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STAGE.15 婚約ですか?だが断……れない!

作中、婚約披露式に関する「タブー」だとか「マナー」だとかが出てきますが、殆ど結婚式のマナーを下地にして創作したフィクションです。

重きを置いているのはそこではないので、軽く読み飛ばしてください。





「いい加減諦めろ。往生際悪すぎるぞ」

「いやいやいや。まだ何とかなるかも!だってメインはあくまでも一宮家令息の婚約披露なわけだし」

「お前な……婚約披露式当日になってまだ『何とかなる』とか本気で思ってるのか?」


ため息をつきつつも、恭一郎の腕は瑠架の腰をがっちりホールドして放さない。


彼が着ているのはこの日のためにあつらえたタキシードに、瑠架の瞳の色に合わせた琥珀色のクロスタイ。

まだ成長期であることから指輪などは作らないことにした代わりに、オーダーメイドの腕時計をしている。

瑠架は淡いグリーンのAラインドレスに、身長差を補うためのハイヒール。腕にはドレスを着た際に一緒につけられたレディスの腕時計を嵌めている。


揃いのアクセサリーにお互いの色をイメージした服装。

どこからどう見ても、微笑ましいカップルといった装いだ。


「でもね、このままじゃシナリオ通りになっちゃうでしょ?姉さん達の婚約はまぁ仕方ないとしても、こっちまで婚約する意味ってあるの?てか、急病ってことにして帰っちゃダメ?」

「そうかそうか。それじゃ俺は婚約式当日に相手に倒れられた可哀想な男として語り継がれるわけだな?でもってその隙をついて四条の令嬢なんかが擦り寄ってきたりして。俺がうっかりそれに絆されたりなんかしたら、藤堂家の破滅への道が見えてくるわけだ。せっかく姉貴が一宮と縁を結んでも、瑠維が久遠の家と繋がりを持っても、全部が無駄になるわけだ。なるほどな」

「……ゴメンナサイ、モウ黙リマス」

「よし」


どうしてこうなった、とお決まりの台詞を呟いてみてももう遅い。

こうして会場に来る前にも……否、半年以上前に恭一郎の爆弾発言を受けて以降ずっと瑠架は婚約に反対し続けてきた。



(だって、それこそシナリオ通りになるもん。別物だってわかっててもやっぱやだよ)


ここはリアルの世界。

一人ひとりが生きて、選んで、行動してきたことが反映される世界。

世界の中心はプレイヤーでもなければヒロインでもない、中心となる人物などいないのだと気づいてからは『シナリオ』や『ヒロイン』のことも警戒するだけに止めていた。

半年以上前、大野ゆりあがとうとう行動に出始めたとわかってからは、警戒を強めて個々が防御することで接触を防ごうと頑張ってきた。


瑠璃と遥斗の婚約は、本人達……主にベタボレである遥斗の強い希望によるものだ。

その事実だけでもシナリオと違うからと瑠架は安堵し、更に無防備になりがちな瑠維にパートナーを引き合わせることで、四条家からのいらぬアプローチを防ごうと考えた。

そこまではいい。

強制見合い的なノリになってしまったが、結果的に瑠維は引き合わされた久遠家の令嬢がいたく気に入ったようで、彼女もまったく社交界に出ていないだけあって余計な駆け引きなどは知らず、慣れていない瑠維のリードにお任せというタイプであるらしい。


そこまでは良かったのだ。


だが恭一郎は、自分達も同時に婚約披露をするのだと勝手に決め、聞いてないよと異論を唱える瑠架を置いてきぼりにして着々と準備を進めていった。

個人的に呼び出せば彼女がなんとしても逃げ出すことをわかっていて、彼は毎回瑠維や瑠璃、場合によっては両親をダシにして逃れられないような状況を作り出し、そして今日に至る。




「まだ納得できないって顔してるな。そんな顔で会場入りしてみろ、勢いに乗ってる藤堂家を潰したい各家の皆さんがこぞって突っ込みにくるぞ」

「だって……」

「お前の言う『シナリオ通り』にならないように、こうして両家揃っての披露式を企画したんだろうが。そして、現実はゲームじゃないってことを思い知らせるために、わざと四条家の入場チェックをパスしてやってるんだ」

「え、それって……まさか」


(大野ゆりあがここに来てるってこと!?)


