恭一郎君とこのホテルだから危険もないだろうしね」
待っててね、と瑠璃と彩菜に言い置いてから瑠架はそっと会場を離れた。
出入り口近くで振り向くと、計画通り拓人とヴィオルに挨拶をした遥斗と恭一郎はそれぞれ別の客に挨拶しようと、全く違う方向に歩いて行っている。
瑠維は用事が終わったからと彩菜の方に歩み寄っているようだ。
会場の女性達の視線はタイプの違う美形達それぞれに分かれて向いているようだが、一番肝心の大野ゆりあの視線をたどると、派手な外見をした大人の男……ヴィオルに釘付けだった。
(よし!そのままヴィオルにターゲットチェンジしちゃえ)
ゆりあが早い時期から遥斗に興味を持っていたことはよく知っている。
年齢も同じ、ゲーム上での役割も唯一トゥルーエンドのある王道ヒーローだったこともあり、彼に強い興味を抱いたのはごく自然なことだったのかもしれない。
とはいえ、彼は瑠架の従兄であると同時に大事な大事な姉の婚約者だ。
ゲームと同じ展開にはならないだろうと予想はできるが、それでも瑠璃とは違うタイプのゆりあにちょっかいをかけてこられるのは精神上よろしくない。
というわけで、名家ではないが大人の色気や純粋さを併せ持っているヴィオルに落ちてくれれば万々歳、と心の中で密かにエールを送りつつ彼女はちょっとひんやりする廊下へと出た。
「っと、ごめん。大丈夫?」
「あ、はい。私は特に何も。こちらこそ、慌てていたもので前をよく見ていなくて、すみませんでした」
トイレに用があったわけではないので、瑠架は洗面台のところで少し時間を潰してから廊下に出た。
その途端、横から歩いてきた少年にぶつかりかけて一歩身を引く。
謝罪しながら視線を上げると、金に近い薄茶の髪をさらりと額に下ろした10歳前後の少年がそこにいた。
(あれ?どっかで見たことがあるような気がするんだけど……パーティにいたかな?)
全員を覚えているわけではないが、自分と同じ年頃の令息・令嬢については事前学習させられているので大体把握している。
知らないのはヴィオルのようにバイトで参加という場合だけだ。
目の前の少年はきちんとした清潔感のある服装はしているが、パーティ参加者のようにスーツやタキシードを着てはいない。
ドレスコード的にも彼は参加者でもなければ、バイトの給仕でもないというのがこれでわかる。
瑠架が内心首をかしげていると、少年はクスリと笑ってから軽く会釈をして歩き出した。
「君はキンギョソウみたいな人だね」
と、意味のわからない言葉を残して。
後になって気になった彼女がキンギョソウの花言葉を調べてみたところ、
【清純な心・図々しい・図太い・騒々しい・でしゃばり・予知】
という意味があるとわかったのだが、
(え、それで結局どの意味のことを言いたかったの!?)
彼が誰なのか、言葉の意味するところはなんなのか、結局考えてもわからなかった。
そろそろ大きく動きます。