招待客オンリーの会場内において、だがパートナーとして連れてくる相手は存外軽いチェックで入場することができる。

その代わり、何か問題を起こしたら連れが全責任を負うという形になるのだが。

当然招待客の中には将来的に売り込みたい子息・令嬢を連れて来る親も大勢おり、家柄の関係上招待しないわけにはいかない四条家当主やその分家達も乗り込んできている。

恭一郎が言った『四条家の入場チェックをパス』というのは、招待状が四条家宛てであればパートナーの素性は問わずノーチェックで会場入りさせている、という意味だ。

彼がそんなことを指示したのは、四条家当主が認知だけはしている非公式な娘を連れて来場する、という確かな情報を事前に得ているから。


つまりは


「……ついに大野ゆりあと接近遭遇、ってことか……」

「ま、そういうことだ」


動画や報告書だけで見る『大野ゆりあ』が、ついに画面や写真から飛び出して同じステージにやってくる。

生きて、動いて、話して、笑う。

そんな生身の彼女を相手に、シナリオで定められていたはずの『悪役』はどう振舞えばいいのか。

藤堂瑠架が悪役ではないこと、攻略対象者にもプログラムを超えた個々の意思があることをどうやって知ってもらえばいいのか。

急にそれらの問題を眼前に突きつけられ、瑠架の緊張はピークに達した。


「うわあ、なんかガチガチだよー」

「なんだ今更。よし、それじゃそっちの控え室で全身マッサージでもしてやろうか?」

「素直に取ればありがたいけど、言い方がなんかいやらしいから却下」

「失礼なヤツだな。いたいけな中学生に向かって」

「中学生は既にいたいけとは言いませーん」


いつもの調子で言い返すと、恭一郎は空いている方の手でぽんぽんと瑠架の頭を軽く叩き、その調子だと小さく微笑んでみせる。


(リラックスさせてくれた……んだよ、ね。もう、敵わないなぁ)


当然といえば当然かもしれないが、しっかりと自立した大人だった頃の記憶を持っている恭一郎には勝てた例がない。

いつも大体瑠架がからかわれて終わるか、それとも軽くあしらわれてしまうか、そのどちらかだ。

明確に対立しているわけではないので瑠架にも勝ちたいという意識はないが、それでもまるで大人と子供のようにレベルに差があるのはどうにも悔しくて仕方がない。


(形だけでも婚約するんなら、せめて同等でいたいんだけどな……無理かな)


言ってしまえば、彼はきっとまた笑ってからかいのネタにしてくる。

だからそんなことは絶対に言わない、と彼女はモヤモヤとまだ形にならない感情を深く沈めた。




婚約披露式、と銘打ってはあるがその実『名家勢ぞろいのちょっと豪華なパーティ』に他ならない。

メインは婚約披露であるため最初の方で壇上に上がってご挨拶というものはあるが、後は各々談笑するなり腹の探りあいをするなり令息・令嬢を自慢しあうなり、時間までお好きにどうぞという感じだ。

食事は立食形式で和・洋・中・イタリアンなどを取り揃えたバイキング。

飲み物はホテルの係員にオーダーして持ってきてもらう形となる。

ちなみに、会場となっているホテルは瀧河家がオーナーを務める高級ホテルであるため、係員の身元調査から教育まで行き届いており隙がない。



「あーもう、緊張したー」

「瑠架もお疲れ様。ギリギリまでやだーとか言ってたから打ち合わせできなかったけど、そのわりにはちゃんとできてたんじゃない?」

「もう、意地悪言わないでよ姉さん。ちゃんとできてたかどうか、自分じゃ全く覚えてないんだから」

「あら、そうなの?大人顔負けの愛想笑いだったけど」

「…………念のために言うけど、それ褒め言葉じゃないからね?」


(まぁ、一応礼儀作法とか完璧って先生のお墨付き貰ってるし。転生者としては当然だよね)


記憶のありなしはこの際関係なく、転生者というアドバンテージがある以上できて当然。というのが瑠架の誰にもいえない持論だ。

勿論同じく転生者である恭一郎の挨拶も滑らかで、『さすが中の人』と小さく呟いて思いっきりウエストを抓られてしまったが。


とにかく、第一段階はクリアということで瑠架は同じく緊張していたらしい瑠璃と顔を見合わせて小さく笑った。

その瑠璃を片時も手放さずその麗しい顔に『可愛い、綺麗、俺は幸せ者』とでかでかと書かれてあった一宮遥斗は、早速瑠璃のための食事を取りに行っていて今はいない。

恭一郎は瑠維のパートナーとして傍にいる小柄な少女を周囲の大人達に『うちの本家の子です』と紹介するべく、しばらく瑠維の傍について回ることにしたらしく、同じく今はいない。



(さて、と。寄ってくるなら絶好のタイミングなんだけど、どう出てくるかな?)


この人ごみだ、まだ四条家当主も大野ゆりあの存在も確認できてはいない。

だけど、と瑠架は思う。

もし彼女の目的が『攻略対象者』なら、婚約者と離れている今が接触のチャンスではないだろうか。

遥斗は立食コーナーで一人、瑠維にはパートナーが傍にいるもののそれは公式な相手ではないし、恭一郎ももれなく傍にいるので一石二鳥を狙える。

先ほど会場を見渡した時に唯一四条拓人の存在は確認できているので、もしこちら側のガードが固い場合はあちらに接触するのもよし、ということだ。

海外に行っている獅堂蓮司と名家の出ではないヴィオルだけはこの場で接触できないが、それでも過半数の相手に接触できる機会を見逃すとは思えない。



警戒しながらも会場内を見渡していた瑠架の目に、白に近いピンクのプリンセスラインドレスを着た少女が映った。

ピンクベージュの髪につけられた、ティアラを模したカチューシャ。

ピンクゴールドらしいネックレスにつけられた大きな石は、今日遥斗が着ているタキシードのクロスタイと同じ瑠璃色ラピスラズリ

足元を飾るのはパールピンクのローヒールだ。

10歳前後に見えるその少女が、連れらしい壮年の男性の腕にぶらさがるようにしてじゃれつきながら、はっきりと瑠架達の方を指差して何かを語りかけている。


「ね、ねぇ……あの子、瑠架の知り合い……じゃないわよね?」

「えっと……知り合いじゃないけど、多分知ってる。お隣にいる四条のおじさんの愛人の娘、だって」

「…………聞かない方が良かったかも」


(ですよねー。私も知らないフリしたかったもん)


一応予備知識として姉の耳には入れておいたが、正直言うと関わりたくない。

それが『大野ゆりあ』だから、ということを差し引いたとしても、あの少女の存在はそれはもう非常識の一言に尽きるからだ。


よそ様の婚約披露式にお呼ばれしている立場で、その主役よりも目立つ格好はタブーだ。

更に今回、招待状を出す際に暗にだが主役達がそれぞれ身につける『色』をカードの中に取り入れてあるため、賢いお客様達はその色を避けてドレスやアクセサリーを選ぶ。

しかも、いくら婚約であって結婚ではないとはいえ、『何事もなければいずれ結婚する』間柄を紹介するこの場において『白に近い服装』や『主役の象徴であるティアラ』は暗黙のタブーと言われている。


(それになにより、人を指差しちゃいけませんって習わなかったのかな……)



どうやら『大野ゆりあ』という人物は、動画や報告書で見たものの更に上を行く非常識なご令嬢らしい。

この一瞬で、瑠架の脳裏にはそう刻まれてしまった。




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